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コインランドリーでいつも並んで読書をしているクーデレ美少女が取引先の副社長だった  作者: 剃り残し


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 月島さんが俺の部屋のバスルームに消えてから、およそ15分。俺はリビングでソファに座り込んだまま、完全に思考を停止させていた。


 シャワーの音が止まる。やがて、少し気まずそうな顔をした月島さんが、Tシャツに短パンの部屋着姿で出てきた。その、普段の彼女からは想像もつかない格好に、俺の心臓は、またしても不規則なアラートを鳴らす。


「……さて。寝よっか。ソファだのベッドだの、配置の交渉は時間の無駄。二人でベッドで寝る。いいね?」


「はい……」


 月島さんがいいなら、別にいいのだけど、と思いながら頷く。


 こうして、俺と月島さんは、一つのベッドで寝ることが決定。そのまま寝室に二人で移動し、寝ころぶ。


 もちろん、そんな簡単に眠れるはずがなかった。


 俺たちは、ベッドの両端に、それぞれ固まるように横たわっていた。間には、まるで国境線のように、見えない壁が存在している。俺は彼女に背を向け、彼女もまた、俺に背を向けている。


 すぐ背後にある、彼女の存在。聞こえてくる、かすかな寝息。シーツを通して伝わってくるような、微かな体温。その全てが、俺の感覚を、これまでにないくらい鋭敏にさせた。


(……心臓の音が、うるさすぎる。彼女に、聞こえてるんじゃないだろうか……)


(……というか、俺は明日の朝どんな顔して彼女と話せばいいんだ……?)


 様々な思考が、頭の中を駆け巡り、俺の意識は、覚醒と睡眠の狭間を、頼りなく漂い続けていた。


 どれくらい、そうしていただろうか。


 朦朧とする意識の中、俺は、背中に、ふわりと、柔らかな感触を覚えた。


「……ん……?」


 それは、月島さんの腕だった。彼女が、眠りながら俺の背中に腕を回してきたのだ。


 そして、ぎゅっ、と。


 小さな体で俺の背中にぴったりと寄り添ってくる。


「……みなとさん……しよ?」


 耳元で囁かれた、甘い寝言。


 その瞬間、俺の中の、最後の理性の糸が、ぷつりと、音を立てて切れた。


 もう、どうなってもいい。


 俺は、意を決して、彼女の方へと、体を反転させようとした。彼女の顔を見て、この気持ちをもう伝えてしまおう。


 そう思った、その時だった。


 目を開けると一人で天井を見上げていた。


 俺はハッとして、飛び起きた。


 そこは、俺の部屋の、俺のベッドの上だった。


 スマートフォンで時間を確認すると時刻は11:11。


 ……夢? ……しかも、時間がぞろ目だ。いや、ゾロ目はどうでもいい。


 俺は隣を見る。そこでは月島さんが目を瞑り、童話に出てくる姫のように静かに寝ていた。


「……ん……」


 俺が起きた時の音で目覚めたのか、小さなうめき声と共に彼女はゆっくりと体を起こした。


 そして、眠い目を子供のようにごしごしと擦る。


 その瞬間、俺は思わず息を呑んだ。


 彼女のいつもは綺麗にまとまっているはずのピンク色の髪が、あちこち自由気ままな方向に跳ねて、芸術的なまでの「寝癖」を作り上げていたのだ。


「……おはよう、月島さん。よく眠れた?」


 俺が、込み上げてくる笑いをなんとか堪えながらそう言うと、彼女は、まだ半分、夢の世界にいるような、ぼんやりとした瞳で、俺を見た。


「……ん……おはよ。みなとさん……いま、なんじ……?」


「11時11分」


「……そっか……ゾロ目かぁ……あー……寝てたぁ。しっかり寝たぁ……」


「そりゃあの時間にベッドに入ったら即寝落ちだよね……」


「ん。だよね。ね、湊さん。知らないことって解像度が一気に下がらない?」


「どういうこと?」


「や、夢の中で湊さんに押し倒されたんだけど、ずーっと肝心なところのモザイクが取れなくて。ま、そりゃ実物見たことないからモザイクを取りようがないんだけどさ。夢の中でモザイクを取ろうと必死にAIのコーディングをしてたんだよね」


「学習データがないことは知らない、と」


「ん。そういうこと。湊さん、夢の中で『これでギリギリだよ〜ギリギリだよ〜』って言いながらどんどんモザイクの範囲が広がってさ。最終的には顔までモザイクがかかってた」


「コンプラに消された男すぎない!?」


 どうやら二人とも夢の中ではやることはやろうとしてたらしい。俺の方はだいぶまともな夢だったようだが。


「ふはっ……確かに――ふわぁ……」


 月島さんは途中で大きな欠伸をする。その様子を見ていた俺も「うあぁ……」と自然と欠伸が伝染した。


「ふふっ……うつった?」


 月島さんはまたベッドに寝転び腕を枕にして俺の方を見てくる。


「うん。うつされた」


「うつされたと言えばさ、昨日の夜エロいことするんだろうなって思ってたんだよね。夢じゃなくて現実で」


「そこで『うつす』にちなむとだとまるで病気持ちみたいだよ!?」


「なんてね。けど、何もしないまま寝ちゃったね」


 月島さんは何かをしたかのような含みのある笑顔でそう言った。


「あの時間からそんなことする元気は……というかしないよ!? なんかする前提みたいな言い方してるけど!? 順番があるからね!?」


「や……確かに。いきなり本番環境のリリースからはやらないもんね。まずは開発環境から」


「開発とか本番とか、色んな意味があるな……」


「ふはっ……確かに。仕事は開発からの本番だけど、本番からの開発もあるね」


 不意に会話が途切れ、そのまま二人で見つめ合う。色々と暗黙の合意はありそうな感じなのだが何かが引っかかって踏み出せない。


 取引先の人だから、という良識が働いているんだろうか。


 難しいことを考えているとあくびが出た。そして月島さんにうつる。


 そして、月島さんは「ん。まだ眠い」と言って布団に潜り込んだ。


「二度寝する?」


 俺がそう提案すると、月島さんは、布団の中でこくり、と大きく頷いた。


「……ん。賛成。私のシステムも、まだ完全には再起動してない……もう少し、スリープモードを継続したい……」


 くぐもった声でそう言い、また月島さんは動かなくなる。俺もまた二度寝という、最高に贅沢な選択をすることにした。


 ◆


 次に目を覚ました時、窓から差し込む光は、すっかり真昼のそれになっていた。時間はとっくに昼の12時を超えている。


 月島さんも起きていた。俺の隣で体育座りをして、スマホの画面をスクロールしている。その髪の毛は、まだ、可愛らしい寝癖がついたままだ。


「……おはよう、月島さん」


 俺がそう言うと、彼女は、スマホから顔を上げて、少しだけ眠そうな目で、俺を見た。


「……おはよ、湊さん……お腹すいた」


「俺も。どうする? 何か食べる?」


「ん。そうだね。湊さんって朝ご飯何食べる人?」


「……タコさんウィンナー」


 月島さんの髪の毛を揶揄してそう言うと、月島さんは頬を膨らませて俺を見てきた。


「嘘嘘。本当はパンの人」


「パンマンなんだね」


「まぁ……パンのマンではあるかな」


「ん。私もパンウーマン」


 この人、まだ脳みそが起きてないな!?


「……何言ってるの?」


「ふはっ……確かに」


 寝すぎて少しだけむくんだ瞼を閉じるように目を細め、月島さんはケラケラと笑った。




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