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コインランドリーでいつも並んで読書をしているクーデレ美少女が取引先の副社長だった  作者: 剃り残し


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 土曜日の昼下がり。俺は黒いイタリア製ソファに座り、読みかけのミステリー小説を広げていた。部屋に響くのはエアコンとサーキュレーターのモーター音、それと2冊の本のページがめくれる音。


 俺の腿に脚を載せ、ソファに寝転んで寛いでいるのは月島さんだ。


 ふと、難解なトリックを説明する文章から視線を逸らすと、月島さんの白い脚に蚊が止まっているのが見えた。


「あ、蚊だ」


 ペシン、と月島さんの脚を叩く。「ぬわっ!」と驚いた声を上げた月島さんに潰れた蚊が張り付いた手のひらを見せる。


「おっ、ありがと」


「ううん」


 お互いに交わす言葉は少なく、また読書に戻る。


 月島さんが俺の部屋に遊びに来てかれこれ2時間。『一週間の労働によって蓄積された精神的デッドロックを解消するためには、現時点で、このソファでゴロゴロする以外の有効なソリューションは存在しない』と言われてしまい部屋に上げたが最後。


 ずっとソファに寝転がったままだ。もはや、俺の部屋は、彼女の充電ステーションか何かと化しているらしい。


「ね、湊さん」


「何?」


「お茶飲みたい」


「取っておいでよ。コップは勝手に使っていいよ」


「湊さんは飲みたくないの?」


「持ってきてくれるの?」


「や、逆に。湊さんが飲むならついでに持ってきてもらおうかなと」


「ダラダラ人間すぎない!?」


「しょうがないにゃぁ……」


 月島さんがしぶしぶ足をおろして立ち上がり、それとほぼ同時に俺も立ち上がった。


 二人して冷蔵庫の方に向かいながら目を合わせて立ち止まる。


「や、湊さん。ここは私が」


 月島さんがドヤ顔で手を挙げる。


「いや、ここは俺が。月島さん、お客様だし」


「や、ここは実質我が家。あのソファの上が私の住処だから」


 月島さんはそう言いながら俺の冷蔵庫に向かい、お茶の入ったペットボトルを取り出した。俺は棚からコップを2つ取り出し、キッチン台に並べる。


「……そんなに気に入ったなら、月島さんも、自分の家に置いたら? 同じやつ」


「それはそうなんだけど……。これ以上、家に物を増やしたくないんだよねぇ。物理的なオブジェクトが増えると、管理コストが指数関数的に増大するから」


「……もしかして、ミニマリスト?」


 俺がそう尋ねると、彼女はなぜかピクッとこめかみを震わせた。そして、ぐっと胸を張った。


「そこそこあるが?」


「……え?」


「だから、そこそこあるが?」


 月島さんはペットボトルで自分の胸をさす。


「ミニマリストは貧乳の言い換えじゃないよ!? というか小さいとか思ったことないよ!?」


 俺が顔を真っ赤にしながら慌てて否定すると、彼女は「ふーん」と、少しだけ満足そうに頷いた。


「ならよし」


 ……よくない。全くよくない。この人は、時々、とんでもない変化球を、真顔で投げ込んでくる


 月島さんはキッチンに手をついてお茶を飲み、満足気に微笑み「お茶、美味しい」と呟いた。


 直後、ふと思いついたように手首につけていたヘアゴムを取ってキッチンの隅に置いた。


「そこに置いたら忘れちゃうよ」


「や、これはマーキング」


「何のための……?」


「ここに置いておくと、他の女が来たときにこれを見つける。で、湊さんは『いっ、妹が来たんだ!』と支離滅裂な言い訳を始めるんだよね」


「始めるんだよね、って言われましても……そもそも来るような人、他にいないし……」


「や、そうなんだ? 『俺の家、良いソファがあるんだよね』ってダシにして連れ込んだりしないの?」


「一応プライドはあるからね!? 人に買ってもらったソファでそんな事しないよ!?」


「ふふっ……そっか。お茶が美味しいや」


「お茶好きなの?」


「や、これは『安心した』の言い換え」


「洒落てるねぇ……」


 お茶の入ったコップを持ってまた二人でソファに戻る。月島さんは俺が座るのを待っていて、座るやいなや、ソファにうつ伏せになって俺の腿にまた脚を載せてきた。


 本人はそのまま読書を始める。


 俺が本を読もうと視線を落とすと、自然と月島さんのふくらはぎが目についた。そのままシームレスに膝裏、太もも、短い丈のズボンとの境目、尻と視線が動いてしまうのは男の性なんだろう。


 煩悩を振り払い本に意識を集中させる。


 だが、チラチラと視線に入る脚がどうしても意識を持っていき、小説の登場人物の顔までが月島さんで想像してしまうようになってしまう。


 一旦視線を月島さんの頭部に持っていく。そこでふと思う。俺はこの人のことをほとんど知らない。職場、肩書、名前、おおよその収入、性格、それくらいだ。


 逆に向こうも俺のことはよく知らないはず。


 家族構成、兄弟の有無、学歴。そして……彼氏や異性の友人、好きな人の有無なんかも。


 ある種暗黙の了解みたいなところはあるけれど、知らないことだらけの人の家に上がり込んでここまで寛げる月島さんという存在がまた不思議に思えてきた。


「月島さんってさ……どういう人なの?」


 月島さんは振り向いて苦笑する。


「どうしたの? 急に」


「いや……なんかよく考えたら知らないことが多いなって思って」


「ん、そう?」


「そうだよ。例えば……兄弟の有無とか知らないじゃん」


「私、一人っ子」


 俺の腿に置かれた脚を見て『でしょうねぇ……』と思う。


「や……けど私は色々知ってるよ。湊さんのこと」


「そうなの?」


「ん。だって検索したから」


「名前で?」


「名前で」


 ネットストーカー!?


「えぇ……なんか変なの出てこなかった?」


「今の会社で出してるブログ記事がいくつかと、学生時代の卒論とかかな」


「あー……確かに。そう言うのは出てくるんだね……」


「後は中学生か高校生くらいのときに作って放置してると思われる本名のSNSアカウント。『Twitter始めた〜ナウ〜』とか『学校わず〜笑』とか呟いてたね」


「恥ずかしいんだけど!? 変なこと呟いてなかった!?」


「さてさて。どうかなぁ」


 月島さんはニヤニヤしながら前を向いた。


 仕返しに足の裏をくすぐると「にゃっ!」と可愛らしい声で反応して脚をバタバタさせる。


「湊さんのこちょこちょわず〜! なう〜!」


「やめてくれる!? 当時はそういう言い方してたでしょ!?」


「や、どうだったっけなぁ……小学生の頃だからなぁ……」


「微妙に年の差があるんだね……」


 月島さんは前を向いたまま「どうもそうらしいね」と呟いた。


「ま……お互いに知らないことはたくさんあるけど、理解してることもたくさんあると思うよ。算数で1足す1が2になる理由の証明はできないけど、感覚で2だよねって言えちゃうようなさ。体に染み込んでるっていうか……そういう感じ」


「なるほどねぇ……」


「だから、無理に知識を詰め込まなくてもいいかなって思ってる」


 その割には人の名前でググってたみたいだけど、なんて事は野暮なので言わないでおくことにした。


「なら、特に知りたいとも思わない? 俺のこと」


 月島さんは振り向いて頬杖をつき、にっと笑う。


「機会があるなら。質問タイム?」


「まぁ……答えられることなら」


 月島さんのことなのでまたどぎついジョークが来るかもしれないので予防線を張りながら承諾する。


「じゃ、中学生か高校生の時のTwitterでやたらと絡んでたリナってアカウントの女子との関係とか」


「めっちゃ知識詰め込んでるじゃん!?」


「や、論点はそこじゃないよ」


 月島さんの鋭い指摘が入る。


「あー……いや……まぁ……ほら、別に付き合ったとか、そういうのはなくてですね……」


「へぇ……ふーん……」


 月島さんは慌てている俺を見てジト目ながらも口元は楽しそうにニヤニヤと笑っている。


「……話題変えない?」


「ふはっ……そうだね……ふふっ……」


 月島さんはソファに顔を埋めて笑っている。


 やがて顔を上げると、どこかを見るように俺に横顔を向け「湊さんと飲むお茶は美味しいねぇ」と言った。


「俺は味がしないよ……」


「私のお茶、美味しくない?」


 月島さんが不安そうに俺を見ながら尋ねてきた。


「ううん。美味」


「ん。良かった」


 月島さんは安心した様子で前を向き、脚をバタバタさせながら読書を再開した。




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