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喫茶店にて 1

 新しくはじめました。

眼鏡は多い方が良い。


 私は、日本全体で下から数えた方が良い位には、ツイてないと思う。


 古民家を改造した洋風の喫茶店は、ブームが落ち着いたからか、落ち着いた雰囲気のお客さんが多いように思う。

 窓の外は土砂降りの雨で待ち人は来なくなったばかりだ。

「なにが『君が一番大事だ』よ。瞬間接着剤茶碗一杯食わせんぞ」

 行儀悪くそんなことを呟くけれど、店内に流れる懐メロのお陰で誰の耳にもはいらなかったようだ。

 ため息を吐いて携帯電話を鞄の中へ。

 備え付けのベルを鳴らすと顔馴染みのマスターがこちらへ歩いてきた。

「ご注文をどうぞ?」

 やわらかく細められたアーモンド色の瞳に同性の私でも妙にドキドキする。

 艶やかな唇と悩まし気な口元のホクロをもつこの店のマスターは、私にとって頼れるお姉さんみたいな存在だ。落ち込んだり辛いことがあった時は勿論、嬉しいことがあったらつい足が向く。

「お腹いっぱいになって何も考えなくてもよくなるメニューくださぁい」

「あらあら。ダイエットはもういいの? 夏には海に行きたいからって……」

 驚いたように小首をかしげる姿に私はダラッと背もたれに凭れ掛かる。

 店内にお客がいるので音量は控えめに。

「待ち合わせ五分前に男から『好きな人が出来た。別れてくれ』ってご丁寧に電話。その後に『履歴は消去してアドレスも消してくれ』ってメールで念押し。昨日の夜『君が一番大事だよ、結婚も考えてる』とかのまたいやがったの忘れたらしいわ」

 今度会ったら瞬間接着剤をお茶碗一杯分くらわせるつもり、と鼻息荒く腕を組めば彼女は目を丸くした後、困ったような顔で笑った。

「ふふ。こよりちゃんの復讐方法は独特ね。可愛いんだか恐ろしいんだかわからないわ。笑ったお詫びに、お姉さんが食事は奢ってあげる。そうねぇ、色々まとめてお皿にのせちゃおうかしら」

「お願いします。朝も抜いてきたので」

「目が据わってるわよ、全くもう。今日はゆっくりしていってね」

 はあい、と返事をすると彼女はにっこり笑ってカウンター奥へ。

 待っている間が可愛そうだから、と野菜たっぷりのポトフを持ってきてくれた。

 この店は飲み物や料理がとても美味しいのだ。

 ゴロゴロと大きめな野菜から、ブロッコリーを口に運ぶ。

 ほふほふと熱さを逃がしながら食べていると来客を告げるドアベルが鳴り響く。

 何気なく視線を向ける。

 ドアを開ける手には白い手袋。夏物の上着はどうやら雨よけとして使っていたらしい。スーツなのかと思いきや、その袖には特徴的な三本の金色の線があり、ボタンもダブルボタンだった。よく見ると襟の部分に金ボタンが輝いている。

 靴は丈夫そうな革靴。背はすらりと高い……というかひょろりとした印象。

「……あ。そうか、駅員さんっぽい」

 警察っぽい制服に見えたけれど、違う。最近、広告動画でみた『駅員』に似ていたのだ。土曜日だからどんな服を着ていてもいいけれど、駅員のコスプレで喫茶店に入って来るなんて中々の猛者だと感心した。

 ずずず、とスープを飲む。

 野菜のうま味が染み出したコンソメスープは体の芯をそっと温めてくれて、男への関心がなくなった。

 くたくたに煮込まれたキャベツを口に入れた所で足音が近づいて、ピタリと止まった。

 手元に影が差す。

「……あ、あの……なにか?」

「その汁は? 初めて見ました──馬鈴薯と人参、玉ねぎ、あとは腸詰? ふむ、黄金色をしているものの、味噌汁ではないようだし」

 真剣な表情でカップの中を覗き込む男の容姿は独特だった。

 まず、後頭部の方は黒く、前髪は白髪。中間は黒髪と白髪が混ざって灰色に見える髪に艶はない。バサバサの髪に丸い眼鏡……歳は二十代後半だろうか。若くはあるようだ。

 骨ばった手がカップの縁に触れるか触れないかのあたりで止まり、これの事を聞いている、と私に伝えてくる。

「……ポトフです」

「ぽとふ? 西洋風の名前か。ぽとふ。響きが愛らしい。男の私が頼めるものなのか……かぐわしい香りがするので是非食してみたいところだが」

 むむむ、と細めの眉が寄せられる。なんだかアンバランスな印象の男だった。

 恐らく彼の物と思われる本屋の匂いに気をとられつつ、口を開く。

「誰でも頼めますよ。これ」

「僥倖! ああ、それは嬉しい。どれ、早速頼んでみるとしよう」

 いそいそと隣のテーブルに着いた男はわくわく、ソワソワと周囲を窺っている。変な人ではあるけれど、まぁ、こういう日には変な人間がいてもいいかもしれない。


◇◆◇


 しばらくすると美味しそうな香りが店内に漂い始め、隣と男だけではなく数人の客が携帯画面や本などから顔を上げる。

 ヒソヒソと空気がそよぐような話声に口元が緩んだ。数人がメニューを手に持って、真剣な顔つきで何かを選んでいる。

「もし。周りの人々は同じ冊子を手にしているようですが、勝手に目を通しても怒られないのですか」

「メニュー表を見て怒るのは相当偏屈な人間しかいないと思いますけど」

「偏屈……あのものは偏屈だったのか。助言に感謝いたします、どれどれ」

 ナチュラルに話しかけてくる男に驚きつつ、言葉を返す。ポトフの入っていた器はもう空っぽだ。

 少しして、私の元へスペシャルプレートが届いた。

 それを持ってきたマスターはウインクを一つ。

「さっき誕生したばかりの『寄せ集めプレート』よ。今日は卵サンド、ナポリタン、コロッケ、ガーリックライスに豚の角煮。あとはサラダときんぴら、おまけのたくあん」

「和洋折衷どころか混沌とした舞踏会……私、ガーリックライスにたくあんついてくるの初めて見ました」

「なによぅ、たべないの?」

「食べます。うう、おいしそう……! こういうごちゃあっととした感じが好き」

「ごちゃあって、もうちょっと美しい表現をして頂戴な。寄せ集めプレートって名前でお察しだけれど」

 肩をすくめたマスターはスプーンを持って構える私を見て小さく笑った。


 読んで下さってありがとうございます。だいたいこんな感じの文字数で行きます。たぶん。

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