第9話~才能と代償~
前から感じていた違和感を、今日こそ確かめるつもりだった。
ポーンとエレベーターの音がなり、僕が住んでいるフロアに着く。
迷わずアカリの仕事部屋に向かい、ドアを開ける。
彼女はPCの画面を食らいつくように見つめている。
マウスは迷いなく素早く動き続け、左手はキーボードの上を縦横無尽に飛び交っていた。
「アカリ、ちょっといいかい?」
……反応しない。
無視、ではない、そういう事をする娘ではないのは僕は知っている。
彼女の視界に入る位置で、軽く手を打ち鳴らした。
――パンッ!
「きゃあっ!?」
「アカリ、ちょっといいかい?」
「なんださとるか……驚かさないでよ……」
そう言って、こちらに振り向きつつ彼女は伊達メガネを外した。
「このUSBに入ってるデータを先にモデリングして欲しいんだ」
ポケットから取り出したUSBを、アカリに渡す。
検証用に、僕が開発部に頼み1時間程度かかる物を選んでもらった。
アカリはUSBをPCに差して中身を確認する。
「ふーん、こんな簡単なのでいいの?」
「うん、ちょっと急に必要になってね」
「わかった、じゃあそこで待っててよ、ちゃちゃっと作っちゃうから」
彼女はそう言うと、
伊達メガネを着け
背もたれに体を預け
目を閉じて深呼吸し始めた。
――やはり……
彼女の動作を見ていると、疑問から確信に変わった。
動作を終え、目を開けたアカリは雰囲気が変わっていた。
彼女はモニターを食らいつくように見つめ、マウスとキーボードを信じられない速度で動かしていく。
モニター上で、マウスカーソルが目で追えない速度で飛び回り、数値を入力する欄が出た瞬間に、数字が打ち込まれ次々と消えては現れる。
そうして映し出されているソフトの中で3Dモデルが作り上げられていく。
――まるで、倍速機能を使っているかのような速度で、だ。
「アカリー?僕の可愛いアカリちゃん?」
記録用にスマホで録画を取りながらアカリに声かけをしたが、反応はしない。
そして開発部が1時間かかると思った物を――
アカリは10分かからずに作り終えた。
「ふぅ、ほら、出来たよ」
そう言って完成されたデータをアカリからUSBで受け取る。
「うん、ありがとう、今日はこれで終わりだからもうあがっちゃっていいよ」
「えぇ!?まだ1時間しか経ってないよ!?」
「前にも言っただろ?君が優秀だからだよ」
――そう、"優秀すぎる"。
アカリが元々、特性として"過集中"を持っているのは気付いていた。
ゲームを一緒にやっていると、時々僕の声が耳に入らない程に集中していたからだ。
そして彼女はそこからさらに一段、深く集中するためのルーティーンを無意識にやっている。
恐らくだが、積み重なった膨大なタスクを終わらせるために、自然と身に着けた物だろう。
普通の人なら、逃げるという選択肢を
彼女は選ばなかった。
だからこそ身に付いた天才的な特性……
とても……悲しい才能だ。
体と心を代償にしたのだから――
「ふあぁ……あふ、眠くなってきた……」
アカリは席を立つと背伸びをしながら欠伸をした。
「お疲れさま、このまま昼寝をしたらどうだい?」
「うーん……この前も作業したら寝落ちしちゃったし、体力落ちたよねぇ」
その言葉を聞いたとき、胸騒ぎがした。
「もしかして、この前も作業が終わった後、体が重く感じたのかい?」
「うん、体がなまったなぁって……」
アカリは、過集中が終わった後に必ず欠伸をする。
恐らく、脳が疲労しているからだ。
そして、そのまま――
脳に強い負荷をかけるゾーン状態を、今の衰弱した体でやったのなら――
「あれ……」
彼女の瞳から、焦点が消えた。
「アカリッ!?」
伸ばした指先が虚しく空を掴む。
彼女は、糸の切れた人形のように崩れ落ちた――
「すぅ……すぅ……」
「はい、分かりました、では安静にさせて様子を見てみます。」
そう言って、スマホの通話を切る。
倒れたアカリを彼女の部屋に運び、今はベッドで寝かせている。
彼女の担当医にこの件を聞いたところ、過労に近い症状だそうだ。
ひとまず、寝かせて体力を回復させるのが一番だと言われ、様子を見ることにした。
「はぁ……くそっ」
気付くのが遅かった。
たまたま、倒れるタイミングが良かっただけで、下手をしたら机の角にでも頭を打ち付けていたかもしれない。
「アカリ……」
寝ている彼女の小さな手を握り、体温を感じてほっとする。
初めて彼女の手を握った時は……異常なまでに手が冷たかったのを、思い出した。
もう、あんな姿は二度と見たくない……
「んぅ……あれ……?」
目を開ける、どうやらまた寝てしまったみたい。
「おはよう、アカリ」
隣を見る、聡が手を握って私を見つめていた。
「ごめん……また寝ちゃったんだね……」
起き上がろうとすると、ズキッと頭が痛んだ。
「痛ッ」
「アカリッ!?」
彼に支えられ、そのまま再度横になった。
「うー……きもちわるい……」
なんか吐き気までしてきた……
「ちょっと待っててね」
そう言って聡が部屋から出ていく
(頭が、金づちで殴られてるみたいだ……)
頭痛が徐々に酷くなり、ガンガンと叩かれるような痛みが広がっていく。
(痛みのせいか、視界もぼやける……)
私が痛みに耐えていると、聡が温かいココアを持ってきてくれた。
「ほら、飲んで」
「うん、ありがとう……」
ココアを飲み、聡に対する申し訳なさで胸が痛む。
「ごめんね、私は大丈夫だからさ」
彼のことだからずっと一緒に居てくれたのだと思い、罪悪感を感じた……
「気にしないで、会社自体は僕がいなくたって回るんだから」
そう、優しく言いながら私の頭を撫でてくれる。
「……ありがとね」
彼の優しい言葉と、温かいココアのおかげか頭痛も和らいできた。
「うん、体調良くなってきた、もう平気だよ」
「そうか……」
彼はそう言うと、腕を組み唸りながら考え始めた。
「アカリ、大事な話がある」
「へっ?」
なんだろう……すごい真剣な顔をしてる――
「ほぇー……私にそんな力が」
聡に私の特性と、無意識に使ってるルーティーンの効果を教えてもらった。
「あくまで診断を受けたわけじゃないから、今度ちゃんとしたテストを受けに行こうね」
「ルーティーンにゾーンか……なんか技名っぽくて、いいな」
私が呑気にそんなことを言っていると、聡は苦笑し――
「本来なら、すごい才能なんだよ」
「でも、今の君は負荷に耐えきれないから、ルーティーンをする場合はもっと浅く集中できるように訓練しよう」
「そんな器用にできるかなぁ……」
「できるさ、君はとても器用な人だからね」
「そうかなぁ……」
あんまり自信がない。
しかし使う度に倒れるわけにもいかないので、やるしかない。
「本当は、何もしないでいて欲しいんだけど……そうすると暇で死んでしまうだろ?」
「それはそう」
「だよね」
聡は諦めたように笑いながら
「僕も、話では聞いた事があったけど、実際に使える人を見たのは初めてだから」
「今度、その手の専門分野の人に話を聞きに行ってみるよ。」
「話がまとまったら、訓練開始だね」
「わかった、ありがとね、全部やってもらっちゃって……」
申し訳なくて、謝りそうになったが……その言葉を口にするのはやめた。
彼の誠意に応えるのなら、結果を示すのが一番だろう。
私はそう思い、もう絶対に倒れない、と心にそう誓った――




