第6話~探索と思い出~
「それじゃ、行ってくるね」
ビシッとしたスーツを着て、聡はエレベーターへと向かう。
今日は平日。
前日まで、彼は私の為に休暇を取っていてくれたらしいけど
さすがに会社に行くことにしたらしい。
「うん、気を付けてね、いってらっしゃい」
私がそう言うと、聡はエレベーターを開けたまま立ち止まっている。
「どうしたの?」
「いや、いってらっしゃいのキスが無いと思って」
「早く行けっ!」
そう言って、彼のお尻を蹴飛ばし、エレベーターの中に押し込んだ。
「まったく、もう……」
フロアの窓から、聡の乗った車が走っていくのを見届ける。
(スーツ姿の時は、すごくかっこいいんだよねぇ)
そう思い、私はリビングのソファに沈み込んだ。
「ひまだなぁ……」
「少なくとも、数カ月は療養するようにね」
「その間、君のスマホは没収、仕事を連想させる物は全て預かったから」
「あと、不要不急の外出も禁止、どうしても外出する時は僕に連絡をしてから行く事」
と、聡に言われた事を思い出す。
「平日の日中からゲームするのは、なんか罪悪感あるし……」
やることがないので、ウロウロとリビングを歩き回る。
ふと、窓の外を見ると、スーツ姿の人が歩いている。
「みんな、仕事の時間だもんね」
羨ましい、とは思わないが、劣等感を感じた。
(私、こんなことしてていいのかな……)
いきなり聡に連れてこられ、一緒に住むことになってるけど
正直、なんであそこまで、聡が好意を寄せてくれてるのかが分からない。
「5年前にネトゲで出会ってボイチャはしてたけど、リアルで会うのは私が病院に運ばれた時が初めてなんだよねぇ」
聡は、正直イケメンだ。
メガネをかけ、知的で爽やかな顔。
細身で引き締まった体で身長も高い。
多分170㎝半ばぐらい。
高学歴、社長、金持ちとステータスが強すぎる。
ガチャのラインナップなら、間違いなくSSRを通り越してURだ。
少なくとも、女性に困ることはないはず。
高卒、低所得、低身長の私とは比べ物にならない。
(考えれば考えるほど、落ち込んでく……)
胸がズキズキと痛み、苦しくなる。
(だめだ、よくない!)
頭を振って、考えていた事を止めようとした。
「よし!ココアでも飲んで落ち着こう!」
無理やりやる事を見つけ、考えないようにする。
「牛乳はたっぷりめがおいしいからね。」
出来上がったココアに、牛乳を入れて甘くする。
「ふぅっ」
時計を見ると、まだ聡が出かけてから1時間も経っていなかった。
「一日って、こんなに長かったんだ。」
ほうっ、とソファに座りながら再び一息つく……
「……ひまだぁぁっ!」
足をバタバタとさせ、勢いよくココアを飲み
「あついっ!?」
軽く舌を火傷しながら、マグカップを机にカンッ!と置く。
「よしっ!やることもないし!このフロアの探索でもするか!」
過保護な聡のせいで、ゲームと本と漫画以外、娯楽らしい娯楽は与えられていない。
キッチンの刃物が閉まってある棚には、鍵を付けるほどの徹底っぷりである。
「暇に!ころされるっ!」
「というわけで、聡の部屋を見に行ってみよう」
「あの人の弱みを探して、今度仕返ししてやろうっと♪」
やる事を思いつくと、気力が湧いてきた。
聡の自室を開ける
「ドアに鍵ぐらいかかってるかと思ったけど、案外そういうのは気にしないのかな」
「失礼しまーす」
誰もいないのに、何故か他人の部屋に入ると思うと緊張して、何となくそう言ってしまった。
イメージ通りというかなんというか、殺風景な部屋だった。
余計な物はなく、ベッドと机と本棚がある程度。
「男の人の部屋に入ったの、久しぶりだな」
男の人の部屋特有の匂いがして、少し胸がドキドキする。
「とりあえずベッド下と棚をチェックしてみよっと」
手をわきわきとさせながら、近づく。
いけないことをしている、とは思ったけど
宝さがしをしているようで、正直楽しい。
「っち、ベッドの下にはないか」
「聡ってえっちな本読むのかなぁ」
(そうだとしたら、好みが気になる)
「本棚はどうだろ、ってか捜索する対象が少なすぎる…」
(まぁ他にも部屋はあるし、しばらく時間はつぶせそうかな)
そんな事を思いながら、本棚を見る。
ビジネス関係の書籍が沢山並んでおり、付箋が所々に張ってある。
「ふーん、勉強家なんだねぇ」
本棚を見ていると、一番下の段に、分厚いアルバムを見つけた。
「……元カノとか、いたのかな」
――写真があったら、少し、悲しい。
アルバムをめくっていると、中にはゲームのスクショを写真として保管されていた。
几帳面な聡らしく、それぞれの写真に日付と一緒にメモが書いてある。
8月2日「アカリと初めてボイチャを繋いだ、声がとても可愛らしい」
11月25日「アカリの誕生日、10万円のギフトカードを渡そうとしたら怒られた」
12月24日「アカリと徹夜でレイドした、この日に一緒に居られて凄くうれしい」
2月5日「アカリの声が少し元気なかった、仕事で悩んでいるみたいだ」
4月1日「ギルドの集合写真、アカリだけ輝いて見える」
メモの内容が、聡の声で脳内再生される。
「もうっ!本人居ないのになんでドキドキしなきゃいけないのっ!?」
顔が熱くなり、バタンっ!とアルバムを閉じて元の場所に戻す。
「はぁ、当時から、想っていてくれたのかな」
(やっぱり、好かれる理由がわかんない……)
アルバムを戻す際、一枚の写真が滑り落ちて来た。
「あれ?聡もこのゲームやってたんだ」
今から10年以上前のかなり古いゲームで、グラフィックも粗い。
私が初めて触ったMMORPGで、写真には聡と思わしきキャラと一人の女の子が並んで座っていた。
「当時のキャラどんなだったっけ……」
思い出そうとした瞬間に、頭がズキっと痛む。
――はなしてっ!
――おとなしくしろ……
――いたいっ!やめ……
「っ痛……」
写真を見ていると頭痛が激しくなり、これ以上見たくなくて、アルバムの中に戻した。
その後、机も探した結果、弱みに繋がるような物は見つからず。
「結局、思い出を大事にするタイプ、ていうことが分かっただけ、か」
(粗探ししようとしたのに、いい所だけが見つかってくやしい……)
「はぁ……他の部屋いこっと」
――結局、聡が帰ってくるまで、弱みを見つけることはできなかった。
エレベーターが動き、私の目の前で止まる。
「ただいま、アカリ」
「おかえり、ご飯できてるよ、包丁使えないから簡単な物だけど」
聡はそのまま何も言わず、腕を広げ私に抱き着いてきた
「はっ!えっ?なにっ!?」
力強く抱き締められ、胸の奥がきゅっと締めつけられる。
「あぁ……君に会えない時間がつらすぎて、どうにかなってしまいそうだった」
「はぁ……」
(私も、)
と一瞬浮かんだ言葉が出そうになり慌てて口を塞ぐ。
(何を考えてるんだっ私は!?)
彼は力いっぱい私を抱き締めた後、肩を掴んだまま私の顔を覗く
「……なに?」
「いや、おかえりのキスが欲しいなって」
「~~~っ!?」
何も言えず、口がわなわなと震え、顔が真っ赤になった。
「ふふっまだ早いみたいだね、でも、してくれるまで諦めないから。」
「……考えとく」
聡は満足そうに笑って、私の額に軽く口づけた。
「なっ!?」
「今はこれで我慢してあげる」
そう言って聡はリビングの方へ向かっていった
「……もうっ!」
聡の後を追いかけると
「そうだ、僕が仕事の時はカメラとマイクを部屋に設置して、そこでアカリの様子を……」
と、つぶやき始めたので
「ぜったいにやめてね?」
ツッコみを入れといた。
……冗談じゃなくて本当にやりそうだからこわい。
夕食を食べながら、聡にお願いしたいことがあって口を開いた。
「ねぇ、さとる――」
「だめだよ」
「はいっ!?」
(まだ何も言ってないんですけどっ!?)
聡は味噌汁をすすりながら、視線だけをこちらに寄せた。
「働きたい、だろう?」
「っ!」
言葉に、詰まる。
「長い付き合いだ、君の言いたいことはなんとなく分かる。」
彼は私の目を見つめながら、真剣に話し始めた。
「先生が言ってただろう?心も体も限界だったんだ」
「少なくとも1年は仕事をしちゃだめだ、その間は僕が守る」
「いちねんっ!?」
そう言われ、私は机を叩き、立ち上がった。
「そうだ、君が思っている以上に、君の体はボロボロだ、もっと自分を大切にしなきゃ」
(彼の言っている事は、合ってる。けど……)
席に座りながら、言葉を振り絞る
「……今日、外を歩くサラリーマンを見たの」
「こんな、何もしない、生活してたら、私は私を嫌いになっちゃうよ……」
私がそう言うと、聡は腕を組みながら背もたれに体重を預け、悩み始めた。
「……はぁ、わかった、確かに君の性格を考えたら、ここで何もしない方がストレスだね」
「じゃあ!」
「ただし、条件がある」
「僕の指示には絶対に従う事」
「……うん、わかった」
「いい子だ、仕事は僕の方で考えとくから、決まったら知らせるね」
「うんっ!」
劣等感をまぎらわせたくて、言ってみただけだけど、彼に伝えてよかった。
――でも、私は、自分の体が思った以上に壊れていたことを、まだ知らなかった。




