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コインランドリーでいつも並んで読書をしているクーデレ美少女が取引先の副社長だった  作者: 剃り残し


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 金曜日の深夜、月島さんがいつものコインランドリーで乾燥まで終えた温かい洗濯物を取り出す様子を後ろから眺めていると、ふと彼女が洗濯物を顔に押し当てた。


「……ん。ダメだ、これ。なんか、生乾きの匂いがする」


 彼女は、たたんでいた自分の白いTシャツの匂いを、くん、と嗅ぐと、わずかに顔をしかめた。


「あら……機械の問題かな?」


「乾燥時間は十分だったはず。フィルターでも詰まってるのかな……? 全部臭いや。はぁ……やり直しだね」


 彼女は俺の方を向くと、一つの小さな白い布を、俺の鼻先に突きつけてきた。


「ちょっと、これ匂ってみて。客観的なデータが欲しい。私の嗅覚だけだと、プラセボ効果で、全部が生乾きに感じてる可能性があるから」


 そう言って、彼女は、俺の返事を待たずに、その布を、さらにぐいっと近づけてくる。


 俺は、その布を見て、一瞬、思考がフリーズした。


 それは、明らかに、Tシャツではなかった。


 シルクのような、滑らかな光沢のある生地。そして、その縁には、繊細なレースがあしらわれている。


 どう見ても、それは……。


(……ぱ、パンツ!?)


 俺の脳内は瞬時にオーバーヒートを起こし、顔がカッと熱くなるのを感じた。な、なんで、月島さんは、こんなものを、俺に……!?


「い、いや、俺はいい! 大丈夫だよ! きっと、気のせいだよ! うん、匂わない、絶対!」


 俺は、椅子から転げ落ちんばかりの勢いで、のけぞった。


「なんで? いいから早く。この匂いが許容範囲内の軽微なエラーなのか、それとも、もう一度、洗濯・乾燥の全工程をリトライする必要がある致命的なバグなのか判定して欲しい。私、今日ちょっと鼻の調子悪くて」


 月島さんは、俺の異常なほどの拒絶反応を全く理解できない、という顔でさらに布を俺に向けてくる。その目は、純粋な技術的な探究心に満ちている。


「いや、無理無理無理! 人の洗濯物の匂いを、それも、そんな、身につけるようなデリケートなものを……」


 俺は、自分でも何を言っているのか分からない、めちゃくちゃな言い訳を並べ立てた。


「え? 別にこのくらい普通じゃない? 洗ったばかりだし。湊さん、案外潔癖?」


 彼女のロジックの中では、これが下着であろうと、シャツであろうと、ただの「布オブジェクト」に過ぎないのかもしれない。だが、俺の倫理観はそれを許容しない。


 二人の間で、謎の攻防が数秒間繰り広げられる。俺のあまりにも頑なな抵抗に、月島さんはようやく根負けしたように盛大なため息をついた。


「もう、しょうがないな……湊さん、変なところで頑固なんだから」


 彼女は、俺から少し距離を取ると、呆れたように言った。


「ただのハンカチなのにそんな避けなくても……」


「……え?」


 ハンカチ。


 そのあまりにも想定外な単語に俺は固まった。


「ハ、ハンカチ……? あ、そう……だよね!? ははっ、はははっ! レースのついたお洒落なハンカチだよね! 俺も、もちろん、最初からハンカチだと思ってたよ! ちょっと生地がリッチだなーって、思っただけで!」


 安堵と自分の勘違いに対する、猛烈な羞恥心。俺はその両方に苛まれながらしどろもどろに取り繕った。


「湊さん、もしかして……これパンツだと思ってたの?」


「いんやぁ!? 最初からハンカチだと思ってましたよぉ!?」


「すっごいお腹から声が出てるけど……」


「最近研修を受けてるんだ! ほっ、ほら! 人前で話すことも多いし!」


「ふーん……」


 月島さんは俺が挙動不審になっていた理由に結論を見出したらしく「被る?」と聞いてきた。


「ハンカチもパンツも被らないよ!?」


「ま、これはハンカチだけど」


 月島さんは、まるで言うことを聞かない子供を諭すように、そして自分の正しさを証明するためにそのレースのついた布を俺の目の前で、ひらりと広げてみせた。


「ほら、ただのハンカ……」


 月島さんの、その自信に満ちた言葉が途中でぴたりと止まった。


 広げられた布は、どう見ても四角いハンカチではなかった。丸みを帯びた逆三角。足を通すためと思しき2つの穴が空いた形状。


 それは、紛れもなく、女性もののレースがあしらわれたパンツだった。


 しん、と、コインランドリーが、静まり返る。

 遠くで回っている、誰かの洗濯機の、ゴウン、という音だけが、やけに大きく聞こえた。


 月島さんは、自分の手の中にあるそのオブジェクトと俺の顔とを壊れた機械のように何度も、何度も、見比べた。


 そして、次の瞬間、彼女の白い顔は一気に沸騰したように真っ赤に染め上がった。


「あ……あ……ああああ……」


 彼女は声にならない悲鳴を上げるとそのパンツを猛烈なスピードでくしゃくしゃに丸め、洗濯物のバッグの一番奥、ブラックホールのような闇の中へと叩き込んだ。


 そして、その場にがくりと膝から崩れ落ち、両手で顔を覆って、蹲ってしまった。


 その、あまりにも衝撃的で、そして、あまりにも可愛らしい光景に、俺は、かける言葉も見つからず、ただ、彼女と一緒に、顔を赤くして、固まっていることしか、できなかった。


「月島さん……疲れてるんだよ……」


「や、そうかもしれない……なんかこのハンカチを使ってると二度見されることが多くて……すごくハンカチのデザインがパンツっぽかったんだ……素で間違えるくらいだし……」


 月島さんはそう言って洗濯機から似たような布を取り出して広げた。そっちは確かに四角形の『ハンカチ』だ。


 ほぼ同じデザインで、ハンカチと言われればハンカチだが、パンツと言われればパンツにも見える。


「これは……ハンカチだね」


「ん。私、会社で、パンツで手を拭く人だって思われてるのかな?」


「CPO?」


「チーフパンツオフィサー……ふふっ……」


 月島さんの肩書がまた一つ増えてしまったらしい。

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