第2話
王都へ向かう馬車の中で、リシェリアは窓の外を眺めていた。
春の日差しが石畳を照らし、人々が穏やかに行き交っている。
――この景色も、物語ではほんの背景に過ぎなかった。
けれど今日は違う。
これから向かう場所には、この世界の“主人公”がいる。
フィアナ・ルミエール。
未来の聖女。
そして、本来なら自分が敵対する少女。
「お嬢様、もうすぐ到着いたします」
「ええ、ありがとう」
孤児院の門が見えてきた。
質素だが丁寧に手入れされた建物。
原作で何度も語られた場所だ。
馬車を降りた瞬間、小さな子どもたちの笑い声が耳に届いた。
胸がわずかに温かくなる。
(ここで彼女は働いているはず……)
視線を巡らせた、そのとき。
「危ないっ!」
少女の声。
同時に、転びそうになった子どもを支える細い腕が視界に入った。
金色に近い柔らかな髪。
陽だまりのような笑顔。
間違えるはずがない。
――聖女。
フィアナ・ルミエールだった。
リシェリアの心臓が一度、大きく跳ねる。
原作では、この出会いはもっと後。
学園入学式の日のはずだ。
(イベントが前倒しになっている……?)
世界が動き始めている。
そう理解した瞬間。
少女がこちらを振り向いた。
そして。
目が合う。
数秒。
沈黙。
フィアナの表情が――固まった。
驚き。
理解。
確信。
そのすべてが一瞬で通り過ぎる。
「……え」
小さく漏れた声。
リシェリアも同じ感覚に襲われていた。
この反応。
この視線。
この、“分かってしまった”顔。
まさか。
「あなた……」
同時に口を開く。
「転生者?」
「転生者ですか?」
完全に重なった。
沈黙。
次の瞬間。
「やっぱりー!?」
「やはりそうなのね……!」
二人は思わず顔を見合わせた。
そして。
吹き出した。
「ちょ、待ってください、本当に!?
私、ずっと一人だと思ってて……!」
「私もよ。まさか同類がいるなんて」
笑いが止まらない。
ここが孤児院の庭だということも忘れ、二人はしばらく肩を震わせた。
ようやく落ち着いたフィアナが、小声で言う。
「……もしかして、悪役令嬢さん?」
「ええ。そしてあなたは聖女」
再び沈黙。
そして同時に。
「詰んでません?」
「詰んでいるわね」
また笑った。
けれど今度は、不安ではない。
奇妙な安心感だった。
未来を知る者が、もう一人いる。
それだけで世界は違って見える。
リシェリアは一歩近づく。
「提案があるの」
「はい?」
「敵になる予定らしいけれど」
手を差し出す。
「やめましょうか」
フィアナが目を瞬いた。
「代わりに?」
リシェリアは微笑む。
悪役令嬢ではなく、一人の少女として。
「友人にならない?」
数秒の静止。
次の瞬間、フィアナの顔がぱっと輝いた。
「ぜひ!」
強く握られる手。
その瞬間。
原作には存在しない選択肢が、世界に生まれた。
物語の中心人物と悪役令嬢。
本来なら交わらないはずの二人の関係は――。
この日、完全に書き換えられたのだった。




