第7.5話
夜の庭園は、昼とはまるで別の場所のようだった。
月光が白い石畳を淡く照らし、噴水の音だけが静かに響いている。
リシェリアは一人、東屋の手すりに手を置き、夜風を受けていた。
今日もまた一つ、未来を変えた。
誤解は生まれず、誰も傷つかず、物語は穏やかに進んでいる。
それは望んだ結果のはずなのに。
「……少し、怖いですわね」
無意識に言葉が漏れる。
ここまで順調すぎる。
本当に、運命は変わっているのか。
それとも――。
「探した」
背後から声がした。
振り返るまでもない。
「アルヴィン様」
彼は静かに歩み寄り、隣に並ぶ。
夜会用ではない簡素な装いなのに、不思議と場の空気が整う。
「冷えるぞ」
「少し考え事をしていただけです」
「未来のことか」
問いではなく、確認だった。
リシェリアは小さく笑う。
「隠せませんね」
「君は分かりやすい」
そう言いながら、彼は自然な動作で自分の上着を彼女の肩へ掛けた。
あまりにも迷いがなくて、リシェリアは一瞬言葉を失う。
「……ありがとうございます」
「礼はいらない」
短い言葉。
けれど声は柔らかい。
しばらく二人は黙ったまま庭を眺めた。
噴水の水音だけが時間を刻む。
「順調すぎて、不安なのか」
アルヴィンが言った。
図星だった。
「はい」
リシェリアは正直に頷く。
「原作では、もっと抗えない力があったはずなのです。なのに今は……簡単に未来が変わってしまう」
「簡単ではない」
即座に否定が返る。
「君が動いているから変わっている」
静かな断言。
「君が考え、選び、手を伸ばした結果だ」
リシェリアは目を伏せる。
「……もし、いつか失敗したら」
言葉が続かなかった。
失う未来を、彼女は知っている。
だから怖い。
そのとき。
そっと手が重ねられた。
アルヴィンの手だった。
驚いて顔を上げる。
「一人で背負うな」
低く、穏やかな声。
「未来を変えるのは君だ。だが――」
指先がわずかに力を込める。
「隣に立つのは、私の役目だ」
胸の奥が、静かに熱くなる。
守られているというより。
並んでいる、と感じる言葉だった。
「……ずるいですね」
「何がだ」
「そんなふうに言われたら、頼ってしまいます」
彼はわずかに笑った。
「最初からそのつもりだ」
月明かりの下。
二人の距離が自然に近づく。
「リシェリア」
名前を呼ばれる。
いつもより低く、静かな声音。
「君がどんな未来を選んでもいい」
真っ直ぐな視線。
「その全部を、私は肯定する」
心臓が強く鳴った。
前世でも、この世界でも。
こんなふうに言葉を向けられたことはなかった。
「……では」
少しだけ勇気を出して。
リシェリアは言う。
「隣にいてくださいませ。これからも」
「命令か?」
「お願いです」
一拍の沈黙。
そして彼は答えた。
「喜んで」
指先が絡む。
恋人未満だった距離が、静かに変わる。
遠くで夜鳥が鳴いた。
物語はまだ始まっていない。
けれど確かに。
二人の未来は、同じ方向へ進み始めていた。




