パイスー VS インティ
「くそぉくそぉくそぉ!!!くそがああああぁぁぁっ!!ごほぉ、げほぉっ…………」
治療されながら怒りを吐き出すロイ。チャンピオンである自分が異世界の奴にやられる。それも、超人ではない人間に敗れた屈辱は相当なモノだった。
「あいつには絶対にリベンジをしてやるぅっ……ぜってーだ…………」
ロイの体はアレクの"六紅鳥"で黒焦げ状態、髪も焼かれる始末。顔もやられちまった。
「大人しくできないのか。敗者」
「!!」
「怒りはまだ抑えろ。治療中は大人しくしろ、修行にその覇気を使え」
「イ、インビジブル師範…………」
「もうネセリアちゃんには手を出すな。男の約束はそれだけの事だ」
「く……………」
「だが、また男の約束ができれば前の約束など反故にできる。あれほどのおっぱいを逃す男は、男じゃないだろ?ロイ」
「師範………………」
「強くなろう。これからまた先にいる強者を倒すためにも強くなろう」
怒りに満ちたロイを鎮めたインビジブル。もうチャンピオンではなくなったロイだが、それでも見捨てないのは男だからである。
女も捨てないし、男だって捨てない。
「おっと、もうあっちの試合が始まっているか」
「!」
この医務室からでも闘技場の戦いの様子は分かった。戦っているのは"黒リリスの一団"同士。
パイスー VS インティ。
ギイイィィィンッ
アレクとロイの対決は炎と拳の対決であった。その異種っぷりは見ている者達には特別で迫力はあった。だが、こちらの対決が闘技場が求めている戦いだ。
男と女の差があり、無手と武器の差があっても。それらを生み出す鍛え上げられた肉体から繰り出される攻撃には美がある。
ガギイィッ
「はっはっはっ!サイコーじゃねぇーの、インティ!」
「パイスーも、ウチのスピードについていけてるね!」
ロイ以上のスピードを今、観客達は見ていた。小柄な少女の動き。地が揺れる。
闘技場の広さを最大限に生かし、縦横無尽に駆け回り、踏み込みで砂が舞う。走る風を全員が感じる。圧倒的なスピードはまだ底を見せずに上がり続ける。
「どらぁどらぁ…………」
目にも止まらぬ動き。何度もパイスーの背をとっている。観客の中にはインティのあまりのスピードに何人もいると錯覚しただろう。パイスーも目では追えていない。多くの戦闘で培った勘と経験からインティの動きを予測している。
「!」
背からは来ねぇな。3つくらいフェイント入れて、…………まずは左からか。
キイィィンッ
上手い。これだけやられちゃ俺の身体はどうしても開く。俺にもハッキリ映る。インティが攻撃したという残像。加速の自在調整もできるとは見事なもんだよ。そこからスピードを上げて、俺の死角から首を一刺しする。
フオォンッ
「!!ざ、」
残像。
さっきまでパイスーはそこにいたはず!!やばっ!
上手く首を刺したかと思われたが、スカッ。苦い顔を出すインティ。スピードで作り出すインティの残像。一方、パイスーはテクニックで残像を生み出す。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
「ちょっ」
「うっ…………」
殺意のみで闘技場にいる観客達を喚かせない。騒がせもしない。傷を負った者に震えを与える。
パイスーの強烈かつ狂気に満ちている殺意は圧倒的な存在感を放ち、その殺意のONOFFを素早く移動しながら行うことによって、強く殺意を出しているパイスーだけが人には見える。
インティにもパイスーが7人くらい映る。
「全員、斬っちゃうよ」
全員知る。
パイスーがまだ本気ではないように、インティも本気ではない。2人が仲間であることを知るのは春藍達くらいであるが、仲間だからといって手を抜くような2人ではなかった。
インティは白く篭った息を吐きながら多彩に繰り出す。
「しゅー」
瞬真追廉斬。
ズバアアァァッッ
パイスーが作り出した残像を一瞬で切り刻む。全てが残像だからもうそこはパイスーが通り過ぎたところ、抵抗もなくヤッた。全てを斬り、インティの動きがやや遅くなった。彼女の遅くなるとは止まっていると思えるくらいだ。インティの横からユラリと殺意を出し、姿が出てくるパイスーは貫手を行う状態だった。
「折牙・空渦」
少しは手加減したらしい。インティ談。本気でやったら周りが大変な事になる。
パイスーが放った貫手はインティには当たらなかったが、空気を押し貫いた。超人技のくせして、貫手に当たらなくても勢いだけで観客席を護る壁に……
ガゴオオオォォォッッ
風穴を開けてしまう。直撃したら死ぬ。あれが客席に向けられたら死者も出ただろう。さすが、闘技場の予選で全員を殺した力量は計り知れない。
「!」
インティの回避は見事な低空姿勢、超低い四つんばい。少し色っぽくなっている。あれだけの貫手を完全に避けるスピードと反応、行動力は恐ろしい。だが、回避だけが彼女の凄さじゃない。
ブシュウゥッ
「おっ」
「!」
あのパイスーを相手に初めて人間が血を流させた。右肩を軽く斬ってやったインティ。そして、両者の圧倒的なスピードとテクニックの戦いで初めて血が出た。
勢いに乗るインティ。パイスーも少しは驚いた顔を出している。さらにもっと、強く。凄く。
「風神真葉!」
スピード特化のウチ。いつもスピードを活かして相手の急所を突くことで勝利してきた。それを知るパイスーだからこそ通じる虚の攻撃。
ウチの本気のタックルは風じゃない。何でも押し通し、破れない金剛。
ドオォッ
パイスーよりも小さく、女性のインティが。突進と斬撃だけで彼を押す。押す。押す。
「くっ」
ドガアアァァッ
パイスーを壁に叩きつける。逃げ場を奪い取った。急所は斬れなかったが、10回以上も切り刻んだ。トドメを刺す。この最強の人間を超えることも、インティの夢。戦士としての……
ビギイィッ
「!!」
突然、インティの右腕が折れた。手首が嫌な音を出した。深く強く斬ったナイフが、パイスーから抜けない。筋力で止められた。
「少しは効いたぜ」
「!」
避けなきゃと頭は思っていた。だが、避ける事は自分の武器であるナイフを失うこと。助かる目はあっても、勝てる目はなかった。
散る時は綺麗に行く。
バギイイィィッ
容赦しないが、加減はしてもらった。パイスーの拳を無防備で喰らったら死ぬから。
「あはははは、まいったなー。もう降参」
「!……ったく、沢山斬りやがって………」
パイスー VS インティ。
勝者、パイスー。
殴られて見慣れている空を見たインティ。この闘技場でこーなった事も何回かある。
「ウチも負けちゃったよ…………ロイ」
パイスーとインティの戦いぶりを医務室から見ていたインビジブルとロイ。パイスーの強さは確かに人間としたら異常であるが、2人にはインティの戦い方に目がいっていた。
「……………あの動きは俺とロイに似ているな」
「……まさか、インビジブル師範の隠し子ですか?」
「そんな夢の話じゃないだろう。…………だが。……俺の弟子はもうロイだけのはずだ。」
「……………もっと、夢らしくない話じゃないっすか」
インティとロイの因縁はまだ持ち越される…………。それよりも先に重要な因縁がある。決まった瞬間にはここにやってきた。
「さー、始めるぞ。刺青野郎」
「汚ぇー野郎だな。構わないが、主催者と観客さんはどー思うか、……インティ、さっさと逃げろ。あぶねぇぞ」
「知った事か」
観客や主催者であるインビジブルの意向は無視。だが、もうこの雰囲気。2人の男を止めるにはどちらかの敗北しかない。
「俺の春藍の身が懸かっているんだぞ、クソ野郎。お前だけは完全に殺す」
パイスーにとっては連戦。だが、アレクだってロイからもらったダメージが全て惹いたわけじゃない。いきなり彼が強引にロイと戦ったのはこのためだ。多少でも有利な状態にするのは当然だ。
ガゴオオオォォォッッ
大爆発で始まった、アレク VS パイスー。春藍のために殺す事を考えているアレク。




