「キモい」1
鉄の饐えた臭い、床も壁も窓も天井も、机、椅子に至るまであちこち赤黒い。ここは僕の通ってる―、まぁいいか。もうどうでもいいし。僕は教卓に座ったまま顔についたヌメヌメした液体を拭う。この手の状況は大抵の人間は嘔吐するらしいが、僕は今朝初めて嗅いだ臭いだと言うのに、吐き気が一つもない。それは良いことだ、ここまでしておいて吐いてしまっては恰好が付かないだろう。
「ふー…」
僕はぼんやり教卓から教室の中を見渡す、所せましとクラスメイトだったものが転がっていた。三十人くらいはやったか、みんな悪人だしこうなるのは当然だよね。
「あー、キモい」
僕は天井を仰ぎながら、そう呟いた。
「はぁ、あんた気持ち悪…」
新学期が始まって早々、午前の休憩時間に僕の目の前にいる音川が明らかに不快そうに目を細める。突然の事に訳が分からず、僕はぽかんとしてしまった。なぜそんな言葉が出てくるのか、さっぱりわからない。が、唯一あるとすれば、僕が悪い事をしたという事だが謝ろうにもある思いが脳裏を過る。喋ったら怒られるんじゃないか、と。今までの経験上そうだ、小学校でもあの視線を向けられた。嫌悪感むき出しの目。何をしても良い方向に向かわない、と脅迫してくる目だ。
「最悪…」
制服越しにもはっきり分かる大きさの胸元へ視線を向けてしまっている僕へ、音川が不愉快そうに眉を吊り上げた丸みを帯びた輪郭の顔を向けたまま僕の横を通り過ぎる。僕は何もできないまま彼女を見送ったが、頭の中を恐怖が埋め尽くしていく。まただ、また嫌われてる。どうしてなのかわからない、何がダメなんだ? わからないわからないわからない。
そんな僕の背中を教室の後ろの方で音川ともう一人、やせ型の田澄がお互いの顔を近づけ、あからさまにひそひそ話を始める。
「何アイツ、人の事じろじろ見て。気持ち悪い」
「ほんとほんと。ねぇ、休み時間にあいつ一輪車に乗ろうとしてたのよ、男なのに」
「マジ? 気持ち悪いわ」
「ねぇ~、気持ち悪い」
田澄が音川に話していたのは、僕が休み時間に一輪車に乗ろうとしていたことだ。恐らくわざと、聞こえるように話している。基本的に一輪車は女子が乗る乗り物という認識が強かったけど、僕は何を思ったかそれに乗ろうとした。もちろん既に誰か使っている一輪車を無理やり奪ったわけでもないし、鉄棒に捕まって乗ろうとしたもののうまく行かずにすぐにやめてしまった。どうやらそれを田澄が見ていたらしい。そうしていると二人の声量はだんだん大きくなり、笑い声もも混じってきた。
こうやってずっと悪口言われ続けるのか。でも怒って教室の輪を乱すわけにもいかないし…。
僕は背中越しに笑い声交じりの悪口を言われ続けながら縮こまるしかなかった。




