第30話 「信じるって、こんなに難しかったか?」
廊下はやけに長く感じた。
兼次郎は足を止めないまま歩いていた。
「……」
頭の中がうるさい。
武田雷斗。
玲緒菜の沈黙。
説明できない顔。
そして——
“またか”という自分の言葉。
それが一番引っかかっていた。
「……くそ」
小さく吐き捨てる。
信じたいはずなのに、 信じるのが怖い。
―――
一方その頃。
玲緒菜は教室に残ったまま動けなかった。
「待って!!」
叫んだ声だけが、 まだ耳に残っている。
でも返事はなかった。
「……違うのに」
膝に力が入らない。
その時。
「やば」
教室の入口から声。
林田瑠姫愛だった。
「完全にやらかしたね」
玲緒菜の顔が上がる。
「瑠姫愛ちゃん……」
瑠姫愛はスマホを軽く振る。
「これさ」
まだスクショが残っている。
武田雷斗との写真。
「誤解されても仕方ない角度だね」
「でも!」
玲緒菜は立ち上がる。
「ほんとに何もないの!!」
瑠姫愛は少しだけ目を細めた。
「知ってるよ」
「え……?」
玲緒菜が固まる。
瑠姫愛はため息をつく。
「雷斗の方が一方的」 「玲緒菜はずっと距離取ってる」
「じゃあなんで……!」
「だから言ってるじゃん」
瑠姫愛はスマホをしまう。
「“誤解される材料”が多すぎるって」
その言葉が重く落ちる。
玲緒菜は唇を噛む。
「私……ちゃんと説明したのに……」
「説明ってさ」
瑠姫愛は少しだけ冷たく言う。
「相手が“聞ける状態”じゃないと意味ないんだよ」
玲緒菜の目が揺れる。
―――
その夜。
兼次郎は一人で歩いていた。
河川敷。
風が冷たい。
「信じるって何だよ……」
誰に言うでもなく呟く。
頭では分かっている。
玲緒菜は嘘をつくタイプじゃない。
でも。
“説明できない沈黙”が、 どうしても引っかかる。
その時。
後ろから足音。
「兼次郎!」
玲緒菜だった。
息を切らしている。
「やっと見つけた……」
兼次郎は振り返らない。
「……何」
その声は、 まだ少し冷たい。
玲緒菜は一瞬怯む。
でも、 それでも前に出る。
「ちゃんと話したい」
「もう聞いた」
「聞いてない!!」
強い声。
兼次郎がようやく振り返る。
玲緒菜は涙目だった。
「武田雷斗くんは……!」
「ただの友達って言いたいんだろ」
「違う!!」
玲緒菜の声が震える。
「友達でもないの!!」
沈黙。
兼次郎の眉が動く。
玲緒菜は必死だった。
「昔ちょっと助けてもらったことはあるけど……」 「でもそれだけで」 「ずっと距離取ってたのに」
「……」
「向こうが勝手に絡んでくるだけで……!」
言葉が詰まる。
「私、ちゃんと嫌ってたよ……」
その瞬間。
兼次郎の表情が揺れた。
玲緒菜は続ける。
「でも、怖くて言えなかった」 「また余計なことで誤解されたくなくて……」
涙が落ちる。
「だから……隠した」
その言葉に。
兼次郎の中の“怒り”が少しずつ崩れていく。
でも。
まだ完全には消えない。
「……隠すの、好きだな」
小さな声。
玲緒菜がびくっとする。
「っ……」
「信じてほしいなら言えよ」
玲緒菜は唇を噛む。
「ごめん……」
その一言が、 また胸に刺さる。
沈黙。
川の音だけが響く。
そして。
兼次郎はゆっくり言った。
「……俺も悪い」
玲緒菜の目が上がる。
「信じたいのに、 疑う方が先に出た」
玲緒菜は泣きながら首を振る。
「違う……」 「違わない」
兼次郎は少しだけ目を伏せる。
「怖かっただけだ」
沈黙。
そして。
兼次郎は一歩近づく。
「……玲緒菜」
「……」
「もう一回だけ聞く」
玲緒菜の息が止まる。
「武田雷斗は何もないんだな」
玲緒菜は涙を拭いて、 真っ直ぐ見る。
「何もない」
間。
風が吹く。
長い沈黙のあと。
兼次郎は小さく息を吐いた。
「……分かった」
その瞬間。
玲緒菜の膝から力が抜ける。
「……っ」
泣きながら笑う。
「ばかぁ……」
「ほんとに……」
兼次郎は少しだけ困った顔をして、
それから静かに言った。
「次は隠すな」
玲緒菜は何度も頷く。
「うん……うん……」
そして。
一歩だけ近づいて。
そっと袖を掴んだ。
「……もう離れないで」
その言葉に。
兼次郎の胸が、 静かに締めつけられた。




