第5話 「期待させるなよ、バカ」
「……でも、それだけじゃない気もする」
教室が静まり返った。
誰もが、 兼次郎の言葉を理解するまで数秒かかった。
そして――
「は???」
最初に叫んだのは天野大将だった。
「お前それほぼ告白じゃねぇか!!」 「違う」 「どこが!?」 「分からん」
寺田一将が珍しく目を丸くしている。
「桐谷がそこまで言うの初めて見た」 「俺も」 「いやこれは事件」
周囲の女子までざわつき始めた。
「え、桐谷くんって篠田さん好きなの!?」 「やば青春」 「ていうか篠田さん顔真っ赤!」
実際。
玲緒菜は完全に固まっていた。
「……ぇ」
耳まで真っ赤。
視線は泳ぎっぱなし。
口を開こうとしても声が出ない。
「れ、玲緒菜?」
茉優が覗き込む。
すると次の瞬間。
「〜〜〜っ!!」
玲緒菜は机に突っ伏した。
「む、無理ぃ……!!」
教室が爆笑に包まれる。
兼次郎は額を押さえた。
「……騒がしい」 「原因お前だからな?」 「知らん」
大将はニヤニヤしながら玲緒菜を見る。
「篠田、脈アリじゃん」 「し、死ぬ……」 「まだ生きろ」
玲緒菜は顔を隠したまま、 小さく震えていた。
その姿を見て。
「……」
兼次郎は妙に落ち着かなくなる。
なんでこんな反応してるんだ。
ただ、 思ったことを言っただけなのに。
すると。
「ふーん」
茉優がじっと兼次郎を見る。
「兼次郎、変わったね」 「……何が」 「前なら絶対そんなこと言わなかった」
確かにそうだった。
昔の兼次郎なら、 曖昧な感情を口にすること自体がなかった。
恋愛なんて面倒だと思っていた。
誰かを特別扱いする理由も、 よく分からなかった。
なのに。
玲緒菜のことになると、 最近やたら調子が狂う。
「……」
考えていると。
キーンコーンカーンコーン。
授業開始のチャイムが鳴った。
「はい席つけー」
教師が入ってきて、 騒がしかった教室が少し落ち着く。
だが。
玲緒菜はまだ顔を上げられていなかった。
「篠田ー生きてるかー?」 「むり……」 「重症」
大将が笑う。
兼次郎は小さくため息をついた。
そして。
机に突っ伏したままの玲緒菜へ、 そっと小声で言う。
「……おい」 「っ」
玲緒菜の肩が跳ねる。
「授業始まるぞ」 「……兼次郎のせいで無理……」 「知らん」 「知ってよぉ……」
涙目の声。
その反応が、 なぜか少し可愛く見えてしまう。
「……」
自分でも末期だと思った。
―――
昼休み。
「で、どうなのよ」
購買帰りの廊下。
茉優が隣を歩きながら聞いてくる。
「何が」 「玲緒菜」 「……」
兼次郎は牛乳パックを開けながら歩く。
茉優はじっと横顔を見ていた。
「本当に気づいてない?」 「何を」 「玲緒菜、ずっと兼次郎のこと好きじゃん」
兼次郎は少し黙る。
「……知ってる」 「知ってたんだ」 「なんとなく」
茉優は小さく笑った。
「じゃあさ」 「?」 「兼次郎はどうしたいの?」
その質問に、 兼次郎は答えられなかった。
好き。
その感情が、 まだよく分からない。
でも。
玲緒菜が他の男子と話してると妙に落ち着かないし、 笑ってると目で追ってしまう。
泣きそうな顔を見ると放っておけない。
「……分からん」
それが本音だった。
茉優は少しだけ寂しそうに笑う。
「そっか」
その時だった。
「あ、兼次郎ー!」
前方から玲緒菜が走ってきた。
また全力疾走。
「……危なっ」
曲がり角から出てきた男子とぶつかりそうになった瞬間。
兼次郎は反射的に玲緒菜の腕を引いた。
「きゃっ!?」
ぐいっ。
勢いのまま、 玲緒菜の身体が兼次郎の胸へ倒れ込む。
「……っ」
近い。
近すぎる。
玲緒菜の甘い匂いがする。
「だ、大丈夫か」 「ぅ……う、うん……」
玲緒菜は真っ赤な顔で見上げてくる。
周囲がざわついた。
「え、なに今」 「壁ドンみたいになってた」 「青春すぎ」
玲緒菜は完全にフリーズしている。
兼次郎も、 妙に心臓がうるさい。
すると。
「……期待させるなよ、バカ」
玲緒菜が、 消えそうな声でそう呟いた。
「……え?」
兼次郎が目を見開く。
玲緒菜はハッとした顔になり――
「わ、忘れて!!」
そのまま顔真っ赤で逃げていった。
廊下に取り残された兼次郎へ。
茉優がじーっと視線を向ける。
「……罪な男」 「意味分からん」 「ほんと鈍感」




