第26話 「裏切りって、誰が決めるんだよ」
放課後。
その日は、 いつもと同じはずだった。
玲緒菜は「部活ちょっと行ってくるね」と言って、 先に教室を出ていった。
「……」
兼次郎は、 なぜか少しだけ胸がざわついた。
理由は分からない。
ただ、 嫌な予感だけが残っていた。
―――
それから30分後。
兼次郎は偶然、 校舎裏を通った。
そして。
足が止まる。
「……玲緒菜?」
そこにいたのは玲緒菜だった。
でも一人じゃない。
知らない男子と話している。
同級生ではない。 制服も違う。
少し大人びた雰囲気の男。
玲緒菜は、 何かを必死に説明しているようだった。
「だから、それは違うって……!」
声が少し強い。
だが次の瞬間。
男が玲緒菜の手首を掴んだ。
「っ……!」
玲緒菜が驚く。
その瞬間を見て。
兼次郎の中で、 何かが切れた。
「……おい」
低い声。
二人が振り向く。
玲緒菜の顔が一気に青くなる。
「か、兼次郎……っ!」
男は軽く舌打ちした。
「誰だよ」
兼次郎はゆっくり近づく。
視線は男の手に向いたまま。
「その手、離せ」
「は?」
男は笑う。
「何?彼氏?」
その言葉に。
玲緒菜が慌てる。
「ち、違うの!これは……!」
だが言い切る前に。
男が鼻で笑った。
「こいつさ、 昔ちょっと助けてやったことあってさ」
「今それで付きまとわれてんだけど」
玲緒菜の顔が固まる。
「ち、違う……!」
兼次郎は一歩前に出る。
空気が変わる。
「離せって言ってる」
静かな声。
でも、 逆らえない圧があった。
男は一瞬だけ舌打ちして手を離す。
「はいはい、邪魔すんなよ」
そして去っていく。
残されたのは、 玲緒菜と兼次郎だけ。
「……」
沈黙。
玲緒菜は焦っていた。
「違うの!ほんとに違うの!」 「……」
兼次郎は何も言わない。
その沈黙が怖くて、 玲緒菜の声が震える。
「昔ちょっと助けてもらっただけで……」 「……」
「連絡来てて、断れなくて……」 「……」
「ほんとに何もないから!」
必死だった。
でも。
兼次郎はゆっくり口を開く。
「……言わなかった理由は」
玲緒菜の心臓が止まる。
「……え?」
「なんで黙ってた」
玲緒菜の目が揺れる。
「それは……」 「俺に言えなかった?」
その言葉に、 玲緒菜は唇を噛む。
「違う……」 「じゃあなんで」
風が吹く。
校舎裏がやけに静かだった。
玲緒菜の声が小さくなる。
「……心配させたくなかった」
その瞬間。
兼次郎の表情がわずかに動く。
でも、 まだ冷たいままだった。
「心配させたくなかった、か」
玲緒菜が顔を上げる。
「ほんとに違うの……」 「俺が見たのは」 「っ……」
言葉が詰まる。
「手、掴まれてた」
玲緒菜の目に涙が溜まる。
「それは……っ」 「それでも」
兼次郎の声は低い。
「言わなかったんだろ」
玲緒菜の涙がこぼれる。
「……ごめん」
その一言が、 やけに重く落ちた。
沈黙。
兼次郎は、 少しだけ拳を握る。
そして。
「……帰る」
それだけ言って背を向けた。
「ま、待って!」
玲緒菜が追いかけようとする。
でも。
兼次郎は振り返らない。
その背中が、 いつもより遠く見えた。
玲緒菜はその場に立ち尽くす。
「……違うのに」
涙が止まらない。
そして。
その様子を、 少し離れた場所から見ていた影があった。
前田茉優だった。
「……最悪だね」
小さく呟く。
でもその顔は、 どこか複雑だった。
―――
そして。
兼次郎の胸には、 初めての感情が残っていた。
怒りでも、 嫉妬でもない。
ただ一つ。
「信じてたのに」という痛みだった。




