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第6話 急げ

 病院の外は想像したよりもはるかに地獄だった。


 真っ赤な空、黄色い雲、目に見えるすべての色があべこべに見える。

 だけど今はそんなことなど気にしていられない。


 後ろから看護師らしき人間が追ってくるのが見える。

 配色も相まって、何かゲームのモンスターに追われているような錯覚に陥りそうになった。


 とにかく大通りを目指す。後先のことなんか考えていられない。


 大通りに出ると紫の人間たちの視線が突き刺さる。

 それを尻目に、タクシーらしき車を捕まえる。


 後ろを見るとまだ追ってきている。

 すばやく僕は緑のタクシーに乗り込み、運転手に叫んだ。


「そうっ・・・葬儀場にお願いします!」

「どこの葬儀場ですか?」

「指示しますからっ・・・とりあえず今は出して!」


 運転手はきょとんとしていた。

 その勘の鈍さが今はとても煩わしい。


「いいから早く!」


 太った運転手は焦った様子でドアを閉め、タクシーは走り出した。



◇          ◇          ◇

 

 葬儀場までは案外遠かった。

 タクシーで1時間半ほど走らせただろうか。

 去年おばあちゃんのお葬式をやった葬儀場。もし本当に僕が死んでいるのなら、ここで葬式をするはずだと思った。


「お会計を・・・」

「ここで待っててください。メーター回してていいんで」

「はぁ?」


 運転手の反論を聞く前に体がタクシーから飛び出す。

 裸足にコンクリートの感触がしっかりと伝わった。


 葬儀場の受付はすぐに見つかった。

 柔和な顔つきの女性はこちらの姿を見て少し驚いた様子だったが、すぐに平静を装い、一礼をして尋ねてくる。


「本日はお忙しい中、お越しいただきありがとうございます。いかがされましたか?」


 色だけではない。聞こえる音もおかしい。

 女性の声がくぐもったように聞こえる。微妙な音の聞こえ方も変化しているようだった。


「あのっ・・・ここの・・・」


 息が切れている。

 そのことに気づく余裕さえもなかったらしい。

 自然と体が深呼吸を欲し、体中に空気がみなぎるのを感じた。


「すいません。ここの葬儀場に、成田の遺体はっ・・・な、ないでしょうか」

「成田様ですか?」


 いぶかしげな表情を作る女性。確かに患者衣を身にまとった人間が遺体の場所を聞いてくる。そのことに違和感を持つなという方が難しいだろう。

 少々お待ちくださいと言い、女性は受付の奥へと引っ込んでいった。

 その時間すら今の僕には待ち遠しい。


「あのっ・・・名前はわかんないですけど、ここから1時間半くらいのところにある病院から成田の遺体が来てるはずなんです! 4日前に死んだから昨日か一昨日には来てるはず! 去年祖母の葬式をやったから絶対ここにきてます!」


 女性のいない受付に向かって叫ぶ。やや気ぜわしく受付の女性が戻ってきた。


「すみませんお静かにお願いします」

「いますよね。成田の遺体。会わせてください。お願いします」

「落ち着いてください」

「いや落ち着けないんですよ。成田の体に早く会わせてくださいって」

「落ち着いてください! 成田様のご友人ですか?」

「はい、そんなところです。早くお願いしますって」

「もう昨日葬儀は終わられましたよ」


 目の前がぐらつく感覚を初めて味わった。


 葬儀が終わった。


 それは遺体がすでに火葬場まで運ばれたことを意味する。


 火葬場まで運ばれた?


 今から行けば間に合う?

 そんなことは絶対にない。

 だった葬儀は昨日終わった。

 つまり昨日燃やされた。


 間に合わなかった。体が焼かれた。様々な思いが頭の中をぐるぐると駆け巡る。


 だけど一番突き刺さった事実。

 それはもう戻れないということ。


 この配色のおかしい世界で生きていかなければいけない。

 聞こえる音が微妙にずれた世界で暮らしていかなければいけない。

 これからはこの世界が、僕のすべてになる。


「あぁ・・・あああああああああああああああああ!!」


 人目は気にしてられなかった。

 力の限り僕は叫んだ。

 涙も涎も鼻水も止めるすべは何もない。


 自分の力で立てない僕は、誰かに引っ張られ葬儀場をつまみ出されてもまだ、入口で泣き叫ぶことしかできなかった。

 多くの人が僕のことを見ているだろう。でもそんなことは知ったことではない。


 くすんだ黄色いコンクリートに液体が垂れる。

 そこにいびつな色の影が差した。


「探したぞ森ぃ」


 男の声。顔を見ていないからもしかしたら女かもしれない。

 自分の感覚はあてにならない。

 もうどうでもいい。


 髪をつかまれる感覚があった。

 そうしてそのままずるずると引きずられる。

 痛みは前と同じ感覚だった。

 そのことが救いにも思えた。


「いたいた。とりあえずバーに運んどいて。今日開けんの遅くていいから」


 頭上で何か声がする。

 何人かの人間の気配がして泣き叫ぶ僕の服をつかみ強引に引っ張る。

 そのまま葬儀場の敷地を出て、車に突っ込まれた。


 さっきまで乗っていたタクシーとは全く違う車だった。

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