第5話
アルヴェイン公爵邸の書斎には、異様な光景が広がっていた。
机いっぱいに広げられた紙。
積み上げられた本。
そして中央には、大きく書かれた一枚の表。
【未来改変計画・進行表】
「……改めて見ると、すごいですねこれ」
フィアナが引きつった笑みを浮かべた。
「戦略は視覚化が大切よ」
リシェリアは真剣な顔でペンを走らせている。
その隣ではアルヴィンが腕を組み、冷静に表を眺めていた。
三人による作戦会議。
正式開催である。
「では整理する」
アルヴィンが口を開いた。
「問題は“イベント”と呼ばれる未来の強制力だな?」
「はい。原作では避けても発生するやつです」
フィアナが頷く。
「選択肢無視しても起きる理不尽イベントですね」
「理不尽ね……」
リシェリアは遠い目をした。
悪役令嬢に優しくない仕様だった。
「なので」
彼女は紙を一枚掲げる。
そこには堂々と書かれていた。
【へし折るべきフラグ一覧】
アルヴィンが静かに読み上げる。
「……名称が物騒だな」
「分かりやすさ重視です」
フィアナが即答した。
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■第一フラグ:聖女との対立
「解決済みですね」
「友人だもの」
二人同時に頷く。
アルヴィンも小さく笑った。
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■第二フラグ:社交界での悪評
「これが地味に危険です」
フィアナが指摘する。
「噂が積み重なって断罪の空気作られるんですよね」
「つまり情報戦か」
アルヴィンが即座に理解する。
「ええ。先に印象を作るわ」
リシェリアはメモを書き込んだ。
【善行イベント増加】
「イベントって作れるんですか?」
「作るのよ」
断言だった。
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■第三フラグ:第二王子の介入
部屋の空気が少しだけ重くなる。
原作最大のトラブルメーカー。
「接触回避が最優先ですね」
フィアナが言う。
「同意する」
アルヴィンの声が低くなる。
「近づけない方法を考えよう」
リシェリアはチェックを入れた。
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■第四フラグ:誤解イベント
三人同時にため息。
「話せば終わる案件ですね」
「九割それよ」
「なぜ原作では誰も話さなかったのだろうな」
「物語だからです」
フィアナが真顔で答えた。
沈黙。
そして――。
三人同時に笑い出した。
「確かに」
「納得してしまうのが悔しいわ」
笑い声が書斎に広がる。
重苦しさはもうない。
未来は“脅威”ではなく、“攻略対象”になっていた。
リシェリアは最後の欄を書き込む。
【最終目標】
ペンが止まる。
少し考えてから、文字を綴った。
――全員幸福。
フィアナが目を細める。
「いいですね、それ」
アルヴィンも静かに頷いた。
「合理的だ」
「合理的なんですか?」
「誰も敵にならないのが最も安定する」
いかにも彼らしい答えだった。
リシェリアは満足げに表を見渡す。
完璧ではない。
けれど。
もう破滅へ進む未来ではない。
「では」
彼女はペンを置いた。
「未来改変計画、正式始動よ」
フィアナが拳を上げる。
「フラグ、全部折りましょう!」
アルヴィンは少し考え――。
「……ほどほどにな」
真面目な忠告だった。
だが次の瞬間、三人ともまた笑った。
こうして。
悪役令嬢と聖女と婚約者による。
史上もっとも平和的な“シナリオ破壊”が始まったのだった。




