第2話~失望と救済~
「どうしてですかっ!」
深夜のオフィスで、私はバンッ!と上司の机を勢いよく叩いた。
上司はため息を吐き
「言っただろ?君の後輩が飛んだから、予定していた休みを変えてくれ」
「そんな……」
最後に休みを取ったのは、いつだったか覚えていないが
ここ数カ月の平均労働時間が、400を超えていた私の体は限界だった。
予定であれば明後日から、1週間有給を取る予定だったが……
新入社員の後輩が一昨日から連絡が取れなくなり
今朝、会社を辞める、との連絡が来たらしい。
(久しぶりに、みんなと会えると思ったのにな……)
ここ数カ月、忙しすぎて自宅のPCをつけることが出来ず
仕事以外で人に会う気力もなかったため
息抜きすらしていない。
たまに"スレイ"とメールのやり取りをするぐらいはあったが
心配をかけたくなかった為、ぶっきらぼうな返事ばかりしていた。
"休めない"という現実に直面し、私は立ち眩みがした。
「おい?聞いているのか?」
(聞いてるよ)
「後輩の教育に失敗したおまえの責任だ、尻ぬぐいはしっかりやれよ」
上司は私の肩を叩き
「まぁ、そう言う事だからあとは頼む、私は予定があるのでな」
そう言い残し、上司はさっさと上着を羽織り出ていく。
(あんたは家に帰るだけだろ)
心の中で悪態をつきながらも、
組織の人間として逆らうわけにもいかず
私は深夜の会社で一人残され、自分のデスクに座り深くため息を吐いた。
(もう、つかれたな)
ここ最近、ストレスが溜まっているせいか
眠れない日々が続き、慢性的な寝不足に陥っている。
体は動きたくない、と言っているのを
栄養ドリンクを飲み、無理やり動かしていた。
電話が鳴る
(電話か…取らないと…)
しかし、手は動かず、しばらくすると、鳴り止んだ。
「あれ……?」
なぜか、涙が溢れてくる。
視界が徐々にぼやけはじめ、急いで拭う。
「まだ仕事中なのにな……」
――時計は22:00を指していた。
誰も居ない静かなオフィスで
私は声を押し殺して
泣いていた。
――その後の事は覚えていない
――気が付いたら、自宅のPCの前に座っていた
――夜遅くだったけど、彼の声を 最後に聞きたくて 通話をした。
「ぐすっ…う゛あぁぁぁ……」
泣きながら、通話をしていたのを覚えている。
深夜にもかかわらず、彼は何も言わずに話を聞いてくれた。
「今行くから待っててくれ。」
「絶対に、部屋から出るんじゃないぞ。」
そう言って、通話が切れた気がした。
――散らかった部屋。
溜まった洗濯物と、洗われず放置された食器。
冷蔵庫には、栄養ドリンクだけが入っていた。
(もう、むりだ……)
私は椅子から立ち上がり、キッチンの方をみた。
(いたいのは、いやだな)
もう、どうでもいい
ふらつきながら、救いを求めるように、どこかへと歩いた。
――その後の事はよく、覚えてない。
――気が付いたら、病室だった。
「まったく、待ってろっていったのに……」
彼はそう言いながらも、私の手を離さない。
「診察をしてもらった結果、過労に加え、栄養失調でもあるらしい。」
そう言うと彼は、私を抱き締めた。
「しばらく、入院して安静にするんだ」
「今は何も考えなくていい。」
耳元でそう囁かれ、顔が熱くなる。
「わ……わかったから、離れて!」
個室で周りに誰も居ないとはいえ、恥ずかしくなり彼を突き飛ばした。
しかし腕を掴まれてしまい、そのままぐいっと引き寄せられ彼の胸の中に抱かれる。。
「もう、離さないからね」
(え、えぇぇ……!?)
私が顔を真っ赤にして困惑していると
「すみません、そろそろお時間ですので……」
病室の入り口で、看護師さんが申し訳なさそうに伝えて来た。
「っと、もうそんなに経ってたのか。」
スレイはそう言うと腕時計を確認し、
「また来るね、君の寝顔、可愛かったよ」
最後に余計な言葉を言って去っていく。
(なんなのあの人……)
と思ったが
「もしかして、ずっといてくれたのかな……?」
(そうだとしたら、ちょっと冷たくしちゃったかな)
(いや!いくら友達とは言えやりすぎでしょ!)
私は心の中で自問自答し、布団に潜り込んだ。
その後2週間が経ち、私は退院した。
その間、彼は毎日のように面会に現れ、その度に私の手を握り
「君が生きていてくれてよかった。」
だの
「今日も一段とかわいいね。」
だの
「退院したら、デートに行こうか」
……私はいつ付き合ったんだ?
とまぁこんな感じでひたすら私を褒めてくれる。
いや、悪い気はしないんだけど、社畜の身としては褒め慣れてないから
むずがゆいというかなんというか……
ちなみに精神衛生上よろしくないとのことで、"スマホ"はスレイに取り上げられた。
一応、親や友達には過労で入院した、という事は伝えてある。
スマホがないせいで、最初の数日は仕事が気になったけど、そのうちどうでもよくなった。
そして迎えた退院の日、私は着替え等の荷物をもってロビーで待っていると
黒塗りのハイヤー?が現れ、運転手が降りてきてドアを開けてくれた。
「お待たせ致しました、奥様」
奥、様……?
「やっ、アカリ」
開いたドアの中からスレイが声をかけて私の手を引く
なにがなんだかよくわからず、頭が混乱しながらも座席に着いた。
「あ、あのこれはどういう……」
「君の会社は僕の方で、辞めさせといたから」
「はいっ!?」
「ついでに、君の体が心配だから、君の家の荷物は、既に引っ越してある」
「どこにっ!?」
「僕の家さ」
「なんでっ!?」
「決まってるだろ?」
「一緒に住むからだよ」
そう言うと、スレイは私の腕を引き、抱き寄せた。
「もう、倒れるところなんて見たくないからね。」
「これからは僕が君を管理する」
「やっ!はなしてよっ!」
私は顔を赤くしながら、スレイを押し返した。
「おっと……慌ててる君も、かわいいね」
「はぁっ!?」
なんなのこの人……
顔がさらに熱くなった――
「そろそろ出発致しますので、ベルト着用の方、お願いいたします。」
「残念、君を抱えながら移動したかったんだけどね。」
「子供じゃないんだけど。」
「そうだね、魅力的な女性だ。」
「う゛っ」
男性からのアプローチに慣れてないせいか、褒められるだけで胸がキュンとする。
……私ってもしかしてちょろいのか?
「はぁ……もう、好きにして。」
「好きにしていいのかい?」
「あ、だめです。」
そう言いつつも、私はこのやり取りが懐かしくて、少しだけ心が温かくなった。




