仲間がすぐ死ぬのでヒヤヒヤしてるヒーラー②
「──よっしゃあのババアバラすぞ!!」
「口悪っ……」
目の前の老婆を敵と認識したカナトが、吠えるように言って剣を掲げる。レンとマサムネも、雄叫びを上げて突進していく。
イリアは彼らの野蛮な様に少し引き気味にも、一歩下がって杖を振るう。
「マサキ君、起きなさい」
「人使いが荒いぜ……」
魔女の初撃により本日19回目の死を体験していたマサキが、のっそりと立ち上がる。
「命使いが荒いのはどっちよ……ところでマサキ君、あんたさっきなんで死んだの?」
「あのババアになんかされた」
「なんかって何」
「分からん」
どんな強大な魔法よりも、分からない魔法が最も恐ろしい……。
まもなく、カナトが真っ二つに切り裂かれる。
「《アルティメット・ヒール》!!」
マサムネが突然爆散する。
「《アルティメット・ヒール》!!」
レンが大量の血を吐いて倒れる。
「《アルティメット・ヒール》!!」
イリアがやることは今日も同じ。死に続ける仲間を生き返らせるだけ。
「ほほう、これは確かに厄介だねぇ……」
イリアの魔法に、しかし老婆は悠然と立っている。
私──女神オムニバスはそれを眺めていた。
紙装甲……いやもうこれは金魚すくいのポイ装甲とでも言ってしまおうか。
とにかく死にまくるイケメン四人と、歴史に名を残す最強ヒーラーのデコボコ勇者パーティは今、恐ろしい巨悪と対峙している。
第二次元界を観測するなら、やはり魔法戦闘を見ないわけにはいかない。これがたとえ「出オチ」だろうと、私は彼女らの戦いを確かに見届けたい。
増してや、相手が呪いなら尚更だ。
老婆が杖を振ると、また四人が死んだ。
何が起きたとか、どうして死んだとか、そんなのはこの際もうどうでもいい。
イリアはもう一歩引いて、蘇生魔法を続けるだけだ。
「とんでもない魔法だ……しかし、神の力には及ばないね」
「……神の、力………!」
深く被ったとんがり帽子の隙間から覗く怪しげな目に、イリアは寒気を覚える。
「野郎共! 撤退!!」
すると戦場を見据えていたイリアは突然、声を上げて四人を招集する。
「撤退!? なんでだよ、もうすぐ勝てそうじゃねえか!」
「いや一発も攻撃当ててないですけど!?」
「違げぇんだよ、そろそろ死に慣れてきたんだよ!」
「それは限りなく負けに近いよね!?」
マサムネの一太刀はまたしても老婆には届かず、逆にその体が大きく後ろに吹っ飛ばされる。
「くっそ、痛ぇ……!」
「ほう……転んでも死なないか」
「ほら、あんた達が簡単に死にすぎて魔女さんも感覚変になってるじゃん!! スペ〇ンカーかなんかだと思われてるよ!」
イリアの足元で、マサムネは尚野獣のごとく眼光で敵を見つめている。
「おいイリア、撤退ってどういうことだ? 俺達は今まで一度だって敵に背を向けて来なかっただろ!?」
「あれはヤバいの! 一万年以上忌み嫌われながらも生き続けてきた最悪最強の組織、『呪術教』の一味!! あんたも中学の歴史で勉強したでしょ?」
「俺は小卒だぞ?」
「僕は中卒」「俺も小卒」「高校中退の俺が一番上か」
「こんの学歴デフレ勇者があぁっ!!」
イリアは頭を抱える。
「とにかく! あれが使う魔法は原理も正体も分からない謎の魔法なの! あれで殺されたら蘇生できる保証もない! 何よりあの余裕……私を先に殺そうとしてる! そしてあいつならきっと、それができちゃう!」
老婆を指差して説明するイリア。
油断などしたはずはない。ただ、味方に対して込み上げる怒りが、警戒心を上回ってしまっただけのことだ。
その一瞬、イリアは敵から目を離してしまった。
「呪術だなんて、人聞きの悪い。あたしたちが使ってるのは神の力……人呼んで『運命』だよ」
老婆は杖を手放し、両手を前に突き出した。
刹那。黒い閃光が、イリアに襲いかかった。
「「「イリアを守れえぇぇぇぇえ!!」」」
カナト、レン、マサキが飛び出しイリアの前に立ち塞がる。不気味な輝きが3人の勇者を包み込む。
「あばばばばばばば!」
「あ、これガチで死ぬやつだあぁぁばばばば」
「し、死ぬ! こ、この攻撃で僕が死ぬ確率……」
全身がぐちゃぐちゃになりながら、カナトは中卒の脳味噌を使ってデータを弾き出す。
「この攻撃で僕が本当に死ぬ確率……50%」
あとの50%は、イリア頼みということだろう。
「クソ馬鹿勇者どもがあぁぁぁあ!!」
イリアの杖が光り輝く。
《アルティメット・ヒール》──壊れていく3人の肉壁を、瞬時に修復していく。壊れたら治療、壊れたら治療、その繰り返しだった。
「ば、馬鹿な……」
耐え続ける3人を前に、老婆は目を丸くする。
「神の力を受けて、死なない!? 運命に抗っているだと……?」
その背後を捉えたのは赤いハチマキの男だった。
「必殺! 《墾田永年私財法》!!」
マサムネはなんとなくカッコイイ言葉を叫びながら、大剣を振り下ろした。
「運命に抗う力……まさしく、神の子! ああ! こんなところで出会えるとは……!!」
老婆は肉壁の奥のイリアをうっとりと見つめる。
不気味なほどの笑顔は、マサムネの斬撃によって真っ二つに切り裂かれた。
「倒した。……倒したぞおぉぉぉぉお!!」
「うおおおおおおおおおおおお!!」
「なんか強そうなやつ倒したぞ!」
拳を振り上げるマサムネに、ボロボロになった3人が応える。
完全に肉片と化した老婆を前に、イリアも安心してへたりこんだ。
「まったく、世話の焼ける……」
勝利の栄光に浸り、騒ぎ立てる4人にイリアは呆れた視線を向ける。
「あのさ、あんた達……自分を囮にされてマサムネだけ何の痛みも苦しみもないって、ほんとにそれでいいわけ?」
するとマサキ、カナト、レンの3人はきょとんとした顔で答えるのだ。
「別にいいだろ。勝てたんだし」
「マサムネに攻撃を任せた方が勝率が高かっただけのこと」
「それに、イリアが守ってくれるって信じてたし」
相変わらず軽いノリの仲間達に、イリアは呆れるあまり笑うしかなかった。
ただ、自分に向けられる圧倒的な信頼を、悪くないと思う気持ちも持ち合わせていた。
「何座り込んでんだよ、イリア」
マサムネが「やりきった」みたいな顔で近付いてきて、イリアに手を差し伸べる。
まあイリアからすれば、自分を犠牲にせず敵のもとへと走った彼こそがMVPだったろう。
イリアは彼の手を取って、立ち上がった。
「さあ、ヒーラー様。勇者の剣とやらを回収しに行こうぜ!」
***
私は口をゆすいで、歯ブラシを片付ける。
「んで、この後こいつらは……なるほど」
この後の五人について。
彼らは迷宮の最奥部に辿り着き、勇者の剣を見つける。それはなんかめっちゃ固い石に突き刺さっていて、勇者の資格が(以下略)ってやつだ。
順番に剣を抜く流れになるのだが誰も抜けない。レンもカナトもマサキも、マサムネでさえ。
で、イリアが試しにやってみると抜けた、と。
勇者の資格があるのはヒーラーのイリアだった。
うむ、実にシンプルで分かりやすいオチだ。私の上の、上の方にいる『運命の神』様にも教えてあげたいものだが……。
いいや、これは私だけが知っている、私だけが観測できるエピソードだ。
人間個々を見て、こうして面白いだの駄作だのと評価できるのは私の特権なのだから。
窓際族の優越感に、私は浸っていたかった。
「さて、次の人間は……」
観察対象を探しながら、私は思う。
神様というのは、どうしてこうも無慈悲なのだろうか、と。
彼らは愛がなんだ運命がなんだと、たった一つの概念に縛られて、善悪の区別さえついていない。人間に近い価値観を持つ私からすれば、あれは思考放棄した愚か者と遜色ない。
私なら絶対、あの呪術教とかいう連中は排除するはずなのに。
……いいや、こういう考え方が既に、神様には通用しないのだろう。
自分が神の中で下の下の下にいると痛感する。
「あ」
しかし、私は思い出す。
私の知り合いの神様に、大きいけれど奇妙な仕事をしている、実に感情豊かな者がいる。
彼が「導いた」人間を、次は観察してみよう。
『──ここは、どこだ』
ベッドから起き上がった青年がぽつりと呟いた。
異世界転生者、というやつである。




