第61話『二丁の静寂』
映画の撮影が一段落した数日後。
M&M COMPANY本社は、いつもより少し落ち着いていた。
結衣が次の台本を整理している横で、真優がスマホを見て固まる。
「……え、これ本気?」
結衣が顔を上げる。
「どうしたんですか?」
真優はそのまま画面を差し出す。
そこには一行だけニュースがあった。
『美優、アクション映画主演決定』
結衣は一瞬止まる。
「……美優さんが?」
その時。
ドアが開く。
本人登場。
美優はいつも通り無表情だった。
真優がすぐ聞く。
「これ、何」
美優は短く言う。
「決まった」
結衣は目を丸くする。
「アクション映画……?」
美優は頷く。
「そう」
さらに一言。
「二丁拳銃」
部屋が静かになる。
真優がゆっくり言う。
「……え、急に派手じゃない?」
美優は淡々と返す。
「役だから」
結衣は少し想像する。
(美優さんが……拳銃……)
想像した瞬間、現実味がなさすぎて逆に怖い。
数週間後。
撮影スタジオ。
そこは映画現場とは違う空気だった。
鉄骨セット。 煙。 破壊された壁。
完全に“戦場”だった。
美優は黒い衣装に身を包んで立っていた。
手には二丁の拳銃。
無駄がない立ち姿。
監督が言う。
「じゃあリハいくよ」
カメラが回る。
——開始。
敵役が突っ込んでくる。
その瞬間。
美優は動く。
速い。
無駄がない。
一歩も下がらない。
二丁拳銃が同時に火を吹く。
ドン、ドン。
間。
もう一発。
ドン。
動きが“音楽”のように正確だった。
結衣は別室モニターで見ていた。
「……え?」
真優が横で笑う。
「人間じゃなくない?」
画面の中の美優は、静かだった。
走らない。 叫ばない。 表情もほぼ変わらない。
それなのに——全部を支配していた。
カット。
監督が思わず言う。
「今の、一発OKでいこう」
スタッフがざわつく。
その後も同じだった。
ジャンプ。 回避。 射撃。
すべてが一発で決まる。
ミスがない。
感情すらノイズにならない芝居。
結衣は小さく呟く。
「強すぎませんか……?」
真優が頷く。
「これは別ジャンル」
撮影の合間。
麗華が現場に顔を出す。
「やば」
それだけ言って笑う。
「美優ちゃん、それ反則だよ」
美優は銃を下ろしながら言う。
「まだ終わってない」
麗華が首を傾げる。
「何が?」
美優は視線を上げる。
「完成してない」
その言葉に、麗華は少しだけ目を細める。
「ストイックすぎ」
美優は短く返す。
「普通」
その“普通”が一番怖い。
結衣はモニター越しに見ながら思う。
(この人たち、レベル違う)
凛は“圧”。
麗華は“支配”。
美優は“無音の強さ”。
じゃあ自分は——?
その答えはまだ出ない。
夜。
撮影終了後。
美優は銃のチェックをしていた。
真優が横に立つ。
「楽しい?」
美優は少し間を置く。
「楽しいかは分からない」
「でも」
銃を置く。
「正しい」
真優は小さく笑う。
「らしい答え」
その時。
結衣が遠くから見ている。
美優は気づいて言う。
「見てた?」
結衣は頷く。
「かっこよすぎました……」
美優は一言。
「まだ途中」
その言葉が、結衣の胸に残る。
(まただ)
みんな“途中”にいる。
そして誰も、止まっていない。
その夜。
結衣はノートに書く。
『私はまだ何者でもない』
その下にもう一行。
『でも、ここにいる』
ページを閉じる。
外では風が鳴っていた。
それぞれの戦いは、まだ続いている。
第62話へ続く。




