第7話
リシェリアが異変に気づいたのは、朝食後だった。
「……来ましたわね」
手元のフラグ管理帳を閉じる。
対面ではフィアナが焼き菓子を口に運びながら首を傾げた。
「なにが?」
「“誤解イベント”です」
ぴたり、とフィアナの手が止まる。
「あー……あれか」
原作『聖光のレガリア』中盤以前の定番展開。
些細な会話。
切り取られた噂。
意図的な曲解。
それが積み重なり――
・聖女が裏で権力を使っている
・悪役令嬢が陰湿な嫌がらせをしている
・王子が操られている
という“物語に都合のいい誤解”が完成する。
「つまり」
フィアナが言う。
「誰も悪くないのに空気が悪くなるやつ?」
「ええ。最も厄介なタイプです」
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原作分析会議(温室)にて。
「誤解ってね」
フィアナがノートを叩く。
「情報が足りないから生まれるんだよ」
「同意します」
貴族社会では直接確認は無作法とされる。
だから噂が真実になる。
沈黙が肯定と解釈される。
「……非効率ですね」
リシェリアは真顔で言った。
「社会システムとして欠陥があります」
「社会を直す方向になってきたね?」
「当然です」
即答だった。
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リシェリアはペンを走らせる。
「解決策は単純」
さらりと書かれた文字。
【情報公開】
フィアナが瞬きを繰り返す。
「え?」
「隠すから疑われるのです」
「いや理屈は分かるけど」
「ならば最初から公開すればよい」
静かな笑み。
悪役令嬢の顔ではない。
改革者の顔だった。
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三日後。
王都貴族交流サロン。
若い貴族子女が集まる非公式の社交場。
そこに、異例の掲示が現れた。
【交流記録帳 設置のお知らせ】
ざわめきが広がる。
「本日の交流内容や予定を自由に記録してください」
説明したのはリシェリア本人だった。
「誤解防止と交流促進を目的としています」
令嬢たちが顔を見合わせる。
「つまり……誰と会ったか分かるの?」
「はい」
「隠し事できないのでは?」
リシェリアは優雅に微笑む。
「隠す必要がなければ、問題ありませんわ」
――反論不能。
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最初に書き込んだのはフィアナだった。
『リシェリア様とお茶しました。ケーキがおいしい』
「内容ゆるくない?」
「参加ハードルを下げる作戦です」
すると一人、また一人と記入し始める。
やがてそれは――
交流の可視化になった。
誰が誰と親しいのか。
何が起きているのか。
噂が入り込む余地が消えていく。
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離れた位置でアルヴィンが呟く。
「……恐ろしいな」
セシルが頷く。
「誤解そのものを成立させない仕組みですね」
「ああ」
彼は小さく笑った。
「彼女は争わない。盤面を書き換える」
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数日後。
王都で流れ始めた噂。
「最近、変な話聞かないわね」
「みんな普通に仲良しよね」
誤解イベント。
――発生条件、消滅。
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夕方。
公爵邸の庭園。
「ねえリシェ」
「はい?」
「私たちさ」
フィアナが笑う。
「物語の敵じゃなくて、運営側みたいになってない?」
リシェリアは少し考え――
紅茶を一口飲んだ。
「物語とは、本来」
穏やかな声。
「幸せになるためのものですもの」
その言葉に、フィアナは頷く。
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フラグ管理帳に新たな記録。
【No.04 誤解イベント】
状態:構造的消滅
備考:
『透明性は最強』
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こうしてまた一つ。
“起きるはずだった不幸”は、静かに消えた。




