プロローグ うまくいかない演奏
音が遠い。
自分の感覚ではないみたいにすべてが進んでいく。
息を吸っても吐いても何も変わらない。
只一定の間隔で展開していく。
つまらない、楽しくない、やりたくない。
そんな気持ちが徐々に体を侵食して、気持ちと体を鈍らせていく。
目の前の鍵盤がぼやけ、そして暗転していくみたいに少しずつ闇が視界を支配していく。
そんな時にふと思う。何のためにピアノを弾いているんだっけ。
「成田君、止めて」
先生の言葉で僕の意思とは関係なく演奏の手が止まった。
ほっとした気持ちは無視した。
「ここ強かった。そんなこと譜面に書いてないよね? なんで譜面通りに弾かないの? もしかして私のことおちょくってる?」
音大入学時から1年間僕の演奏を聴き続けた先生は、苦々しく僕を見つめた。
あまり僕のことが好きではないと気づいたのは半年前。1年の秋くらいだっただろうか。
「すみません」
「謝罪はいいから、きちんと弾いて。動画でまた落ちるよこんなの」
動画審査、オーディションの書類と似たようなもの。地区予選に出場するためには通らなければならない、多くのコンクールで採用されている行程。
高校生の時までは落ちたことはなかった。ここに入ってから通過した記憶はない。
息を整えるふりをし、再度少し前から弾き始める。指が勝手に動いて音を紡いでいく。
そしてまたどんどんと音が遠くなる。意識がピアノから自分の思考の方へシフトしていく。
――何のためにピアノを弾いているんだっけ。
そうしてまた、演奏は止められる。