1話 異世界へ飛ばされました
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僕がまだ10歳の時。僕はその歳にして、今後の人生を左右するような物と出会った。
黒々として、大きく立派な傘。他の物を超越するその大きさ。独特の芳香は僕の鼻を刺激した。フォルムは萎びた姿だが、中にはどれだけの力を持っているのか。そして、真の姿を現した時の、予想を遥かに越える美味しさ……
僕は『冬茹』と出会った瞬間だった。『どんこ』とは簡単に言うと、傘の肉が厚く全体的に丸みを帯びている干しシイタケのことだ。
元々、僕は子供にしては珍しく、キノコが好きだった。初めはマイタケから、その内エリンギ・シメジ・シイタケと食べるキノコのバリエーションは増えていった。僕の母親が小さい時からキノコを食べさせてくれていたからかもしれない。離乳食からキノコが入っていたという話だ。もの凄く細かく刻んだシイタケをたまに入れていたそうだ。僕の母親はキノコ料理が得意だ。例えば、カレーライス。家のカレーライスはそれがレトルトだとしても必ず炒めたエリンギが入る。香辛料から作る時はシメジが入っている。また、親子丼や野菜炒めには必ずシイタケが入る。忙しい時やあっさりさせたい時は生シイタケだけど、時間があったり味に深みを出したい時は干しシイタケが入る。
そういう訳で僕はキノコ好きになった。
そして僕は10歳の時に『どんこ』と出会い、キノコ好きが加速した。
そして7年後。もうすぐ18歳になろうとする僕は立派なキノコ好きへと成長していた。将来は大学でキノコの研究をするか、シイタケ農家になるかのどちらかに決めていた。
キノコを自分でよく食べるためか、僕のキノコ料理の腕はメキメキと上がり母親より自分が作ったほうが美味しいと言われるほどになっていた。
キノコのお吸い物、キノコ汁、エリンギと小松菜の炒め物、エリンギのハンバーグ、すき焼き(マイタケ増量版)、干しシイタケと高野豆腐の煮物、親子丼(干しシイタケ増量版)、マツタケご飯、干しシイタケと大根の煮付けなどなど。
キノコ料理だけは得意だった。他の料理は作ったことないから僕自身が料理が得意なのかはわからない。
それはさておき。
キノコ好きという特徴を除くと、僕は自分で言うのもなんだが至って普通だ。取り立ててスポーツができるわけでもないし、勉強ができるわけでもない。身長は前から数えたほうが早いというぐらいだ。家は普通のサラリーマン家庭のため、お金持ちでもなければ貧乏でもない。
趣味に関してもキノコ好きなのを差っ引けば、平凡なものだ。人並みにゲームをし、人並みに本を読む。年齢的に引っかかりそなものにも興味はあるし、見たことがある。僕だって人並みに女性に興味あるって。いくらキノコ好きとはいえこれはこれ。
キノコ好きで、それでいて他の部分は至って普通な人。それが、僕こと丹橋架茸だ。
7月のある日。ギラギラと照りつける太陽の下、僕は学校への道をひたすらに歩いていた。今日は期末試験最終日だ。今日の期末試験とその後の終業式を迎えて、晴れて明日からは夏休みになる。
僕自身受験勉強で忙しいが、それでも夏休みというだけで多少はワクワクする。普段と違って、時間が自由に使えるようになるというのが一番だろう。いくらそれが大半を受験勉強に費やすとしても、その魅力には抗いにくいものがある。
周りも同じようで、受験勉強で忙しくなるとはいってもなんだかんだ息抜きと称していろいろ遊ぶようだ。僕も遊びに誘われたけど、都合があったらと言ってその場では保留にしておいた。
この夏の間、せっかくだしシイタケの原木でも見学に行きたいなーとか茨城県きのこ博士館に入り浸りたいなとか思っていた。
実を言うと最近食用のキノコ以外にも毒キノコにも興味が湧いていた。
家の本棚はキノコや菌の本で溢れかえっていたから、それの整理もこの夏休み中にやっておきたいなっと思っていた。
なんとか僕は学校へたどり着き、試験教室へ入った。
周りの生徒達が必死こいて教科書を暗記しているのを脇目に見ながら、僕は自分の席に着いた。
本日の試験科目は『生物』。
僕の唯一の得意科目だった。
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キーン コーン カーン コーン ポフッ
チャイムが鳴り響き、試験が終わった。周りを見ると、試験が終わって出来が悪かったのかorzポーズを取っている生徒や、結果がなんであれ終わったことに喜びを露わにしている生徒など人それぞれだった。
「なぁ、丹橋。どうだった?」
僕に話しかけてきたのは、後ろの席の光城勉。さらりとした髪と、甘いフェイスの有り体にいえばイケメンだ。だけど、イケメンだということを誇ることなくなかなか親しみやすい友達だ。
「まぁ、得意科目だからわりかし良かったよ」
「いいなぁー俺はちょっと失敗しちゃったよ」
へへっと勉は笑う。彼の実家は工場を切り盛りしているが、親の意向により大学に進むらしい。
勉は数学とか物理とかそういう考える系にはめっぽう強いが、暗記系はあまり得意ではない。
「ねぇねぇ、光城くん、丹橋くん。試験どうだった?」
そうやって話しかけてきたのは、森真理子。ピンクのゴムで結わえたツインテールが特徴の少し小さめの女の子だ。本人の前で小さいなどと言ったら蹴り飛ばされるのだが。
「僕は良かったけど、勉は失敗したみたいだ」
「うーん、あそこがなぁ…… そういう真理子は?」
「私? まぁまぁよ」
勉と真理子はこの高校入ってからずっと同じクラスだった。そのためこうやって気軽に話せる仲だ。
「二人は夏休みどうするの?ただ受験勉強に勤しむのか?」
「俺はそこそこ勉強するけど、そこまで根詰めないつもりだ」
「私もそうよ、せっかくの高校生活最後の夏休みだし、思い出くらい作っておきたいなって思ってるよ」
「まぁ、だよね」
そうこうなんだかんだ話しているうちに、教室に担任がやって来た。
「1学期最後のホームルーム始めるぞー 席に付けー」
ガタガタっと音を立てて皆席に着いた。
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ホームルームのあと、体育館で終業式があった。
終業式が終わり、生徒達は開放感を露に、意気揚々と学校を出た。
「じゃあ、連絡するから」
「遊びの計画とか立てたら教えてね」
「おう、じゃあな」
皆家の方向は違うため、校門前で各自別れ、僕は僕で自分の家までの道を歩き始めた。
正午の太陽は朝と比べ一層ギラギラを強くして、歩く人たちを焦がしていた。
僕は多少目眩を覚えながらも、ペットボトルの水を飲んだ。
熱中症には気を付けていた。
あと少しで家に着くというところで、僕の足元の地面がいきなり輝き出した。
「なっ、なんだ!」
輝きは一層強まり、文字を描きながら円形を作り出していく。中心には僕。
ぐるぐると文字は生きているかのように周りだし、僕の目の前は真っ白になった。
「結局これは……」
真っ白に視界が染め上げられた直後、今度は漆黒に染め上げられた。
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「っん…… んぅん?」
僕が目を覚ますと、そこは岩肌がむき出した場所だった。
なぜ、こんな場所にいるのだろう、さっきまで道を歩いていたはずなのに……と思っていると、誰かが僕の額に手を触れた。
「ん!? なんだ!?」
僕はがばりと体を起こすと、そこには一人の女性がいた。
「……?」
「あの、目は覚めましたか?」
僕に声をかけてきたのはまだ20代前半も行っていないようなうら若き女性だった。グレーのタイトなパンツスーツに髪を後ろで纏め上げ、シャープなデザインのメガネをかけていた。
「あっ、はい。目は醒めました……それでここは……?」
「はい、説明させてもらいます」
そう女性は言うと、一息ついて説明し始めた。
「ここは有り体にいえば異世界です。カタケ様のいた世界とは別世界となっています。カタケ様にはここでダンジョンの管理者をやってもらいたいと思います」
「へっ……ええっ!!!!!」
「たしかに驚かれる気持ちは分かります。ですが、これは事実です」
「……ホントなんだな?ウソでもドッキリでもないんだな?」
「残念ながら……」
「そうか……わかった。それで僕がここに来た理由とかは?」
「えっ、あっ、はい。カタケ様がこの世界に来た理由は、イタズラの神:ネフィロスト様のいたずらにございます」
「神のイタズラ……?」
「カタケ様の世界では信じられていなかったかもしれませんが、神という存在は世界と世界を跨ぐようにして存在します。詳しい説明は後にしますが、ネフィロスト様の信託によると、カタケ様がダンジョンを管理し最上のものにすることで元の世界に戻れるそうです」
「よくわからん……」
「全てはネフィロスト様のお戯れですから」
「僕はその神様(笑)のせいでこんな目に合っているのか?ふざけんな!」
「カタケ様のお気持ちは分かります。ですが、これはどうしようもないことなんです。ネフィロスト様が気まぐれで都市を消滅させたこともありますから」
「えっ……まじ?」
「はい、そうです。ネフィロスト様は絶対的な力を持ちつつそれを使って世界を弄ぶ御方です。私たちができることはネフィロスト様に目を付けられないようにただ耐え忍ぶだけです」
「はぁ……つまり僕はダンジョンを管理すればいいのね、不本意だけど」
「はい、迷惑をかけるようですみません」
「君が謝る必要はないさ……それで君は?」
「私の名前はリリスです。カタケ様がダンジョン管理を為されるにあたって様々なサポートをするようネフィロスト様に申し付けられました」
「そうか、君も大変だったんだね」
「カタケ様の方が何千倍もお辛いでしょうに。カタケ様は凄いですね、こう早くわかっていただけるなんて」
「まぁ、それはいろいろと諦めたからだよ。ダンジョン管理をしっかりすれば元の世界に帰れるんだね?」
「それに関しては、大丈夫だと思います。いくらイタズラの神とはいえ、神ですから約束を違えるということはしません」
「そっか、それならいいんだ」
そういうわけで、どうやら僕はダンジョンの管理をすることになったようだ。
まだまだ全然分かっていないけれど。