絶対に合わない奴…………
サーーーーーーー
ネクストステッパーに降っていた雨が徐々に強くなっていた。だが、それでも炎は消える気配はなかった。パイスーとポセイドンの対決も、リアと粕珠の対決で生まれた炎は止まらない。
リアが引き起こした大爆発は粕珠が壊して欲しくない物まで壊していた。"政聖天使達"である、これが壊れると刑は全て取り消しとなり、執行されていた刑は解かれるのであった。
無敵の防御力を持っている天使でも、科学を壊されてしまっては死んでしまう。
リアの自爆が、インティ、ザラマ、梁河、春藍の復活とさせた…………。
「う、ううっ……………」
粕珠の刑から解放された春藍だが、リアの爆破に巻き込まれ傷だらけになっていた。填めていた"創意工夫"を起動し、素材を取り出して自分の傷を修復する。
「いつつっ…………」
完全修復ではなく、一定時間動けるという制限を設ければ短時間で修復できる。動くという出来事が可能になれば残る苦しい出来事は痛みだけだった。春藍はヘッドフォンもつけ、"Rio"も起動した。癒しを与える曲を流し、痛みを誤魔化して立派に行動可能にする。ここまで2分弱。
「リア………リア!!」
粉々に砕け散ったリアを集めるために春藍は動いた。爆破で生まれた炎に飛びこんで、彼女の破片を拾い始めた。
「リアーーー!!」
破片が多すぎる。ちゃんと、彼女がいてくれるか分からなくなりそうだ。そんな中、一つの声が春藍に聞こえた。
「えへへへへ」
「!」
「痛い痛い痛い痛い、あのど・どどど・ブズ…………」
ズルリと這って動き出す生き物。身体が焼かれながらも春藍に吐き気だけを与えていた。小動物みたいな大きさのくせになんと気持ち悪い動き、気持ち悪い身体、痣、火傷、皮膚の抉れ具合、瞳の堕ち具合。舌の渇きが強烈に効く。
「うううふうふふふふ、死ぬ、死ぬ」
「な、なんで……なんで生きてるの?」
「うふうっふふふう。楽に……死なせない……全員。殺す。殺す……この体が回復したら殺す」
「き、聞こえてないの?リアじゃないよね」
「ふふふふっ、殺すんだぁ…………あたちの役目ぇぇは」
炎に包まれた犬や猫みたいになっている存在が粕珠だということに気付いた春藍。ぶつぶつと恨み言をのたまいながらどこかに向かっている粕珠。粕珠には春藍が見えず、声も聞こえていなかった。彼女は痛みしか感じていない。
「リアだよ……僕はリアを救うんだ…………」
目の前にいる死に掛けの殺人鬼な管理人を救うよりも、自分を救ってくれた殺人鬼な仲間を優先する。粉々に砕けても彼女は人間で、少し機械でできていても。
「僕が直すんだ」
炎に焼かれながら、良くもない目を凝らしてリアの身体の破片を拾い続ける。どれだけ散ったか分からない……。しかし、決死の捜索がリアの重要なパーツを発見させた。
「リア!!」
彼女の上体部分のパーツだ。胸から顔まで、両腕はなくても心臓と脳みそがある。
「ひ、酷い…………ボロボロだよ!」
リアの身体は重い。春藍では持ち上げられない。こんな炎の中で彼女を修理する。初めて、心を宿した科学を真剣に触れる。いや違う。科学でできているけれど、彼女は人間だ。落ち着けって自分に言い聞かせる。自分しか救えないと、逃げを自分の中から封殺する。
心臓がかすかに動いている……。
「リア!頑張って!救うから……………」
春藍の修復が始まった時、風のようにやってきたのはインティだった。
「は、春藍くん!リア!!大丈夫!?……って、な、なんなのよ!この状況!!?」
「騒がないでくれ!!インティ!!僕は今、リアに集中しているんだ!!君には向けられない!」
「は、はい!ごめんなさい!!」
春藍の怒声を怖く感じたインティ。口出しをしてはいけないようだ。実際、早く動けるだけの自分に何ができるか…………。2人に目をやれば、リアの身体の破片が春藍の隣に置かれていることに気付いたインティ。無言でこの周辺に転がっているだろうリアのパーツを拾いに行った。
ズルルゥゥ……
「うう、死ぬ。死ぬ。痛いよおぉっ、涙ももう出ない」
一方、粕珠は身体が焼かれながらもこの地下にある自分の部屋へと向かっていた。
至近距離でリアの自爆を喰らいながらにも生存を可能にしたのは自分が持っているグローミ・シソーラスの中にある『生き地獄の刑』を自らに科したからだ。通常、死亡するダメージを負っても生きられるが強烈な痛みを喰らい続ける。偶然にもギリギリで動ける状態で留まったから良かったものの、動けなくなってしまったら完全に無駄であった。
這って動きながら自分の綺麗な部屋に辿り着いた粕珠は管理人専用の修復科学の中に入り込んでスイッチを入れた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ
「うううぅぅっ、殺すべ……………あいつ等は全滅させるべ」
粕珠は幼女体型故、小さい体型であるタイプの管理人の修復は早い。2分か3分で動ける範囲まで修復される。
粕珠と黒リリスの一団は一時的に休戦状態となった。
「"政聖天使達"をもう一度修復させるべ」
粕珠の修復に掛かった時間は2分41秒。その間に黒リリスの一団側ではインティだけでなく、ザラマと梁河も春藍と合流する事ができた。春藍がリアの修復に集中し、ザラマ達は粕珠を倒すための作戦や情報を共有する。
「粕珠の戦術は待ちだ。相手が罠に掛かるまで待つやり方だ。だが、罠に掛かってしまったら無理にでも粕珠と刺し違える気持ちで行けば助かる可能性も上がる」
「姿も分かった事だが、それが誘いの可能性もあるな」
「格闘戦や接近戦に持ち込めればウチらの勝率は上がるね」
「春藍とリアのことも考えるとここに1人残り。2人が討ちに行くのが理想だ」
「俺の能力は守りには向いてないぞ。春藍とか踏み潰しちまうぞ」
「じゃあ、ウチが護衛を務めるよ。いざって時、春藍とリアを連れて逃げられるからさ」
「分かった」
作戦会議の結果。
ザラマと梁河が粕珠の首をとりに行く。
「残りの魔力はそんなにないぞ」
「つーと、俺でいいのか?」
「鉢合わせることができたのならな」
数の上では粕珠が圧倒的な不利となるが、そこは地の利でカバーできる。ザラマ達の情報交換の中に"政聖天使達"の能力について、浮かび上がらなかったことも粕珠にとっては有利に働いている。彼等は罠に掛かったら危険という信号はキャッチできているが、どこに罠があるか、どんな罠なのか、という根本的な部分が把握できなかった。
粕珠が今、罠を作り出す事ができないという状況をザラマ達が知っていたら大分違っていた。慎重と冷静さを重視している動き方は粕珠の立て直しに時間を与えることになっているのだから。
「はぁっ…………はぁっ…………」
粕珠はこの地下にいくつも設けていた隠し通路を通りながら、"政聖天使達"が設置されている場所まで向かった。途中でザラマと梁河のペアが自分を探している様子を発見した。二人を同時に無力化するのはグローミ・シソーラスだけでは心もとない。姿もバレた以上、危険は冒せない。
どんな科学か、奴等が分かっていないことも隙。
「殺すのはそれからで十分だべ…………」
ゆっくりと粕珠は進みながら目的の部屋へと辿り着く。罪人のために建てられている施設といえば当たり前にありそうな施設が、科学なのだ。
「あああぁっ……爆発でボロボロにされてるべ」
裁判所型の科学。この裁判所が造られている一定の範囲内では自由に罠(法律)を生み出すことができる。ちなみにここにある科学は、非常に質が良いが大きいので持ち運べないという欠点がある。異世界で戦う場合は簡易で建設できるが、範囲や条件が狭い物を粕珠は使用するのである。粕珠の戦闘力は自衛向きだ。
「ふーっ。ぼちぼち、修復されてるべが。俺っちも修復作業に入らないとマズいべ」
他の科学とは異なるというわけではないが、この科学は損傷が発生した場合、自動で修復(修繕)される機能を持っている。あくまで微量であるため、結構やられると粕珠自ら修復した方が良い。
修復が先に終わるか、ザラマ達が粕珠を見つけるか…………。粕珠にとってはこの場面で発見されたら今度こそ死ぬ。ザラマや梁河が大暴れすることを自粛している間に終わらせなければ……
「ふーーーっ……」
続けるという気持ちではない。生きたいからという感情というわけでもない。粕珠は息を吐き、科学を修復している間に増大していく気持ちがある。洗脳されていると思われる、粕珠の狂気。殺意。悪意。邪悪さ。
殺したい殺したい殺したい殺したいと胸がギュンギュン来て、自然に空いた口から涎がこぼれてエプロンに付く。
この原点は造られた記憶でもなく、不運にも出会ってしまった過去や経験でもない。彼女が生まれ持って得ていた一種の才能や個性。管理人という作られた体型が永遠とそのままであり続けたことと閉鎖的な歩みが、絶対に揺るぐ事も変わる事もしない。絶対にしない。
桂、ポセイドン、クロネア、ラッシ、インビジブル、朴など、……そして、人間売買を行っていたガイゲルガー・フェルとも違う管理人としての資質がある。粕珠という管理人の本質は人間と離反することで価値を生み出せるところにある。一つとも人間と相容れぬからこそ、管理人として、人類の望みがなんなのか教えてくれる。
「殺すべ…………あたちーが、全員…………」
絶対に対立というのは起きる。それが人間の巨大な組織や国同士であれば多くの世界が揺れる。だが、人間と管理人という関係ならば影響はまだ薄い。実験という関係で鞘に収められる。
粕珠も、ガイゲルガー・フェルやインビジブルと同様気付いていないが利用されている。研究という名の下に…………。