第6.5話~買物と新人~
ポーン、と音が鳴り
エレベーターが到着した。
「お、来たかな」
昨日の夜に、聡に料理の材料を買いに行きたいと伝えたら
「毎回作ってくれなくても大丈夫だよ、大変だろうし、しばらくは出前を取ろう」
と言われたのだが――
「さとるは私の手料理、食べたくないの?」
と、彼の喜びそうな言葉をあえて選んで、伝えてみたら
「アカリが……僕の事を、想ってくれるなんて……」
彼はその場で胸を押さえて膝から崩れ落ちた……
まぁ、本音を言うと材料の買い足しなんてただの建前で、普通に外に出たかっただけである。
そんでもって日が代わり、今は朝9時。
迎えを出すと言われ、私はエレベーター前で待っていた。
そしてエレベーターのドアが開くとそこには――
「お待たせしました、アカリ様」
私と同年代ぐらいのスーツを着た爽やかな青年がいた――
ロビーの前には既にハイヤーが止まっており、手を引かれながら、車の中へ案内される。
(軽い気持ちで買い物に行きたかったのに……)
大事になってしまった感じがして、申し訳なくなった。
「お足元、ご注意ください」
「あ、すみません……」
(なんか、知らない人と一緒だと緊張するなぁ)
座席に座り、車が静かに動き出す。
(うーん……なんか気まずい……)
車の防音性能が高すぎるせいで、走っているのに車内が静かすぎてお腹が痛くなりそう。
「アカリ様、お体の調子はどうですか?」
私の隣に座った彼から心配されてしまった。
「あ……えっと、だいじょうぶ、です」
言葉に詰まりながらも話す。
(なにやってんだ私、もっと話を広げろっ!)
そう思って、頭をフル回転させたが、どうでもいい天気の話題を切り出すぐらいしか思いつかなかった。
ここで「今日、暖かいですね~」なんて言ってみろ、相手も困るぞ。
仕事モードなら色々と話題も出るのだけれど、プライベートでこういうのは慣れていないので
言葉が思い付かず黙り込んでしまう。
かなしきかな、陰キャの定め。
などと思い巡らせていると、自然とため息がでてしまった。
「申し訳ありません、知らない男と一緒なのはストレスですよね……」
「あっ!いえ、そういうのでは……」
しまった、ばかやろうっ!相手に気を遣わせてしまったじゃないか!
「社長から、今日はお目付け役兼、荷物持ちとして頼まれましたので、なんなりとご用命ください」
「あ、はい……」
……聡め、人を使ってまで私を一人にさせたくないのか。
「あれ、社長って、もしかしてあなた、聡の会社の人なんですか?」
「はい、神原社長の下で働かせていただいております。」
うーん、堅い、堅すぎる。
「たぶん、同年代ぐらいだと思うし、仕事じゃないんだからもうちょっと緩くしようよ」
「いえ!社長のご夫人にそんなことは……」
「まって、私、結婚してないから。」
私は頭を抱えながら否定した。
「あ、そうだったのですね、とても大切な人とおっしゃられていたので。」
「そもそも、付き合ってすらいないからね……」
「えぇっ!?同棲されてるのにですか?」
「同棲……まぁ確かにそうだね……」
言われてみれば、今まで友達の家に住む感覚だったけど、男女で一緒に過ごしてるんだから同棲か。
「そうなると……社長の愛人、ということですか……」
「……。」
「ごめん、付き合ってます。ちゃんと。」
愛人という響きが嫌だったので、否定しようとしたら付き合ってることになってしまった。
ごめん、聡。勝手に関係値が進んだ。
と思ったが、彼の脳内では既に結婚してることになってるっぽいし、いいか。
「そうですよね!社長は女性にすごくモテるのに、全くそういう噂がなかったので」
「正直、今日はどんな人が社長の心を射止めたのかと、楽しみにしてました!」
「聡、やっぱりモテるんだ?」
と聞きつつもそうだろうなぁとは思った。
パーフェクトヒューマンだからね、彼。
「それはもちろん!社内じゃ誰が先に社長夫人の座を取るのか、噂になってましたからね」
(なるほど、勝手にその席に私が座ったのか……)
聡の会社に行ったら、女性社員全員を敵に回しそうだな。
「そういえば、あなた、いくつ?大分若く見えるけど」
「24ですね、今年で2年目です」
「ありゃ、私と同じか。」
正確にはまだ23なのだけれど。
「えぇっ!?すごい若く見えるのに……ハタチくらいだと思ってました。」
「いいね、君は出世できるぞ」
社会経験の差だろうか、同い歳なのに彼の事を年下に思えて、可愛く感じてきた。
「折角同年代なんだから、もうちょっとフランクにいこうよ。」
「わかりました、アカリ様がそう言うのであれば」
まだ堅いが、まぁ最初よりはマシだろう。
しばらくして、以前服を買いに来たモールに到着した。
大きなスーパーで目的の材料を買いに行く。
「うーん……包丁使えないから料理の幅が狭まるんだよなぁ」
生鮮食品の前で腕を組みながら悩み、つぶやく。
ちなみに荷物持ちの彼、鈴木くんは私の隣でカートを押している。
スーツ姿で押しているので、周りから見たらなかなかシュールな光景だ。
申し訳ない、私が外出したいと言ったばかりに、彼を恥ずかしい目に合わせてしまった。
「ごめんね、仕事あるのに、こんなことに付き合わせちゃって」
「いえ!これも仕事ですので!」
聡にどう言われたか知らないけど、社長命令で手伝えって言われてるんだから、彼にしたらいい迷惑である。
(のんびり買い物したかったけど、早めに終わらせるかぁ)
そう思いながら適当に食材を買っていく。
「鈴木くんは料理とかするの?」
「いえ、自分はそういうのだめなので、大体コンビニですね」
「あら、ちゃんと食べた方がいいよ」
と言いつつも、私は食べなくて倒れたんだが。
まぁ、だからこそ他の人には同じ経験をしてほしくない。
「たまに、僕のパートナーが作ってくれますよ」
「へぇ、いい彼女さんだね」
「あ、僕のパートナーは男ですね」
「……うぇ?」
(あまりのカミングアウトに頭が一瞬フリーズした)
「社内ではさすがに恥ずかしいので公言してないんですけど、社長には伝えてあるので」
鈴木くんは照れた顔をしながら頭を掻いてる。
「そうしたら、今回アカリさんの買い物を手伝ってやって欲しいと、頼まれました。」
「なるほどねぇ」
合点がいった。
正直、同年代爽やかイケメン子犬系男子の鈴木くんを、"あの聡"が私のお目付け役にしたのに疑問があったのだ。
ぶっちゃけ、聡と並んでいるより彼と並んでいる方が、周りからは自然なカップルに見えるだろう。
そもそも、私をそう言う目で見ないから安心ってことね。
「まぁ肩身狭い世の中だと思うけど、私は応援してるよ、頑張れ!すずきくんっ!」
そう言って彼の肩を優しく叩いた。
「ありがとうございます!やっぱり、アカリさんは優しい方ですね」
「こういう話をすると、結構、気持ち悪がられるので……」
「だよねぇ……」
全員がそう、だとは思わないが、少なくともマイノリティの肩身の狭さはよくわかっている。
私も、男性業界の中で働いていたせいで、よくそういう扱いを受けていた。
だからこそ、鈴木くんの辛さも何となく分かる……
「公には言えないだろうけど、好きっていう気持ちは大切にしようね」
「はいっ!ありがとうございますっ!」
ビシッ!っと綺麗なお辞儀をされた。
私はそれを見て、くすっと笑って彼の肩を叩いて、買い物を続けた。
買ってきた食材を茹で始めると、食欲をそそる匂いがキッチンに広がっていく。
鼻歌交じりに料理をしていると、リビングのドアが開いた。
「おや、今日は中々おしゃれだね」
「あぁ、おかえり、まだ作ってる最中だから、先にお風呂入ってきなよ」
ちなみに、今日のメニューはあさりのパスタとシンプルなシーザーサラダだ。
「いや、ここで待ってるよ、君の料理を温かいうちに食べたいからね」
そう言いながら、彼はスーツの上着を脱いで席に着いた。
「鈴木くんと話盛り上がっちゃってさぁ、帰り遅くなっちゃった」
「あぁ、彼、いい子だっただろ?」
「うん、素直でかわいかったよ」
「君と話が合うだろうと思ってね、技術的にはまだ拙いが素直で真面目だ、社員としては模範的で助かってるよ」
「おぉ、社長らしい評価だ」
そう言いながら、出来上がった料理をテーブルの上に運ぶ。
「うん……いい匂いだし、とても美味しそうだ、やっぱり君はいいお嫁さんだね」
「あぁ……そういえば鈴木くんに、奥さんだって誤解されたよ」
私はそう言いながら席について、パスタを食べ始める。
「あんまり既成事実を作ろうとしないで欲しいな」
「大丈夫、式はちゃんと挙げるから」
彼は私がパスタを食べる姿をニコニコと笑って眺めながら、しれっと言う。
「そうじゃないんだって……」
だめだこの人、話が通じない。
「はぁ……もう、早く食べなよ、冷めちゃうよ」
呆れながらも、私は、そういう事を言われるのが不思議と嫌ではなかった――




