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佐伯先輩とひよ

作者: あやお
掲載日:2025/12/04


私はいつも佐伯先輩にからかわれている。


天気がよくて、風が気持ちいい日だ。

私は中庭で菓子パンを頬張ろうとしていた。

大きく口を開いたところで、頭上から大きな手のひらが菓子パンを摘んだ。


菓子パンは先輩の長い指に摘まれて、そのまま大きな口に消えていった。


「佐伯先輩……」


私は先輩をじとりと睨む。

先輩は舌で唇と指を舐めてから、私の方をみてニヤリと笑う。


「ひよには大きいと思って食べてあげた」


悪戯っぽく微笑む先輩の顔に、私は弱い。


「もぅ、あげませんからね」


私は菓子パンを先輩から隠すようにして、かぶりつく。


「ひよは体に似合わず食い意地張ってるなぁ」


よっ、と声を出しながら、先輩は私の隣に座る。

一緒にいる友達は、口を開いて真っ赤な顔をしている。

そんな様子に目もくれず、先輩はにこにこと私をみている。



◇◇◇




佐伯先輩は私の1つ上の高校二年生だ。

182センチの高身長に、程よく鍛えられた体

、色素の薄い肌にアンニュイな雰囲気をまとっている。

どこぞのモデルのような風貌で、女子生徒達にものすごく人気がある。


そんな先輩は、何故か私をよく構う。


初めて会った時、私は階段で蹲っていた。

普段閉鎖されている屋上に続くこの階段は、殆ど人がいることがない。

この日、私は生理痛が酷かった。頭痛も酷くて教室のざわめきの中にとてもいられなかった。

保健室に行くことも考えたが、距離がそれなりにあるので諦める。

静かな場所にすぐに行きたくて、教室から近いこの階段に行く事にした。

私は目を瞑り、体育座りをして顔を埋めた。

廊下から話し声は少しはするものの、それでも教室にいるよりはだいぶマシだった。

お腹の痛みに耐えながら、早くマシになれと体にぎゅっと力を入れる。


「あれ、先客がいる」


そう声がして、顔を上げる。

そこには佐伯先輩がいた。

クラスメイトがよくきゃあきゃあと騒いでいた相手なので、私も顔は知っていた。

いつもの私なら、少しは心躍ったかもしれないが今はそれどころではなかった。


佐伯先輩は私の目線までしゃがみ、じっと私の顔をみつめる。


「具合、悪いの?」


「……頭と、お腹痛くて」


私はかろうじて言葉を返す。

今の私には、精一杯の返答だった。

先輩は立ち上がると、気怠そうに階段を降りていく。

私、感じ悪かったのかな。

ただでさえ体調が悪いのに、最悪な気分になる。でも、どうしたらよかったのよ……私はまた腕に顔をうずめた。



暫くすると、誰かが近づいてくる音が聞こえてきた。

これ以上嫌な気持ちになりたくなくて、私は腕にギュッと力を入れて、もう絶対顔をあげないと決意する。

足音は私の横で止まり、すぐ横に誰かが座った気配がした。

私の決意ははやくも崩れ、顔をそっとあげて横目で確認をする。


そこには、佐伯先輩が座っていた。

先輩は目が合うと、にこっと笑う。

そして、私の横にコーンポタージュの缶を置いた。


「お腹あっためるのに使って」


そう言うと、立ち上がり階段を降りていく。

私は慌てて、ありがとうございます!と叫ぶ。先輩はこちらを見ずに、腕をあげてひらひらと手を振った。


ーー私はこの日から、先輩に恋をしている。



先輩は、この日から私と会うたびに絡んでくれるようになった。

食堂で座っていれば、背後からのしかかってくるし、外にいれば校舎の中から名前をよんで、ひらひらと手を振ってくれる。



そして、何故か私をひよと呼ぶ。


「先輩、私何度も言いますけど、ヒナタです」


「えー、可愛いからいいじゃん。ひよで」


私は眉間に皺をよせるが、先輩はそんな私の眉間に指を当てて、ひよは笑顔が可愛いよと言う。

そう言われて、私は若干にやけるが、分別はついている。

先輩の私に対する可愛いは、小動物に向けるそれと一緒だ。


「そもそもなんで、ひよ、なんですか」


「ひよって、小さいじゃん?ひよこ、ひよ、だよ」


にこっと笑う佐伯先輩。

ほら、やっぱりそうだ。女の子扱いではない。



◇◇◇



「ヒナタ、私先に戻ってるね」


「あっ、待って……」


友達は気まずさに耐えられなくなったのか、先に教室に戻ってしまった。

佐伯先輩はそんな様子をニコニコと微笑みながらみている。


私は先輩の方に振り向いて、苦情を伝える。


「先輩……私の友達無視しないでください」


先輩はうーん、と唸った後、ニヤッと笑う。


「友達ならね。ひよほとんど喋った事ないんじゃないの、あの子」


私は図星を突かれて、ビクッと揺れる。

その様子を見て、先輩はやっぱりね、と呟く。


「だって、友達?俺にばっか話しかけてたし」


そう言って、私の目をじっと見つめる。

先輩は不思議な人だ。

その灰色の瞳に見つめられると、目が離せなくなる。


「俺が仲良くしたいのは、ひよだけだし」


そう言われて、胸が大きく高鳴る。

顔が熱い。絶対赤くなってる。


佐伯先輩はそんな私をみて笑って、私の頭を撫でる。


「本当、ひよは可愛いなぁ」


見上げると、先輩は何故か眩しそうに目を細めて私を見下ろしていた。





「あのひよこちゃんだっけ?佐伯のこと絶対好きだよな」


そんな会話が廊下から聞こえてきたのは、放課後だった。

私はあの日以来、時々屋上行きの階段にくるようになった。

一人になれるし、たまに先輩が来ることを知ったから。

先輩はここにくると、隣に座ってスマホを弄っていた。会話もするけれど、会話がなくても苦じゃない、そんな雰囲気が私は好きだった。


だから、今日もなんとなく来たのだけれど……来るんじゃなかった、と私は後悔した。

まさか自分の噂話を聞くことになるなんて……良い気分じゃないどころか、最悪な気分だ。


「いや、それはないんじゃない?」


その声に、私はぴくりと反応する。

先輩が、いる。

会話の中には佐伯先輩の声が聞こえた。


「いや、あれは好きでしょ。佐伯も罪な男だよなーあんな免疫なさそうな子にかまってさ。勘違いしてるでしょ、アレ」


数人の笑い声が聞こえてきて、顔に血が昇るのを感じる。

これ以上聞きたくなくて耳を手で覆う。本当はその場に行って否定したいくらいだ。私はそんな勘違いしてません!て。


「は?何言ってるの?」


先輩の声はいつもより低かった。

そして、静かに怒りを秘めているように聞こえた。

その場の空気が凍ったのが、見えない場所からもよくわかった。

少しの沈黙のあと、先輩が口を開く。


「あの子に、そういう汚い感情向けるの禁止な」


その声は、いつもの先輩の声だった。



私はそのまま、暫く動くことができなかった。

恥ずかしいやら、悔しいやら、そして……先輩が私に向ける感情がよくわからなくなってしまった。


先輩は、私をお気に入りのペットのような感覚でいると思っていた。

けれど、それであそこまで怒るんだろうか。



「ひよ?」



私はその声に、勢いよく顔を上げる。

そこには佐伯先輩がいた。


「先輩……」


「もしかして、聞いてた?さっきの」


先輩に困ったように笑いながら聞かれて、私は頷いた。


「ごめんなさい、聞くつもりなかったんですけど……」


「いや、こっちこそごめん。悪い奴らではないんだけど、デリカシーがないんだよね。欠落してるレベルで」


先輩は私の横に座る。

なんて話そうかと思っていると、先輩がポツリと呟く。


「俺、悪い男なんだよね」


予想外のはじまりに動揺しつつ、私はじっと話を聞く。


「昔からモテたからさ。女の子は結構、体だけの関係とかで。それ以外は別にいらないかなって思ってたんだ」


佐伯先輩がモテるのは知ってたし、そういう噂も沢山聞いてきた。だから知っていた事だけど、本人の口から聞くと、胸がちくりと痛む。


「軽蔑するよね。……ひよには嫌われたくないんだけどなぁ」


佐伯先輩は苦笑いをしながら、続ける。


「でも、あの日。ひよにここで会った日。一人で蹲って必死に食いしばってる、ひよを見て、なんか助けてあげたいって思ったんだよね」


あれは、初めての感覚だったなぁと先輩は呟く。


「そこから、ひよに興味が湧いて、純粋で可愛い姿を知って、もっと一緒にいたいって思ったんだよね」


この展開は……。

私の胸の鼓動は、どんどん大きくなっていく。


「ひよって、小さいのにいつも必死でさ。なんか、邪な目でみれないんだよね。……触れたら汚しちゃいそうで」



そう言われて、私は終わった……と思った。

告白前に、恋愛対象外宣言を受けたも同じだ。

一瞬告白されるのではと思った事がいやに恥ずかしい。



「……私、純粋じゃないです」


「え?」


私は、スカートの裾をギュッと握りしめながら、自分の気持ちを伝える。


「私、先輩の事、邪な目で見てます。全然好きです」


「ええ?」


先輩は目をまん丸に開いて驚く。

本当に気がついてなかったんだ、と私も驚く。


「そうなんだ……うーん、そうかぁ」


先輩は腕を組んで、何か悩み出す。

断りの言葉を考えているんだろう。

今日で、先輩との関係も終わってしまうんだろうか……私は胸が痛む。


「じゃあさ、こうしよう」


先輩は、ニヤリと悪戯っぽく笑う。


「ひよ、俺がひよを邪な目でみるくらい、俺のこと好きにさせてみて」


私の手を取って、先輩は手の甲に軽くキスをする。


「はやくしてね、俺の初彼女候補ちゃん」


「えっ……え?!?!」


予想外の展開に、私は大声で叫んでしまう。

そんな私を佐伯先輩は楽しそうに眺めていた。


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