第3話~同棲と安心~
「すごいね、ここ」
スレイ、こと 神原聡の家は大きなマンションの一室だった。
いや、一室というと語弊がある。ワンフロアすべてだ。
しかも、私が見た事もないような高級マンションである。
――聡がIT企業の社長なのは聞いていたけど、どれだけお金持ってるんだ…
「君が望むなら、このマンションを買いきってもいいけどね」
「いや、いいです。」
きっぱり断り、聡が住むフロアに着く。
「すごい…ここ全部、聡の家なの?」
「そうだよ。全部使ってるわけじゃないけどね」
見渡す限りドア、ドア、ドア。
部屋がたくさんある。
廊下には高級そうな絨毯が敷かれており、歩くと足が沈んでいく。
(すごいふわふわだ……)
天井は高く、窓の外は街が小さく見え、物音が一切しない。
騒音が響く狭苦しい空間で住んでいた私とは、別世界だった。
(私の住んでた団地1LDKとは大違いだな)
私がきょろきょろと周りを見渡していると
「生活用の部屋はこっち、おいで」
そう言って彼は、私の腕を掴み
引き寄せ
肩を組み
そのまま移動する。
(近いっ!体がっ!当たってる!)
仕事以外の男性に対する免疫がなさ過ぎて、心臓がドキドキしすぎて破裂しそうだった。
「ひとりで歩けるよっ!」
「だめだよ、すぐ逃げるじゃないか」
彼はそう言って、私をガッチリホールドしたまま、部屋へと向かった。
「さぁ、ここが君の部屋だよ、好きに使っていいからね」
案内された室内は、私が住んでいたワンルームの倍以上の広さがあった。
「家具とかは、使い慣れた物の方がいいと思って、そのまま持ってきたけど」
「買い替えたかったら、言ってくれればすぐに変えるからね」
綺麗な部屋に対して、安物な私の家具がやけに浮いて見えて恥ずかしくなった。
「そうだ、寝室はこっちだから」
そう言われ、聡についていくと
大きなダブルベッドがあった。
「ねぇ、勘違いだったら別にいいんだけど、これ、一人で寝る用?」
「いや?僕と君二人のベッドだよ」
……悪気なく言われ、頭を抱える
「あのさ、私達、ゲームでの付き合いは長いけど、実際に会ったのはほんの数週間前だよ?」
「それが?」
「まず!一緒に寝るのはまだ速い!」
「そう?」
「そうだよっ!?」
驚きながら言うと、聡は私の手を取って
「でも、君と離れると不安で、僕は眠れないかもしれない。」
「はぁっ!?」
「君は僕がきらい?」
「うっ、いや、そんな、ことは……」
(ないけど……)
言葉に詰まりながら、聡から目を逸らす
しかし、聡に顎をそっと掴まれて、視線を合わさせられる。
「嫌いじゃないなら、問題はないよね?」
聡は笑いながらも、目は真剣だった。
「大丈夫、君が本当に嫌がることはしない。」
「でも、離さないから。」
そういって、抱き締められた。
「うっ……もうっ。」
私は何か言い返してやろうと思ったが
何も思い浮かばず、されるがままになっていた。
しばらく私を抱き締めてると、満足したのか聡は離してくれた。
「まぁ、君の言う通り、もう少しお互いを知ってから一緒に寝ようか」
そう言われ、私はほっとする。
「少しでも寂しいと思ったら、僕の所に来てくれていいからね?」
「行きません。」
私がきっぱりと断ると、
「ははっ、元の君に戻ったみたいでよかった、僕はそう言うところが好きだよ」
「う゛っ」
よくもまぁ恥ずかしい言葉を普通に言えるなぁ、思わずキュンとして変な声が出た。
「こっちに来てくれ、見せたいものがあるんだ」
聡に付いて行くと、そこには最新鋭のデスクトップPCが用意されてた。
「おわぁ!最新モデルだぁ!」
私の給料2か月分ぐらいのPCが目の前に置いてある。
「喜んでくれたみたいでよかった、僕からのプレゼントだから好きに使ってくれ」
「いいのっ!?」
「もちろんさ」
そう言われ、私はPCの電源を入れて動作を確認する。
「起動はやっ!すごい!私がプレイするゲームほとんど入ってる!」
子供のようにはしゃぐ私に、聡は後ろから抱きつき
「君の事はなんでも知ってるからね。」
と耳元で囁く。
「もうっ!いちいち抱きつかないでよっ!」
と言って、彼から逃げる。
「ごめんごめん、君と一緒に居られるのがうれしくて、つい、ね」
と悪気の無い顔で言ってくる。
「まったく……」
私は呆れながら、再度PCをいじりはじめた。
――その後、一緒にゲームをして、時を過ごし、
夕飯時になり、色々とお世話になったので、せめてものお返しに、私が料理を振舞うことになった。
「あぁ、彼女が作ってくれる初めての料理……幸せだ」
テーブルに座りながら、恍惚の表情を浮かべて何かつぶやいてる。
「期待されるほど、私、料理上手くないからね。」
「大丈夫、君が作った物なら、例え炭だろうと、美味しいに決まっている」
「そこまで下手じゃないからっ!」
聡の好みが分からなかったので、無難なメニューにした。
味噌汁に、ハンバーグ、肉じゃが。
THE男子が喜びそうな物を、とりあえず作って並べてみた。
実家に住んでいた頃は母親と一緒に作っていたので、これぐらいの料理なら作れる。
――聡はなぜか、料理を並べても食べずに眺めている。
「どうしたの?早く食べないと冷めちゃうよ?」
私が先に食べ始めながら言うと、聡はすごく悩むように唸りだし、
「いや、君の初めての手料理を、永遠に保存する方法は無いかと思って。」
「はぁ……また作ってあげるから、さっさと食べなさい。」
「君はいいお嫁さんだな」
「まだ嫁じゃないんだが」
「まだ、ってことはいつかなってくれるんだね?」
私は味噌汁をすすりながら、しまった、と思い。
「……検討しときます。」
顔を赤くしながら、そう返すので精一杯だった。
食事を終えて、再び一緒にゲームをして暇をつぶした後
それぞれの寝室に行き、私は一人、布団に潜り込んだ。
(今日は色々あったなぁ)
聡の強引さには困ったけど、正直、嫌ではなかった。
(ずっと、一人で仕事してたから、誰かに必要とされてると思うと、安心する。)
私はそう思うと、少しだけ胸が暖かくなり、その心地よさを抱きながら眠りについた。
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あれ?ここは……
見覚えのある部屋
ここは、そうだ、私の職場だ。
社長の聞きなれた怒声がオフィスに広がる。
怒られた上司が、ズカズカと歩いて来て
私を叩いて、やつあたりしてくる。
おまえのせいだ、おまえが、おまえが……
(あぁ、そっか、そうだよね……)
ここが、わたしの居場所だ。
勘違いしていた、聡と一緒に居て、少しでも幸せを感じてしまった。
そう思い、私は上司にいつも通り頭を下げようとした――――
「――リ!アカリッ!」
体を揺さぶられ、ハッ!と目を覚ます。
「よかった……うなされてたから、心配だったんだ。」
目の前には、聡の心配そうな顔
――夢、だったんだ。
そう思い、安堵した瞬間、涙が溢れた。
「アカリッ!?」
聡は慌てて、私を抱き寄せ背中をさすってくれる。
「……ごめん」
何に対してなのかわからないけど、なんとなく、謝罪の言葉が漏れた。
「いいんだ、ここには君を傷つける人はいない。」
「大丈夫、大丈夫だから……ね?」
「……うん……」
私はそのまま、聡の胸の中に、身を預けた。
しばらくすると、気持ちが落ち着き
「夜中に、ごめんね、もう大丈夫だから」
と言って聡から離れる。
「本当に大丈夫?」
「うん、いや……」
私は彼のシャツを、遠慮がちに掴んだ。
「……今日だけ、一緒に寝てもらっても、いいかな?」
目を伏せながらそう言うと
彼は私の頭を抱き寄せて、布団に潜り込んだ。
「今日だけ?」
布団の中で、彼が小さく笑う。
「一生でもいいけど?」
私は顔が熱くなるのを感じ
「……ばかっ」
と小声で言い返し、彼の腕の中で、眠りについた。
その日は、久しぶりに、よく眠れ、少しだけ、目覚めるのが楽しみになった――――




