「キモい」5
「で、なんでこうなった」
教室で暴れた日の夕方、学校の会議室で僕と佐野の間に腕を組んで立っている静久先生が面倒くさいが書いてあるような表情で話しかけてきた。僕が座らされた椅子にもたれ掛かりながら、何も言わずに静久先生の奥で同じく座っている佐野を恐怖やら怒りやらが混じった目つきで見つめる。対する佐野も少し俯き気味ながら明らかに怒りをたぎらせた目つきで僕を睨みつけていた。
「黙ってちゃ分らんだろ。―恒理、なんでこんなもの振り回した?」
傍らの長机の上に乗っている僕の水筒を指さす静久先生の声に、僕は肩を跳ねさせる。怒られるのが、怖い。でも喋らないと…。
「恒理!」
「そ、それは佐野がいきなり首元を掴んできたから…。その…」
「で、殴りかかったと」
「はい…」
泣きそうな顔になっている僕がなんとか静久先生の方へ顔を向けて言葉を吐き出すと、それを聞いた静久先生は佐野の方へ顔を向ける。
「そうなのか…?」
片や佐野の方は先ほどとは打って変わって旗色の悪そうな顔を隠すように俯き視線を反らしている。
「はい、そうです」
蚊の鳴くような佐野の声に、僕の中で微かに希望が芽を出す。悪いのは僕じゃない、佐野だ。いきなり胸倉を掴んできたアイツが悪い! そんな希望に身を任せたせいか、「もう一つ」の可能性について考えることを忘れてしまっていた。それは…
「そうか…。―胸倉を掴んだ佐野が悪い。だが水筒で殴りかかった恒理も悪い」
静久先生の言葉に、僕は内心脱力した。嫌な予感がする。
「つまりどっちも悪いってことだ。お互い謝れ、それで終わりだ」
そうだ、この可能性があったんだ。喧嘩両成敗という形、全てうやむやにしてしまう簡単な方法。そりゃ水筒を振り回したのはまずかったかもしれないけど、先に手を出したのは佐野の方だ。僕は悪くない。
「ごめんなさい」
静久先生の言葉にすかさず佐野が謝罪の言葉を口にしたのが僕の耳に入ってくる。僕はそんな佐野に白けて脱力した表情を向けた。
「おい、恒理。佐野が謝ってるんだ、お前も謝れ」
「…僕は悪くないです。先に手を出されたから、ああなっただけで」
「何言ってるんだ?」
僕は白けた顔のまま、思ったことをそのまま口に出す。と、静久先生の声色まで面倒くさいという雰囲気を纏ったものに変わった。
「あのまま佐野に水筒が当たったらどうなってたと思う? ケガだけじゃすまなかったかもしれないぞ?」
「だ、だって…」
僕は静久先生の声色の変化を感じとり、相手の機嫌を損ねたと口ごもった。心の中で恐怖が怒りを圧倒する。
「だってじゃない! お前は取り返しのつかないことをしでかす一歩手前だったんだぞ!!」
僕の態度が気に入らないのか静久先生が声を張り上げ、その瞬間会議室の空気の緊張感が一気に跳ね上がる。そして僕は何かが折れる音と共に目頭が熱くなるのを感じとった。
「ごめんさなさいぃ…」
静久先生の一喝から数刻も立たぬうちに恐怖と罪悪感に屈した僕は俯いた。泣きべそをかいた僕の顔は佐野にとって大いに愉悦を提供したことだろう。その本人が歪んだ笑みを浮かべていたことを僕は知るすべもなかった。




