春藍慶介とライラ・ドロシー
この世界は全ての人間が管理されていた。
人間は"管理人"達によって正確にコントロールされていた。
キチチチ……………
ガシャァンッ……………
キンコーンカーン
『作業終了です。お疲れ様でした』
この世界は驚くほど決められた環境だった。機械に満たされ、働く者達も機械のように働いていた。ただただ、言われた事をしている。僕達のできる範囲の内容をただやる。
それが仕事だと理解してしまうのに時間は掛からなかった。この世界はそうなのだ。
「お疲れ様、ネセリア」
「お疲れ様、春藍」
"未来科学"フォーワールド。
そう呼ばれているこの世界は生まれた瞬間に決まった場所に行き着く。
人間の役割は生まれた家系ではなく、場所で決まられていた。そう決められているのは世界を管理する、"管理人"がそうしたからだ。
西の国で生まれれば"技術開発局"という製造工場で働き、南の国で生まれれば人材を育成するお仕事をやらされる。自由はなく、人もまた今手にする機械や”科学”と等しく、世界の歯車として回っていた。
「お疲れ様でした、アレクさん」
「ああ」
僕、春藍慶介は……………。南の国に生まれた。両親、妹を置いて西の国。"技術開発局"に入るため"管理人"達に背いてやってきた。当時、7歳ぐらいの出来事だ。ここにやってきて8年。家族とは会ってはいないが、メールや手紙などの文字でやり取りをしている。
声も聴いていないな。
けど、寂しいわけじゃない。僕は家庭よりも仕事や未来が大事だ。
僕は南の国に生まれたから人材育成という名の、生まれてくる者達への教育(世話)や強制させる進路をやらせるという。人間にある心を取り除く仕事がどうしてもできなかった。
僕には人を変える勇気がないし、捨てさせる心もないからだ。人間関係というものがとても歪で難しく、弱い人間にはできないと5歳の時に痛感した。
「………………………」
まだ5歳。けど、"管理人"達にとっては手足が自在に動かせ、言葉をある程度話せれば十分と判断していた。世界で暮らせる最低限の知識を1歳~3歳の間に、歩くや喋るを覚えながら子守唄や童話を語るように教える。
不思議と僕達は、計算という事を知らなくても2+2=4と答え、元気ですか?と訊かれれば元気です。もしくは元気じゃないですっと、とっても単純な言葉であるが、条件分岐を通して返すことができた。
最低限の常識と知識を話せれば、生まれた場所に適した教育が待っている。1年後、僕達はもう働き手とされる。嫌だと言われても、強制される教育。"管理人"達によって洗脳されたかのような大人達は子供に教える。
傀儡の教育は、傀儡とされるだけ。
「"Rio"の改造しよ」
僕はその時、心を捨てられなかった。こんなのは間違っている。僕は違うって。
6歳の頃、1年働いて買った"科学セット"と呼ばれる。今となっては玩具に等しいが、"科学"という特別な力を簡易で作れるセットを買った時。
僕の手先と心は初めて。そして、不思議に思うほど。この世界に生まれて良かったと思える自由を得た。
物を作るという単純で素朴。しかし、製作者の腕と頭脳でこれほど綺麗でカッコイイ存在を作れるのかと、希望という種をもらった。
「……………………」
僕はお金を貯めて南の国から脱出する事を決め、西の国へと命を投げ捨てる覚悟と行動でやってきた。先ほど挨拶をしたアレク主任に出会えなかったら、僕は"管理人"に殺されていただろう。
その後、この技術開発局で働くことができ、今に至る。その数年間はとっても僕が求め、できていた自由だった気がした。……のに。
また僕は自由ではないと疑い始めた。
なぜだろうか……?こう思うって、なぜなんだろう?
僕は命を捨てる覚悟、家族を捨ててまで、この地にやってきたのに。
自由にやってきたのに。自由にやっていると思っていたけど。
僕はなにかに屈してしまうようだ。僕もまた、人間。管理人に管理された人間。
歯車の一つ。世界という細胞の一つ。
人間じゃなくなりそうだ。
ガチャンッッ
「ふぅ~、今日も疲れたなぁ」
寮部屋に戻れば、まず手を洗い、シャワーを浴びて汗と匂い、油を落として、夕食と朝食の準備をして。それから1時間。"Rio"の改造を行おう。時間が来たら、明日に備えて睡眠だ。
"技術開発局"は工場と寮が繋がっている。職場まで歩いて2分以内。独身は個室であり、結婚した人達は"管理人"から強制的に引越し命令が下され、工場外の住宅地(教育施設の傍)に飛ばされる。職場まで1時間半以上は掛かるというため大変だとよく聞く。
いつからか忘れたが、仕事が終わったら。教育させられた"ただいま"ではなく、"ふぅ~、今日も疲れたなぁ"って、……溜め息と体の疲れを訴えている。
そこからシャワーを浴びながら、シャワー室から配達関係者に食材を依頼し、届いてくるまで着替え(シャボン玉のパジャマ)、調理の準備、お金の用意。4分後には届くのは分かっている。
ピンポーン
「来た」
「こんにちは食材の配達に伺いに来ました」
いつも通りだ。配達員も曜日ごとに決まっている頼み、持ってくる食材と値段。僕がお釣りも出さないようキッチリ払うことを向こうも知っている。御礼の挨拶も、何度もあることだ。
「ありがとうございます」
「ありがとうございました」
これが日常。僕が歩んでいる日常という奴。平和という物。僕以外の人達もみんな分かっているだろう。
ただ仕事をし、終われば当たり前な事をする。翌日には仕事だ。
それで、自由ってなんだっけ?
僕が勝手に考えている幻想なのだろうか?
自由を求める事は大切なのかな?
ただ生きている事だけでも、とっても幸せなのかな?
でも、僕にはこのままただ働いて死ぬのか。意味なんて求める僕なんかが、世界にいることはとてもオカシイ事かな?
「ひゃああぁぁぁっ!!」
「!!?」
だが、それはオカシイ事ではない。どちらでも良い事だった。
人それぞれ。人生それぞれ。けど、僕はオカシイと思って進んでいく。
もっと自由があるはずと信じて行ってくるストーリーブック。
ドガシャアアァァンンッ
突然、僕の部屋に爆撃を仕掛けながら、こことは違う異世界からやってきた。
黄髪で姫カットというか、クラゲを被ったような髪型だった。それに両サイドに紐がそれぞれ結ばれ、横髪がとても長かった。
この世界ではとても珍しい、太ももまで見えるとても短く、青くてギザギザっぽい生地のズボンを履き。
作業着や白衣ばかり着ている者達とはまったく別の、……爽やかな水色のシャツを着ていた。
彼女が壁を壊してここに来た影響でどれもが、コンクリの色を纏ってしまったが…………。優しい風のようにスゥーッとしていた女性だった。
彼女がやってきた時。
「っっ…………やっぱり、合法なやり方はどこに行くか分からないわね」
「あ、あなたは……?」
運命というのを感じた。
「!!あんた!!そこの男!!」
「は、はい!!」
「あたしの事をしばらく隠しなさい!!なんとかしなさい!!ここにいる"管理人"ってどんな奴等!?ここはなんて世界なのよ!!?"アーライア"って場所!!?あんたの名前はなんなの!!?」
それはやってきた時だけだった……。
彼女があまりにも素早く近づいて、僕の胸倉を掴んで持ち上げてしまう。
僕が唖然としていたから、抵抗するどころか彼女の言葉に対してどう返せばいいのか分からなかった。
ホンノ8秒ぐらいでこんな状況にされたら何から答えれば良いのか?
「急いで!!」
「ひ、ひぃぃっ」
そして、彼女もまた。何から質問すれば良いのか分からなかった。
ただ、彼女は僕とは違い。限られた自由を有効に使いたいとしている目と行動をとっていた。
暴力というのもまた一つの手段なのだと、やられて気付く。
「あ、あ、あの…………」
「何?」
「僕の名前から」
一番簡単な質問とやるべき事を僕は答えた。
「僕は春藍慶介…………」
「春藍……慶介……!」
脅されているから僕は次の問いに答えようとした時。
粗暴さが一瞬に引いて、自分がとても興奮していた気づき恥じるように。まずは僕を離してくれた。ホントに苦しかった。死ぬかと思った。
「ごめんなさいね、"管理人"達に追われて焦っていたから、つい」
"つい"でここまでするの!?
けど、その後に。礼儀を見せてくれる。
「あたしはライラ・ドロシー。"吉原"という世界から来た、考古学者って奴?あなたの持っている情報をなるべく、私に教えてくれない?」
ヨシワラという世界………コウコガクシャ……………。
そして、ライラ・ドロシーという名。
僕にはそれだけで知らない世界と、知らない自由と選択があると知れた。