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おねーちゃんが好き  作者: ヤケ酒あずき
第三章 力になりたいだけなのに
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瑞木由花 18歳 秋2

 ネイルと喧嘩別れした日の夜、ようやくおねーちゃんが生放送の歌番組に出演していた。リビングのテレビの前に居座り、目を皿にして画面を見つめる。うん、やっぱり体調が悪そうには見えない。司会がおねーちゃんに尋ねる。


『なんか最近大変そうだったけど、もう大丈夫なの?』

『はい。ファンの方には大変心配をおかけして、申し訳なかったですが』

『じゃああの写真の男性は、やっぱり彼氏じゃないんだ?』

『ええ、幼馴染とたまたま出会って、話が弾んでいただけです。心外ですよ、ワタシがあの時女性よりの体だっただけで、すぐに恋仲だって盛り上がっちゃって』

『その通りだよね。やっぱりまだまだLGBTの認識は社会に浸透していないんだ。性的マイノリティを支援するインフルエンサーとして、やることはまだまだありますね?』

『ええ、やりがいがあります』


 わたしは大きくため息をつき、脱力する。なんだ、そういうことだったのか。でも、誰だろう? 千葉県に引っ越してきたのは、おねーちゃんが中学三年生の頃だから、それ以降の知り合いは幼馴染とは言えないはず。それ以前となると、おねーちゃんを虐めたやつらだけだ。会話が弾むわけがない。


 新たな疑問が産むもやもやを吐き出ように、もう一度大きくため息をついた。


 インタビューを終え、おねーちゃんが歌を披露する。耳を傾ける。


 相変わらず、目を閉じると瞼の裏に別の世界が広がるような、素晴らしい歌だ。でも、一年前と比べて印象が変わってる。以前は誰もがおねーちゃんの歌声に耳を傾けたくなる不思議な引力を持つ歌声だったのに、今は聞き手の心にどこまでも寄り添うような、とにかく優しくて包み込むような歌声だ。方針の変更かな? 昔と違って、おねーちゃんの歌を聞こうとする人は、たくさんいるんだから。


 ……そういう話も、本当はもっとしてみたいんだけど。


 テレビが終わってしばらくした後、ダメもとでメッセージを送ってみた。すると、すぐに電話がかかってきて、慌てて出ながら、子供部屋に移動する。


「あ、お、おねーちゃん? えっと、久しぶり。大丈夫?」


 どうしよう、話したいことがたくさんあるのに、何も考えてない。


『うん、久しぶり。電話に出られなくてごめんね。なんかスキャンダルみたいなのがあったからって、早桜さんにスマホを没収されてたんだ。家族にくらい連絡させてくれてもいいのにね』

「あ、そうなんだ」

『由花、パソコンで決勝戦見てたよ。直接応援に行けなくてごめんね。負けちゃったけど、調子悪そうだったのに最後まで諦めなかったの、すごくカッコよかった。お疲れ様』


 話を聞いてるうちに、早桜さんへの怒りも、呑気なおねーちゃんへの不満も、負け試合を見られた恥ずかしさも、男の正体への興味も、全部吹っ飛んでしまった。


「……おねーちゃん、大丈夫? 体調悪いの?」

『あー、やっぱり由花にはわかっちゃうか。うん、ちょっとね。今日のテレビ見た? メイクさんに頑張ってもらったけど、ちゃんと隠しきれてたかな?』


 ネイルの心配が当たってた。少しだけ罪悪感が湧く。


「それは大丈夫だったけど……。来月にはライブツアーとかあるのに。休まないと」

『由花は心配しなくても大丈夫だよ。早桜さんにスケジュールを調整してもらって、本番までにはちゃんと元気になる。体調管理は大人の義務だしね』


 ぎゅっと唇を噛みしめる。そんな突き放したいい方しなくたっていいじゃんか。


「……おねーちゃん、今週はウチに帰ってこれそう?」

『うーん、ごめん。ライブが終わるまではずっと忙しいかな』

「それ、本当に休めるの?」

『大丈夫だと思うよ』

「……そっか」


 大丈夫、大丈夫、って。それじゃ何にもわかんないよ。


『じゃあ、そろそろ切るね』


 待って。もっとちゃんと話そうよ。今日出てた番組とか、仕事の不満とか、色々あるでしょ? わたしはあるよ。わたしだけなの?


 ――異常よ。


 ――あなたはお姉さんのことが好きすぎる。


 頭を振って、ネイルの言葉を追い払う。勢いで一番聞きたいことを尋ねた。


「ねえ、あの男の人って誰? 仲のいい幼馴染なんていないよね。本当はやっぱり恋人なの?」

『違うよ。ワタシに恋愛感情はないから』


 ほっと胸を撫で下ろす、自分に戸惑う。


『恋人というよりは、パートナー、かな』

「パートナー? 早桜さんみたいな人ってこと?」

『ううん、人生のパートナー』


 ……なんだ、それ。


 かき乱される。胸の中を巨大な蜘蛛が這いまわってるような気持ち悪さ。あの人は、お姉ちゃんが引っ越してから知り合った人のはずだ。まだ出会って一年もたってないはず。そんな人が、人生のパートナー? あり得ない。


 だったら、わたしの方が相応しいよ。わたしのほうが、ずっとおねーちゃんの力になれる。おねーちゃんのことをよく知ってる。


 ――あなたからお姉さんへの気持ちが強すぎるのよ。異常なほどに。


『由花?』

「なんでもない。じゃあお休み」


 あと一言でも続ければ、余計なことを言ってしまいそうだった。


 余計なことって、なんだよ。わたしは、おねーちゃんの力になりたいだけなんだ。






 十月のライブツアーは、横浜、福岡、札幌、羽田、名古屋、大阪の六か所を回り、五週間かけて十公演を行うツアーだ。一見楽そうだけど、リハーサルや打ち合わせなどを各会場ごとにすることになるうえ、その間にテレビの仕事もあるらしく、門外漢のわたしにはどれだけ忙しいのか想像もつかない。それにずっと移動続きでベッドが変わるなら、ぐっすり眠って疲れを取ることも難しそう。


 わたしは全部の公演を見に行きたかったけど、残念ながら受験生。お父さんたちに行くのを許されたのは、横浜と羽田のライブだけだった。


 チケットの倍率は、それはもう凄かったらしい。けど、おねーちゃんがいつもみたいに関係者席を用意してくれたから、横浜が一回と羽田が三回の、四公演全てを見られることになった。


 一回目のライブは横浜だった。正直、おねーちゃんが青い顔で現れたらどうしようって気が気じゃなかった。けど蓋を開けてみたら、顔色も歌声もいつも通りで、動きもキレキレで最高だった。布地を複雑に重ね合わせた、両手がすっぽり隠れる藍色の衣装も、鳥の羽みたいでめちゃくちゃクール。気づいたらファンに混じってペンライトを振りまくり、声援を送ってるわたしがいた。


 なんだ、大丈夫じゃん。やっぱりわたしの心配しすぎだったんだ。


 安心して、胸をなでおろして。わたしの視線は、関係者席や舞台袖、役員らしき人々に無意識に吸い寄せられ、気づけば“あの男”の影を探している。


 胸の奥には、いつも“あの男”への嫉妬心が渦巻いていて。


 わたしの心をじわじわと蝕み、掻き立ててくる。






 ライブツアーが始まって二週間。四、五公演目は、十月十六、十七日に羽田での開催だった。場所はZepp Haneda。さすがに四公演もこなせば疲れが出てもおかしくないんだけど、もちろんおねーちゃんはプロだから、そんな様子はみじんも見せない。ファンを最高に楽しませて、わたしももちろん楽しんだ。でも感想は直接言いたいし、しっかり休んで欲しいから、お疲れ様ってメールを送るだけにしようと思ってた。


 その日のライブを終えた直後の午後二時過ぎ。早桜さんからおねーちゃんが倒れたって連絡がきた。

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