「キモい」6
「またこんなことをして! 今年で何回目!?」
軽自動車のハンドルを握る母さんの不機嫌さを含んだ声が、重たい空気に包まれた車内に響く。その語気の強さに押されて僕は咄嗟に答えられなかった。
佐野との「仲直り」の後、僕は母さんが運転する軽自動車の助手席に俯いて座っている。車窓はすっかり日が落ち、街灯の明かりと先を走る車のテールランプや対向車のライトの明かりが後ろに流れていくのを映し出していた。
運転している母さんは僕が起こしたトラブルで仕事を切り上げて学校に飛んできて、更に二人で静久先生や佐野に頭を下げる羽目になっている。少なくとも上機嫌とは対極の気分であることは間違いない。
また迷惑をかけてしまった、その事実が僕の心に重くのしかかる。どうしてもうまくできない。どうしても。そう考えると益々声がでなくなる。
「ちょっと! 聞いてるの!?」
「…ごめんなさい」
先ほどよりも更に強い母さんの言葉に体を跳ねさせた僕はようやくその一言をひねり出す。そしてまた涙が溢れ始めた。
「はぁ、全く…」
母さんはそれだけ言うと、不機嫌そうな顔のまま右手で頬杖を付く。一方の僕は涙が止まらなくなり、ぐずぐずと泣き始めた。また失敗した、ダメ人間だ。そんな言葉が頭の中一杯に広がる。
「うぇっ、ぐず…。うぇぇん…」
僕は嗚咽を上げる傍らで、母さんは不機嫌なまま帰宅ラッシュで混んでいる道をゆっくりと軽自動車を走らせた。
「何やったんだ?」
家に帰った後、僕はリビングの椅子に俯いて座っていた。目の前のテーブルには夕食が並んでいて、その反対側には眉を吊り上げた父さんが腕を組んで椅子に座っている。
何も喋る気が起こらない、答えられない、何も浮かばない。あるのは恐怖だけ。父さんの視線に晒されていると、頭が真っ白になるのだ。文字通り頭が働かない。
「黙ってちゃ分らん!」
俯いたままの僕に対して父さんが捲し立てるように声を荒げる。母さんもその場にいるが、僕の横の椅子に座って無表情のまま黙っている。
怖い、怖い、怖い。声が出ない、頭が動かない。それでも涙だけは溢れてくる。頬に涙が伝う感触を覚えながら、僕はどうるすこともできずに固まる。
「もういい! 飯が冷める」
かれこれ十分程だったところで、父さんがさじを投げるように言い放った。そしてそのまま食事に箸をつけ始める。
「…いだだぎまず」
僕は服の袖で乱暴に涙をぬぐうと、父さんの動きに合わせて箸を手に取った。味に文句を言ったり、残したりしたら、また父さんが怒る。これは今まで何度もあったことだ。静かに、感情を消して夕食を口に押し込む。食べきらないと、それでも怒られる。恐怖が手を突き動かす。
「お、そうだった…」
父さんはそう言うとテーブルに置いてあったリモコンを手に取って、テレビの方へ向けた。ちょうど父さんのお気に入りのバラエティ番組が始まったのか、華やかなオープニングのBGMが流れてくる。
一方の僕はそれらを無視するように手を動かす。テレビに見とれて怒られたことが何度もある。注意をひかれても見てはならない、と誘惑を恐怖で押さえつけて目の前だけにひたすら視線を落とす。
「わははは」
父さんがテレビに向かって笑顔を零す中、僕は無心でひたすら夕食を口の中に押し込んでいた。




