ルキと実験と謎のスライム?
僕はルキ。今は実験中。
なんだか新しい薬が作りたくなって、朝からずっと研究してたんだけど……特に使えそうな薬は出来ない。
もうお昼だし、お腹すいたな……何か適当にご飯でも作ろう…
………あ、しまった…他の事を考えてたせいで、何か変なスライムっぽいどろどろな物ができてしまった。
どうしよこれ……うーん、お腹すいたし先ご飯食べちゃうか………これは小瓶に詰めといて…
処理するのは後でいっか。
「痛っ」
…っう……余計な事考えてたから指切っちゃったよ.…….包帯ちょっと巻いとこ…
僕は少し血が出ている指に包帯を巻き、白衣を着たまま実験部屋を後にした。
床に自分の血が垂れている事には気が付かずに……
ルキがいなくなった研究室。
そこで一体のスライムらしき生物が机の上の小瓶の中で蠢いていた。
濁った緑色のその生物は、ただ小瓶の中でひたすら動いている。
しばらくしてその生物は、床に垂れている「魅力的な餌」に気が付いた。
スライムは本能的に誘われる様に、小瓶ごと体を揺らし、ついには机から落ちた。
割れた小瓶から這い出したスライムは、その餌を取り込んでいく。
………その体が、変質していった。
「……ごちそうさまでした」
手を合わせ、ほぼ習慣と化している言葉が無意識に出る。
誰も居ないリビングで1人食事をするのにも慣れたものだ。
でも、最近はキィル君がたまにやってきて、一緒に過ごす時がある。
「だから……1人だと、寂しい時もあるんだよね…」
……なんて言ってる場合じゃ無いや。早くアレを処分しなきゃね…
僕はそう思いながら食器を片付け、研究室のドアを開けると………
「××××!!」
「うわぁっ!!?」
中から何かに飛びつかれて、そのまま押し倒される様に転んでしまった。
「な、何だよ……っ」
どろどろと足辺りにまとわりついて来るそれは、さっき実験で僕が生み出した生物そのものだった。
「何、で、出てきて……ひっ!?」
突如スライムがボコボコと泡立つ様な仕草をし始め、恐怖の余り足を押さえつけられながらも目を瞑り顔を背けた。
い……嫌…だ……襲われ…る………!
しかし、いつまで経っても何かが来る様な感覚はない。
恐る恐る目を開けると………驚くべき光景があった。
「………っ…!?」
なんと、見た目や質感はスライムでありながら、僕と同じような姿形をした生物がのそりと立って僕を見下ろしていた。
「…な、なに……?」
「××××…」
目の前の生物は声とも言い難い音を発している。
顔の無い僕のような外見のそれは、僕を押し倒したような体勢になるようにゆっくりと僕に覆い被さる。
その感触が冷たくて、体に触れられる度に僕はびくっと体を強張らせていた。
「あ…あれ……?足の……感覚が……っ」
スライム生物に襲われてから少し経ち、始めにまとわりつかれた足の、冷たい物にずっと触れていたような感触が少しずつ無くなってきた。
動かそうにも、動かせている感覚も無く、どうなってるかはわからない。多分、動かせていないだろう。
そうしているうちに膝、大腿とどんどん脚の感覚が無くなっていく。僕はパニックと恐怖で動けず、だんだんと目の前の生物に侵食されるだけの餌となってしまっていた。
「……や…だ……いや…だ……」
子供の様にいやいやと首を振り嘘だと思ってみても夢から醒めたりはせず、この光景が現実であると突きつけられる。
「×イ××…××…」
「……へ………?」
目の前の生物が発した声から断片的な言葉のようなものが聞こえ、思わず目を見開く。
するとその時、バケツで水を被せられるようにベシャッと僕の体にスライムが浴びせられ、ついに全身がドロドロに覆われてしまい目の前が真っ暗になった。
そこで僕の意識は途絶えた。
「……あれ?」
目を覚ますと僕の家の天井が見える。いつの間にか寝ていたのかな…?
「……こんな所で寝ちゃうなんて、疲れて倒れたのかな………」
周りの雰囲気的に、ここは僕の実験室の前辺りだ。
体を起こそうとするが、何故か動きづらく、体が重い。
これは本当に疲れてるな……と思いつつ、腕を上げてみる。
「…………え……?」
目の前に現れたのは、自分の黄色いモフモフに覆われた腕ではなく、緑に透き通った弾力性のありそうな……スライムであった。
「うわぁあっっっ!!?」
慌てて飛び起きると、自分の下半身が見えるはずのそこには、さっきと同じく黄色の毛ではなく緑色のスライムだった。
「えっ…な……なに…これ………」
足を動かそうとすると、視界の奥側に伸びているスライムが考えてる事と同じ様に動く。
手を伸ばして触ってみても、触ろうとした足も、触るために動かした手も、全て同じスライムの塊であった。
一気に血の気が引いていく。
「あっ…あ……ああ……っ」
……僕の体は、全身がドロっとしたスライムの体になっていた。その事を理解し、とても重い絶望感が僕を襲う。
『….……ン』
「……!?」
どこからともなく聞こえてきた声。その声は、なんだか聞くのが初めてじゃ無い様な気がした。
『シュジン』
再び聞こえて来た声。今度ははっきりと言葉が聞き取れる。
しゅじ、ん………?何言って……
「って、誰だ……!?…僕に…何をしたんだ……っ」
突然聞こえて来た声に怯えながらあちこちを見回すが、自分以外に誰もいない。
……ところが………
『ゴ主人ッ』
「うわーーーーーーーーっっ!!?」
突然目の前に緑スライムが飛び出し、僕は大きな叫び声を上げた。
…………
「……えっと…それじゃあ、君は………僕がさっき作った生き物って…こと…?」
『ンッ』
しばらくして、恐怖が一周し逆に落ち着いてきた僕は部屋のベッドに座り、目の前の存在に向かって問う。
すると、話している、と言うよりも頭の中に直接言葉が入ってくる様に声が響き、僕はまた少しびっくりした。
「…何で自我が…それに……会話も可能なんて……」
『ワカラナイ。…ゴ主人ガ、生ンデクレタカラ?』
「生んだって………うーん……それは…まあいいけどさ……」
『ナァニ?』
「……どうして僕にそっくりな姿をしてるんだ…?」
目の前のスライム(?)は、未だ僕と同じ姿をし、僕の目の前の床に座っている。
スライムの性質はよくわからないが、目の前の生物と似た様な姿を取ろうとするのか…?
『ダッテ、ゴ主人、ゴチソウクレタ』
え?
「何もあげた覚えないんだけど……」
『ゴ主人ノ、カラダ。赤イ、ノミモノ』
「体?…赤い……はっ!?」
そこで僕は気がついた。
もしかしてあの時、怪我して血が出た時に血が床に垂れていた……?
そしてこのスライムが、怪我して床に垂れたのであろう僕の血を取り込み、僕の中の遺伝子情報とかから僕の見た目をコピーしたって事なのか…?
『アトネ、小サクテ、イッパイ落チテルノモアッタ』
……抜け毛かな。
「…まあともかく…」
『ン?』
「…体、治してよ」
僕はいまだに、スライム状の体のままであった。
そのせいで、さっきまで気付かなかったけどベッドに緑の液がベッタリ付いちゃってるんだよね……
『…モシカシテ……ゴ主人、ボクノコト、キライ…?』
…えっ。
『ボク……ゴ主人…ダイスキナノニ……ゴ主人は、キライ……』
いや、あの…
『イヤダ……嫌ダ嫌ダイヤダイヤダ』
「うわっ!?」
座っていたのが突然ブルブルと全身が震え出し、僕に飛びかかって来る様に距離を詰められる。
急に目の前に迫って来る相手に、僕は後ろに倒れてしまいそうになった。
『コンナニ…ゴ主人、ダイスキ……デモ、ゴ主人ハ…ボク、キライ……イヤダッ』
「ち、ちょっと、待って待ってっ、別に嫌いなんて言ってないよ…っ!」
好きとも言ってないけどね……
急に暴れ始めて何が何だかわからないが、僕はとりあえず弁明する。
すると、スライムがピタッと動きを止めた。
『…ホント…?』
うっ…スライムに目は無いのに、キィル君の上目遣いのおねだりの様にどこか否定できない感覚が……
「ほ…ほんとだよ…」
『ホント?…エヘ、嬉シイ』
……なんか凄くキィル君に似てる様な……気のせいか…?
「……とりあえずさ、この体、まだ慣れなくて……一回、元に戻してくれるかな…?」
再び刺激してしまわない様に出来る限り言葉を選んで言う。
『ンッ、ワカッタ』
そう言うとスライムはまた僕の体にくっ付き、表面でぐにゅぐにゅと動き始める。
流動的に動く体は全身をマッサージされてる様な感覚で、思わず「ぅぁ…」と声が出てしまった。
目をぎゅっと瞑りながらしばらく待っていると、だんだん体の感覚が変わって来た。
少し乱暴に触れば崩れてしまいそうな心許ない体では無く、動物本来のしっかりとした骨格や体の形を感じられる様になってきた。
ゆっくりと目を開ける。僕は、元の黄色いフワフワな体毛に覆われた体に戻っていた。
「…ふぅ」
安心からため息が漏れる。
「…えっと……君はどうするの?」
『何ガ?』
言ってみてから、ふと思う。
意図してでは無いとはいえ、この子を創ってしまったのは僕だ。……捨ててしまうか、このまま面倒を見るか、……はたまた「処分」してしまうかは、僕の責任になる。
最初、僕はこの子を処分してしまおうとした。
でも、自我があって、こんなにも僕の事を想ってくれるなら……一緒に暮らしてもいいかな、とは思う。
「……名前を決めてあげないとね」
『?』
「君の名前だよ」
『ン!ナマエ!』
一緒に暮らすのなら、名前は必要だと思う。
うーん……とは言っても…すぐには思いつかないなぁ……
……スライム状の……スライム……スラ…うーん。
「そうだ、『ルア』とかどうかな…?」
なんとなく、頭に浮かんだ名前を提案してみた。
『ンッ、ルア!ボクノ、ナマエ!』
うん、喜んでくれてはいるみたいだ。
『ナマエ、クレタ!ゴ主人、大スキ!』
「わっ」
スライムのルアがガバッと抱き付いてきた。
僕の姿を模倣している為、身長はぴったり同じだ。
僕はルアを、優しく抱き返す。
その体は、ひんやり冷たくて、見た目よりもしっかりしていた。
その後、ルアは僕の研究に付き合ってくれて、助手の様になってくれた。
食事は必要なかったが、僕の食べているご飯を興味津々に見ていたのであげると、顔のあたりから食べ物を取り込んでとても喜んでいたので、一応ルアの分も作ってあげる事にした。
更に、『モット役ニ立チタイ』と、血を分けてくれと言われたので、軽く指を切って血をルアに垂らしてあげた。
すると、ルアはそれを吸収し、顔に目や口が現れ、表情のようなものができた。また、話し声も少し明瞭になり、すらすら言葉が出るようになって、ルアもとても喜んでいた。
今では、ちょっと甘えん坊な弟の様な感じになった。
僕の血を分けたのに、僕と似てない所も多くてちょっと不思議に思っていたが、こんな生活も悪くない気がした。
ルアを生み出す時に、キィル君の体の一部が使われていた事に気付いたのは、その少し後の話だ。