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とんとん拍子

やっと更新できました。

とんとんとん。


 反射的に受け取って、ハッと我に返る。

 手の中には布と金属の感触。

 そっと指を開けば、手の中には布製お守りと丸い石がついたストラップ。

 石の色は黒。お守りの色は深紅で中々強めの配色だ。

「すごくお洒落! お守り袋の刺繍も石を支える金属パーツも上品で素敵」

「黒水晶の守り石と魔除け札入りの守り袋です。手製ですから、破損した場合は私の所まで持ち帰って下されば修復できますよ」

 私の視界の端でビクリと帳記の肩が大きく跳ね、ゆっくり顔をこちらへ向けた。

「て、手製……? 貴方様の手作り、ということでしょうか」

「毎回言っていますが須川と呼んでください、帳記君。私は君の直属の上司ではなく、対等な同業者なのですから」

 須川と名乗る男性が親しげに話すほど、帳記の顔色が悪くなっていく。

 やり取りも加味して譲られた『お守り』は大変高価なのでは、と冷や汗が滲む。

 咄嗟に財布を手に持ったところで名を呼ばれた。

「こよりさん。それは差し上げたものですよ」

「あの、高いものをタダで貰うのは」

 私の遠慮に彼がふむ、と顎の下に手を当てて思案し始めた。

 その姿も絵になるというか、まるで芸能人かモデルのようだ。

 帳記と同じような長身で眼鏡男子なのに、こうも違うものかと二人を見比べていると帳記に睨まれた。

 私の意識がそれた瞬間、手が何かに包まれる。

「は」

 驚く私の視線の先には美しい男性の手。

 それを認めた瞬間、悪寒に似た衝撃が走った。

「金銭を要求する場合は、予め料金を提示しますからお気になさらず。貴方は視える性質をお持ちです。帳記君とこちら側に縁を繋いでしまった以上、その力は徐々に強くなるでしょう。既に、触れる段階まで既に達しているようですしね」

 絶句する私の横に帳記が並んだ。

 その表情は真剣で、どこか悲痛な色が浮かんでいる。

「そ、それは『こちら側』になってしまう、と」

「最終的に選ぶのは当人ですよ。ただ『堕ちる』ことはないでしょう。何せ、魂が強い」

 私をじっと見降ろすレンズ奥の新緑に息が詰まる。

 足や手が小さく震え始めたのがわかる。ただ、彼の眼前にこうして立つこと自体が畏れ多く、膝をつきそうになった。

 その瞬間、彼の視線がそれる。

「──良い出会いをしましたね、帳記君」

「はい、須川様のお陰で出会うことが出来ました」

「必要な縁だっただけですよ。君には世話になっていますし──これからもよろしく頼みます。紙関係の仕事は減ったとはいえ、決してなくなりませんから」

 そう口にして彼は執務机の上から大きな茶封筒を手に取る。

 必要書類です、と短く告げて微笑を浮かべた。

「用件はこれで済みましたね?」

「はい、ありがたく。それでは失礼いたします」

「え、あ、ありがとうございました!」

 一礼して背を向けた帳記に倣って頭を下げる。

 入ってきた扉から外へ出ると直ぐに役場へ出たが、帳記は扉が完全に閉まるまで気を抜かなかった。

 ぱたん、という音が聞こえた瞬間、二人でその場に座り込む。

 コンビニ前でたむろする一昔前の不良のようなその姿に思わず吹き出すと、恨みがましい目を向けられた。

「こより、よく耐えられるな」

「超絶美形で物腰も口調も柔らかいけど、すごく『こわい』って思った」

「……あの人を敵に回したら一族どころか分家すらも根絶やしにされるから気を付けて欲しい。本当に、こわ……凄いお方だから」

「言い直した? 今こわいって言いかけなかった?」

「言ってない。というか聞かれている可能性が高いから掘り返さないでくれ。たのむ」

「え、地獄耳ってこと?」

「やめてくれ、ほんとうに……あの人は、まぁ、色々と凄すぎるんだ」

 はぁ、と息を吐いて立ち上がった帳記は肺から重たい空気をすべて吐ききったようだ。

 ぐんっと伸びをして茶封筒を開き中を改めている。

「書類は完璧だな。須川様の捺印まで……一発で通るぞ」

「捺印……?」

「ああ。それも正式な印の方だ。提出した時点で即決されるだろうな」

 ふふん、と満足げに窓口とかかれたカウンターへ。

 周囲には相変わらず人や人じゃないものがいるけれど、須川さんほどの存在感はない。

「一度会うと色んな意味で忘れられない人、だったわ」

 多分、イケメンが好きな肉食系と呼ばれる女性でもグイグイ距離を詰めようとは思わないだろう。そんな人だった。


◇◆◇


 帳記の言う通り、書類を提出した後は何もかもがスピーディーに解決した。


 本来であれば、細かな手続きや書類、証明書などが必要となるはずの工程を綺麗にすっ飛ばし提示されたのは物件情報。

 戸惑う私の前で整った顔立ちの女性が赤いスーツを着て座っていた。

 彼女はダラダラと汗をかいており、説明のために持っているボールペンは震えている。

「こ、こちら……! と、とっておきの物件になります! もちろん、監視員の派遣は致しませんので、どうか、どうかよしなに」

「ありがとうございます。これから二人で仕事にあたることになると思うのですが、人手が増えることも見越して事務所になりそうな場所がついていると」

「もももももちろんですとも! い、いま、詳しいものを呼んでまいりますっ! 集住しゅうじゅうさん、急ぎの案件ですッ! さっきの、その、天上処遇の」

 声を張り上げた瞬間、一瞬にして空気が凍った。

 そこからどたどたとお腹が出た福福しい男性が汗をタオルで拭いながらこちらへ向かって走ってくる。

「て、天上処理って、どちらの」

「……正し屋案件です」

「あ、ああああ……そ、それは、わ、わかりました。あの、免除事項の埋め合わせは」

「手配しておきます……間違いなく通りますので」

「だよねぇ──ああ、申し訳ない。物件とのことでしたが、条件はなにかありますかな」

 こちらに書き出してください、と差し出された紙に帳記はサラサラと何やら条件を書き込んでいく。納得いくものが多かったけれど、最後に記入された家賃でギョッとした。

 どう考えても安い。値切りすぎだ。

 対応してくれた男性の口元も盛大に引きつっている。

「……この金額は」

「仕事を回して下さるのが『須川様』なので、いつどのような案件がどのくらい受注できるのかわからず。部下として彼女や眷属を養う関係であまり手持ちは……もちろん、役所の仕事以外にも雑用はさせて頂きます」

「そっ、ソウデスカ。須川様からのオシゴト……ハイ、誠心誠意対応させて頂きマス」

 裏返った男性の声を聴いて申し訳なく思いつつ、書き出された条件の物件が借りられるなら私も帳記も非常に助かるので口を閉ざす。

 まだ話はしていないけれど、恐らく彼の部下として住み込みで生活することになるのだろう。

 そうなれば、給金がどの程度になるのかは知らないが多く貰えるよう、節約できるところは節約したい。つまり、出費である家賃は低い方が良い。

 手元の古いパソコンをカタカタし始めたオジサンを眺めていると、帳記がふと何かを思い出したようだ。

「ちなみに先ほどの女性もこの男性も『妖怪』や『怪異』と呼ばれる存在だ。役場では人以外の方が多い。情報処理能力や特殊能力を持つ者が多い関係でな」

「へぇ。妖怪って一芸に秀でた人って認識でいい?」

「だいたい合っている」

 なるほど、と頷いて結果を待っていると目の前に五枚の物件が。

 二枚は目玉が飛び出るくらい高く、一枚は一般的だった。

「この二つが安いのは……?」

「一枚は実績がないからですね。貸し出し一件目、というのは中々『信用』がなく、入居者も少ない。しかもこの大家は遺産という形でこの物件を引き継いだため、管理の影響が通常の半分。本体であればしっかり補修も自動でできるようなのですが」

 隣に座る帳記は納得していたけれど、私の脳内には疑問符ばかり。

 帳記はしっかり理解したのか、もう一枚の物件へ視線を向けた。

「これは?」

「ああ……まぁ『欠陥住宅』認定が下りたからですね。建物自体の精神年齢を喰うタイプが住み着いていたようで……療養に時間がかかります」

「それは……気の毒に。最近増えているとか」

「ええ。媒体が『電子機器』だったのですが、紙媒体の者も確認されているのでそのうちお仕事をお願いするかもしれません」

 ふんふん、と当たり前に会話が続いていて、口元が引きつる。

 色々と突っ込んで聞きたいことはあるが、早くこの役場から移動したいという気持ちが強くなっていた。

「こよりはどこがいい」

「え? どこって……資金が尽きて追い出される確率が一番低い所」

「ならば、この二つか。節約をするなら、貸し出し一件目という安い物件だが」

「いいんじゃない? 問題なく住めるんだよね? あと、セキュリティって」

 ちらり、と担当してくれているオジサンへ視線を向けると取り出したハンカチで汗を拭い始めた。多分、何か思い出したのだろう。

「も、もちろん役場の方で手配します。ええ、勿論。目競めくらべ族に仕事を探している者がいましてね。一室を『警備室』として貸し出してはいただけませんか」

 曰く、今年は多くの妖怪手や人手があるらしく、仕事を探すのも一苦労なのだという。

 優秀な者から就職が決まるので、職なし妖怪や人を少しでも減らすために仕事の斡旋もしているのだとか。

「こちらに履歴書があります。また、役所から『警備員』として置かせて頂く関係で家賃は古紙屋さんの口座に振り込みます。月、このくらいですね。家賃が多少値上がりしても問題ない程度にはお支払いできるかと……こちらとしても、役場警備局の仕事を充実させるよう上からお達しが出ているので、予算もかなり」

「ふむ。そういうことであれば、ぜひ。問題あり、と書いてあるが……もし、相性が悪かった場合は?」

「交代も可能です。まずはお試しで一ヶ月。この者の所属が役場なので国家公務員という扱いになり、食費もお支払いします。ただ、支払う以上は食事の用意を古紙屋さんへお願いしたく……なに、夕食のみで構いません。一食千円の計算でお支払いしますよ」

 詳しい内容はこちらに、と差し出された冊子をぱらぱらとめくった帳記は満足げにペンを手にした。

「ちょ、いいの? ちゃんと確認しなくて」

「何を言っているんだ、こより。先ほど全部読んで『記憶』したぞ。紙に書かれているものは勿論、文字であるなら俺に読めないものはない。外国語にはなかなか対応できんがな……外国の者が『書き残す』ことが少なかった弊害なんだが、まぁ、そこは努力でこれから補う」

 話しながらペンを走らせる姿に絶句。

 これに目を通しておけ、と目の前に差し出された履歴書を手に取る。

 そこには中学生か高校生程度の見た目をした男の子。

 いたって普通、というか……線の細い普通の学生という感じだ。

「え、この見た目で……二十歳? うそでしょ」

「いろいろ訳アリなんですよ。ですが、能力は高く、警備員としての仕事は充分できますので安心して下さい。仕事をしていくことで妖力が増し、もうすこし歳を重ねた外見になる可能性もあります」

「は、はぁ……そういうものなんです、ね?」

「そういうものなんです。ことわりが違うものが多く住まう場所ですから、あまり根を詰めて考えてはいけませんよ。あの世の常識はこの世の非常識、とよく言うでしょう? ああ、飴でもどうです。老舗『幽飴屋ゆうあめや』の子育て飴です。美味しいんですよ、これ。人間が食べても大丈夫なので、ぜひ」

 ほらほら、と渡されたのは素朴な包み紙に包まれた飴。

 勧められるまま、包みをあけると琥珀色の鉱石のような飴が。丸い形じゃないんだ、と思いながら口に含むと優しい甘みがジワリと舌の上で溶けて、広がっていく。

「おいひい……じんわり甘くて、なんだかホッとしますね」

「そうなんです! 強い相手と話した後は特に、効きますよ。人でも幽霊でも妖怪でも、やさしさは一番の薬ですからなぁ」

 ハハハ、と笑う男性に頷く。

 そうこうしている間に記入を終え、契約書を完成させた帳記が用紙を差し出す。男性が飴を勧めるが帳記は嫌そうに眉を寄せた。

「飴は好きじゃない。べたついて紙がくっつくだろう」

「ああ、そうか……そうでしたな。では、こちらを」

 差し出されたのは一枚のチケットのようだった。

 ちらりと見えた文字は『家具券』と書かれている。

「須川様から、事務所には家具がいるでしょうから、とこれが添えられていました。役場の保管庫から家具を選べます。ちなみに、これは人間のお嬢さんが暮らすのに家具がいるだろうという配慮ですね。ほら、正し屋さんに入ったのも『人間のお嬢さん』でしょう? だから特別配慮をして下さったんだと思います。有難く使って、人間のお嬢さんが好きそうな菓子を贈れば十分です」

「菓子でいいのか?」

「ええ、あそこの新しい子は食べることが好きみたいでね。食に関わる妖怪・幽霊・職人にあっという間に可愛がられて……購入時に『正し屋さんに贈る』といえばいいものを融通してくれる」

 じゃあ、と立ち上がった男性はカウンターから出て、私達の前へ。

 お腹が出た中年の男性という姿の彼には尻尾があった。

「おっと、申し遅れました。私は集住しゅうじゅう 太吉たきちといいます。母は化け狸、父は迷い家の一族でして、住宅関係の仕事を請け負っているのですよ。はっはっは」

 そう言ってポンッとお腹を叩いた彼に少し肩の力が抜けた。茶目っ気のあるオジサマは話ていて面白い。

「よろしくおねがいします!」

「よろしくたのむ」

「はいはい、じゃあ、早速物件へ行きましょうか。大家に挨拶しなくては」

 そういってどこからか鍵の束を取り出し、鍵がかかった大きなドアへ向かう。

 私の知らない、想像も及ばないことが次々に起こりすぎて現実感はない。

「なんだか、アトラクションにいるみたいだなぁ」

「あとらくしょ? なんだそれは。新しい飲み物か?」

 首をかしげる帳記を無視して、ゆらゆら揺れる中年男性の狸尻尾を観察する。

 どうやら、偽物ではないようだ。ちょっぴり毛並みが荒れているのは、年のせいだろうか、なんて考えていると鍵が外れる音。

 開かれた扉の奥から『外』の匂いがぶわっと全身に吹き付ける。

「また、どこでもドア……」

「はっはっは。便利でしょう?」

 愉快そうに笑う男性の後を追って、私と帳記はそのドアから『外』へ出た。

 広がるのは、よくある住宅街。ただし、足元はアスファルトではなく踏み固められた土だ。

 周りの景色もどこか映画で見た『昭和』のようで、物珍しさに思わず周囲を見回す。


こういう世界、いってみたいような……行きたくないような。

まだまだほのぼの…かな。

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