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おねーちゃんが好き  作者: ヤケ酒あずき
第四章 わたしの選んだ真実
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瑞木由花 18歳 秋13

「由花」


 おねーちゃんはわたしの方に顔を向けて、けど視線は合わなかった。目元を隠す濃紺のヴェール越しに戸惑いを感じる。蒼い銀河を編んでできた修道服のような衣装は、おねーちゃんの首から足先までをすっぽりと覆い、口元以外は肌が一ミリも見えていない。


 敬虔で信心深く、人々のために神に仕え、奉仕する。おねーちゃんに着せられた偶像を具現化したようなドレス。おねーちゃん好みの色を使っているところが、まるでおねーちゃんの意思を反映しているみたいに見せかけるようなデザインで、余計に醜悪に思えた。


 わたしの登場で、観客席に困惑の声がさざめき、バンドの演奏が戸惑うように不安定にたわむ。ここにいる人たちの多くは、わたしを知っているはずだ。事実、エリカの妹だ、という声がちらほら聞こえる。すぐに広がって、三千人もの嫌悪と侮蔑の感情が、言葉や視線となってわたしに刺さる。


 でも、だからどうした。


 わたしは、こいつらを倒すためにここにいるんだ。


「おねーちゃん」

「ダメだよ、由花。それは絶対にダメ。由花のこと嫌いになるよ」


 かつてなく強い拒絶。痛いよ。でも、止まらない。おねーちゃんが歌うのを止められなかったみたいに、わたしのこの想いは止められないんだ。


 だって、こんなにも胸が熱い。


 手櫛で乱れた髪を整え、軽く服の裾を引っ張る。ほんの少しだけ可愛くなった。


「わたしね、おねーちゃんに言いたいことがあるの」

「由花、やめて」


 舞台袖に早桜さんが現れ、わたしを見つけ眦を吊り上げた。嘘、もう終わりなの? そう思った矢先、キヨにいが立ちふさがり、小声で何かを言い合い始める。……キヨにい、ありがとね。


 チケットをくれたコーチのことを思う。半分になった紙切れが、わたしの心に勇気をくれる。


 深呼吸する。震えそうになる声を必死で抑えて、少しでも可愛く見えるように、渾身の笑顔を浮かべる。




「わたしは、おねーちゃんを愛しています」




 おねーちゃんの口元がくしゃりと歪む。そのぶんだけわたしの心も傷ついた。あなたの優しさを無駄にしてごめんなさい。けど、これがわたしの出した答えなんだ。


「これは家族愛じゃない。わたしの愛は、おねーちゃんだけへの愛」

「……ワタシ、聞きたくないよ」


 それでも、わたしはおねーちゃんに聞いて欲しい。誤解のないように、間違われないように、慎重に言葉を選んで。


 会場中に聞こえるように。


 愛を、叫ぶ。




「わたしは一人の人間として、一人の人間である恵里佳を、愛しています!!」




「……由花」


 会場を、困惑が包み。


 バンドの演奏すら尻すぼみに消えて。


 やがて、わたしへの敵意が溢れる。


 暴言が客席から飛ぶ。ふざけんな、キチガイ女、ライブをさせろ、そこを降りろ、エリカから離れろ、変態、精神病患者、イカれてる。


 その通りだ。アンタたちは正しい。正しくて、残酷だ。


 叫ぶ。


「おねーちゃんのことが好きで好きでたまらない!! これが恋だって気づく前から、おねーちゃんのことを考えるだけで胸が苦しくて、夜も眠れなかった!! 可愛いって言われたら舞い上がるくらい嬉しくて、メイクをしてもらえたら緊張して顔が真っ赤になった!! おねーちゃんが触れてくれたところはずっと熱くて、抱き締められたら心臓が飛び出そうになった!!」

「……由花、どうして」

「おねーちゃんとキスしたい!! 手を繋いでデートしたい!! 二人だけで旅行は……もうしたけど、もっとちゃんとしたのを、またしたい!! おねーちゃんのトクベツになりたい!! 家族じゃない、人として、わたしを愛してほしい!!」


 思い出すだけで切なくなって、胸からきゅんきゅん音がしそう。とめどなく溢れる想いがわたしをどうしようもなくさせて、言葉が止まらなくなるのに、どんなに紡いでも想いの切れ端くらいしか届けられてる気がしない。


 ああ、わたしは間違ってるんだろう。許されないんだろう。頭がおかしいのかも、心の病気なのかもしれない。この気持ちは、カウンセリングや精神の薬を飲んだら消えてしまう、そんな治されるべきものかもしれない。


 けど。でも!! 


 例え誰がなんと言おうと、これは愛だ。愛なんだ。


 わたしが愛って、名づけたんだ。


 だから。


「だからわたしは、おねーちゃんを愛してる!!」


 暴言はより残酷さを増し、刑務所にぶち込めだとか子宮を摘出しろだとか言いたい放題。中には物を投げる人も現れた。おねーちゃんに当たらないよう、数歩下がって距離を取る。


 暴言を吐くなら好きにしろ。暴力だって受けてやる。でもわたしは、絶対に傷ついてなんかやらない。


 わたしは負けない。心臓を焦がすようなこの熱を、言葉に乗せて。


 ――叫ぶ!!


「だからわたしは、おねーちゃんを利用するやつらを許さない!!」


 ペットボトルがわたしの肩にぶつかり、服を濡らす。


「おねーちゃんに自分勝手な理想を押し付け、それ以外を否定するやつらを許さない!! 自分たちの望みどおりに振る舞うことや、喜ぶこと、悲しむことを強要するやつらを許さない!! それをおねーちゃんのためだと勘違いしてるやつらを許さない!! 自尊心を満たすために、おねーちゃんを憐れみ慈しむやつらを許さない!! 可哀想な人だって決めつけるやつを許さない!!」


 何言ってるんだお前、と誰かが言う。わからないよな、見たいものしか見ないお前らには。


「おねーちゃんらしさを決めつける奴らを許さない!! こんなに酷いことをしているのに、自覚がないやつらを許さない!! わたしの言葉が聞こえてるくせに、他人事だと思ってるやつらを許さない!!」


 アンタらの無理解が、おねーちゃんを追い詰めたんだ。だからわたしが目を覚まさせてやる。


 わたしは叫ぶ。叫び続ける。


「だって、そんなの間違ってる!! おねーちゃんはおねーちゃんらしく生きるべきだ!! 自分らしさを犠牲にしてまで、性的マイノリティの希望だとか救世主だとか、押し付けられた偶像を演じてやる必要はない!! 体を壊してまで、奉仕してやる義理はない!! おねーちゃんの歌で救われたとか生きる希望を貰えたとか言われたからって、気にすることなんかない!! そいつらは勝手に聞いて勝手に救われただけ。全部そいつらの意志で、そいつらの責任だ!!」


 とんできた靴が頭にぶつかり、よろける。


「自分の本当の望みがなんなのかわかってるでしょ? 歌うのが好きで、好きな歌を好きなように歌っていたいだけ。自分の居場所が欲しいだけ。ずっと昔からそう言ってて、今も変わってないんでしょ? なら、それを一番に大切にしなきゃ!! 周りの意見を全部無視しろなんて言わないよ。でも、おねーちゃんの一番大事なものを蔑ろにする奴らは、相手になんかしないでいい!! 自分らしく生きたって、おねーちゃんを応援してくれる人は必ずいる。そういう人たちを大切にしようよ!!」


 おねーちゃん。わたしの言葉、届いてるよね。全部、全部本当だよ。それはたとえば、わたしとか。おねーちゃんのためになら、地獄に行って閻魔の首だって取ってこれるよ。


「おねーちゃんの心はなんて言ってるの? その気持ちを大切にしようよ。大丈夫、わたしが、ちゃんと本当のおねーちゃんを見てるから。他のやつらが何をしようと、わたしが絶対に幸せにしてみせるから!! それもできないくらい、傷ついて、疲れてるんだったら……、今すぐわたしが、ここから攫ってやる!!」


 聞け。


 この会場にいる三千人の観客たち。


 日本にいる何万、何十万人のファン。


 いや、この世界と社会を作る七十億人だって構わない。


 おねーちゃんから自分らしさを奪うなら、いいよ、わたしが相手だ、かかってこい。


 それでも、わたしは絶対に負けない。


 だって、おねーちゃんを愛してるから。


 愛さえあれば、わたしは無敵。神様だって倒してやる。


 おねーちゃんに手を伸ばす。


 ……ああ。なんて素晴らしい、この気持ち。


 わたしはおねーちゃんを、こんなにも愛している!!


「だから、わたしを選んで!!」

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