第23話 「五分じゃ足りない」
夜風が静かに吹いていた。
玲緒菜の家の前。
街灯に照らされた横顔が、 少しだけ緊張して見える。
「あと五分だけ、一緒いて?」
その言葉に。
兼次郎の胸が、 妙に熱くなる。
「……五分でいいのか」
玲緒菜が目を瞬かせた。
「え?」 「お前が寂しいって言ったんだろ」 「……っ」
玲緒菜の顔が赤くなる。
兼次郎は視線を逸らしながら、 小さく続けた。
「……俺は五分じゃ足りない」
その瞬間。
玲緒菜が完全に固まった。
「っ〜〜〜!!?」
またしゃがみ込みそうになる。
「なんで最近そんなこと普通に言えるの!?」 「思ったから」 「その“思ったから”が危険なんだよぉ……!」
玲緒菜は顔を覆った。
でも。
指の隙間から見える顔は、 嬉しそうに笑っている。
兼次郎はその顔を見るだけで、 心が落ち着くのを感じていた。
すると玲緒菜が、 少しだけ勇気を出すように聞いてくる。
「……兼次郎」 「なんだ」 「今、幸せ?」
真っ直ぐな瞳。
兼次郎は少し黙った。
昔の自分なら、 そんなこと考えもしなかった。
誰かといることで、 こんなに感情が動くなんて知らなかった。
でも今は。
玲緒菜が笑うだけで嬉しくて、 不安そうな顔をすると苦しくなる。
離れられる未来を想像すると、 嫌で仕方ない。
そして。
「……幸せだと思う」
玲緒菜の目が潤む。
兼次郎は続けた。
「お前といると、 変に落ち着くし」 「……」 「最近、 一人の時より自然に笑える」
玲緒菜は口元を押さえた。
「だ、だめ……」 「何が」 「好き増える……」
兼次郎は少しだけ困ったように眉を寄せる。
「お前そればっかだな」 「だって兼次郎が悪いもん!」
玲緒菜は涙目で抗議した。
その時だった。
ガチャ。
玲緒菜の家の玄関が開く。
「玲緒菜ー? いつまで外いるのー?」
母親らしき声。
玲緒菜が飛び上がった。
「や、やばっ!」
そして。
「っ……!」
慌てた勢いで、 玲緒菜が兼次郎へぶつかる。
ぐらっ。
反射的に、 兼次郎が抱き止める形になる。
「……っ」
距離が近い。
近すぎる。
玲緒菜の顔が、 数センチ先にある。
お互い、 呼吸が止まった。
玲緒菜の瞳が揺れる。
「け、兼次郎……」 「……」
夜風が吹く。
静かな時間。
玲緒菜の頬は真っ赤で、 でも目を逸らさなかった。
その顔を見た瞬間。
兼次郎の理性が、 少し危うくなる。
「……お前」 「? 」 「その顔、 反則」
玲緒菜の肩がびくっと震えた。
「っ〜〜〜!!」
限界だった。
玲緒菜は顔を真っ赤にしたまま、 兼次郎の胸へ額を押しつける。
「む、無理……」 「……」 「今キスされても、 断れないくらい無理……」
その瞬間。
兼次郎の心臓が、 大きく跳ねた。
理性が揺れる。
今すぐ抱き締めたくなる。
でも。
兼次郎はゆっくり息を吐いて、 玲緒菜の頭を軽く撫でた。
「……帰れ」 「えぇ……」 「顔真っ赤だぞ」 「兼次郎のせいでしょ……!」
涙目で睨んでくる。
その顔すら可愛いと思ってしまう。
すると玄関から再び声。
「玲緒菜ー?」 「い、今行くー!!」
玲緒菜は慌てて離れる。
でも。
離れる直前。
制服の袖をぎゅっと掴んだ。
「……また来て」 「……」 「今日みたいに、 急に会いに来てほしい」
兼次郎は少しだけ目を細める。
そして。
「……考えとく」
「それ来るやつじゃん!」
玲緒菜が嬉しそうに笑った。
その笑顔を見ながら。
兼次郎は改めて思う。
――もう、 完全に手遅れなくらい好きだ。




