第53話『噂とプレッシャー』
撮影が進むにつれて、映画の話題はさらに加速していた。
ネットニュースは毎日のように更新される。
『天野結衣 vs 白石凛、次世代女優の対決』 『現場で火花?若手二大エースの関係性とは』
面白がるような見出しばかりが並ぶ。
M&M COMPANY本社。
結衣はスマホを見て、顔を引きつらせていた。
「……勝手に戦わせないでほしいです」
真優がコーヒーを飲みながら笑う。
「まあ、注目されてるってことだね」
「プレッシャーの塊なんですけど!」
そこへ美優が入ってくる。
「読まなきゃいい」
「正論すぎます……」
結衣は机に突っ伏した。
その頃。
白石凛も同じように記事を見ていた。
ただし表情は変わらない。
マネージャーが横で言う。
「結衣ちゃん、すごい勢いだね」
「うん」
「気になる?」
凛はスマホを閉じる。
「別に」
少し間。
「でも」
マネージャーが首を傾げる。
凛は静かに言う。
「負ける気はない」
それだけだった。
数日後。
撮影現場。
次のシーンは“感情爆発”の場面だった。
台本上でも難易度が高い。
結衣は朝からずっと緊張していた。
「これ……無理では……?」
真優が肩を叩く。
「昨日も同じこと言ってた」
「進歩してますね!」
「どこが」
凛はすでに準備を終えていた。
いつも通り静か。
でも、今日は少し違った。
空気が重い。
結衣はそれに気づく。
(今日、来る……)
理由は分からない。
でも分かる。
“本気の凛”が来る日だ。
監督の声。
「じゃあ、行こうか」
カチン。
——開始。
最初は結衣。
感情を抑えたセリフ。
しかし途中で揺れる。
そこへ凛が入る。
一言目から強い。
まるで刃。
空気が一気に変わる。
結衣の呼吸が乱れる。
(これ、芝居じゃない……)
本当に押されている感覚。
セリフが詰まる。
カットがかかる前に、監督が手を上げる。
「ストップ」
静寂。
監督はため息ではなく、少し笑っていた。
「今の、いいけど……結衣、飲まれてるね」
結衣は悔しそうに頷く。
凛は何も言わない。
ただ立っている。
控室。
結衣は椅子に座り込む。
「今日はダメかも……」
真優はあえて軽く言う。
「毎回言ってる」
「学習しないタイプです!」
そこへ凛が来る。
水を差し出す。
「飲む?」
結衣は受け取る。
「ありがとうございます……」
沈黙。
少しして凛が言う。
「今日、押した?」
結衣は一瞬迷う。
「……押されました」
凛は頷く。
「じゃあ正しい」
結衣が顔を上げる。
凛は続ける。
「私も本気でやってるから」
「でも、それで潰れたら意味ない」
結衣は小さく息を吐く。
「どうすればいいですか」
凛は少し考えてから言う。
「逃げない」
「え?」
「怖いままやる」
それだけだった。
結衣は黙る。
簡単な言葉なのに、重い。
でも——
なぜか少しだけ、心が落ち着いた。
その後の再テイク。
結衣はまだ震えていた。
でも、逃げなかった。
凛の圧を真正面から受ける。
受けたまま返す。
完全ではない。
でも——崩れない。
カット。
監督が言う。
「今の、さっきよりいい」
結衣は息を吐く。
凛が横で小さく言う。
「まだ伸びる」
結衣は少し笑う。
「まだですか」
「まだ」
即答だった。
その日。
二人の関係は“ライバル”として完成に近づいていた。
でも同時に。
まだ誰も知らない。
この映画の本当の化け方は——これからだった。
第54話へ続く。




