仲間がすぐ死ぬのでヒヤヒヤしてるヒーラー①
牛の頭に人間の体、体長はおよそ三メートル。「ミノタウロス」の太い右腕が大剣を振るう。
まもなくグシャッ! と音が鳴って、鮮血が舞う。
今、二人の男の首が同時に飛んだ。
「あー、こいつらはほんとに……」
嘆くように呟きながら、自分の身長と同じくらいの高さの杖を構える少女。
(レンの脊髄はまだちょっと繋がってる……優先すべきはマサキかな)
杖の先端、ルビー色の宝玉が輝きを放つと、彼女の亜麻色の髪がふわりと揺れる。
「カナト! マサキの首くっつけて!」
「ああ、了解した!」
少女の指示通り、カナトと呼ばれた男が飛んだ首の片方をキャッチし、元の場所に押し付ける。
「癒しの聖霊よ、我が命に応え顕現し、かの者の魂を呼び戻せ、《アルティメット・ヒール》!!」
少女は呪文を唱えると、杖を振るって宙に光の線を描く。
するとマサキの首はたちまち肩と繋がり、傷一つ無い元の姿に戻った。
まさに「魔法」そのものである。
「ふう、死ぬかと思ったぜ!」
「一回死んだんだよ! 私が生き返らせてあげたの!」
「感謝するぜ、イリア様!」
魔法使いの少女、イリアは大きく嘆息した。
「イリア! レンもお願い!」
少し遠くで、カナトが呼ぶ声がする。首が飛んだのは一人では無い。
「癒しの聖霊よ——」
イリアは杖を振るい、先程と全く同じ作業を繰り返した。
しかしそんな中でも戦場は動いている。
ミノタウロスはもう一度首を跳ねてやろうとばかり、大剣を担いで突進してくる。
「イリアを守れ!」
二人の血で手を真っ赤にしたカナト、首が戻ったマサキとレン、その三人が固まってイリアの前に立ちはだかる。
盾だの弓矢だの槍だの、武器のバリエーションがあるわけでもない。
このパーティは全員、同じようなフォルムの剣を片手に構えている。
「——ガアァァァァァァアッ!!」
すると突然、ミノタウロスは悲鳴を上げて膝をつく。
見ると、その大木のごとき足にはざっくりと切った跡が見え、そこから赤黒い血が滲んでいた。
「英雄マサムネ、トイレ休憩からただいま戻ったぁぁぁぁぁっ!!」
激しい咆哮に顔を上げると、ミノタウロスの顔の上に人影が現れる。
茶の短髪に、赤いハチマキ、肩に担ぐのは他の三人よりも三倍はあるだろう太さの大剣。
ニカッと笑った表情は、まさに「悪ガキ」のそれだ。
「《オーガニック・コットン》!!」
彼の「必殺技っぽい言葉ランキング」上位であるその叫びとともに、斬撃が振り下ろされる。
全くアホなものだが、そのパワーだけは目を見張るものがある。
その一撃は、一切の抵抗を感じさせずミノタウロスの太い首を切り落とした。
「「「「よっしゃあぁぁぁぁあーーーーーー!!」」」」
眼鏡をかけた空色の髪の美青年、カナト。
パーマを当てた髪と柄シャツが特徴的な色男、マサキ。
端正な顔立ちをした黒髪の少年、レン。
そして赤いハチマキでその小さな脳味噌を締め上げている熱男、マサムネ。
四人の叫びが、迷宮内に響き渡る。
そのすぐそばで、少女イリアは力なく座り込む。
「あぁ……今日もヒヤヒヤしたぁ……」
私——女神オムニバスはそれを眺めていた。
第二次元界、魔世歴二期3000年。とある凶悪な「魔王」が出現してはや五十年。
魔法大国であったジュピーナ王国は度々「勇者」を派遣して魔王を討伐するよう命じ、しかし彼らは皆ことごとく魔王に敗れていた。
そして、このイリアという少女率いる「絶対魔王討伐隊(マサムネ命名)」というチームもまた、王国から派遣された勇者パーティの一つであった。
——ピピピピピピピピピピピピピピピ。
おっと失礼、タイマーが鳴った。
私はカップ焼きそばの湯を流し、ソースやらマヨネーズやらをかけて準備を済ませる。
「いただきます」
濃い醤油の匂いを感じながら、私は放心したイリアの表情を観測する。
それにしてもこの男達、揃いも揃ってイケメンばかりだ。
カナトはインテリ系、マサキはお洒落系、レンは爽やか系、マサムネは熱男系と、見事にタイプも違っている。私の好みはレン君、顔だけ見るとね。
が、名前とかは覚えられる気がしない。このジュピーナという王国の住人と、あと第一次元界の日本という国の住人の名前は、どうも個人的に覚えるのが難しい。
ということで、別に覚えなくてもいいよとだけ断っておく。
大事なのはこの少女だ。
亜麻色の髪を肩まで伸ばした、大きな特徴も無い平凡な容姿。誇り高き勇者パーティの魔法使いだというのに、神官や魔女のような恰好をしているわけでもなく。
庶民的なごく普通のパーカーを身に付けて、迷宮探索などをしてしまっている。大きな杖がどうも似合わない。やる気ゼロのコスプレみたい。
「——戦い方が酷過ぎる!」
ミノタウロスの死体を解体しながら、イリアは苦言を呈した。
「何か問題か? 言いたいことがあるなら遠慮なく言うんだぜ」
手際よくナイフを動かしながら微笑みを向けてくるマサキに、イリアは上下の歯を噛みしめる。
「だから! この旅が始まった時からずっと言ってる!! 四人とも! 何も考えず突っ込むな! マサキ君今日何回ミノタウロスに殺された!?」
「首跳ねられたのが五回、胴体真っ二つが五回、乱切りが一回、イチョウ切りが二回」
「野菜みたいに切られるな! 途中カレーできるんか思ったわ!!」
するとイリアの隣で、カナトの眼鏡がきらんと輝く。
「マサキが今日十回以上死ぬ確率……100パーセント。計算通りだ」
「カナト君は何のデータを取ってるの!?」
「そして、マサキが切られてカレーが完成する確率……2パーセント」
「50分の1で何が起こっちゃうの?」
「ごめんイリア、指切っちゃった」
回復魔法を求めて歩み寄ってくるのはレン。彼は別段奇妙なことを言うわけでもなく、真面目にミノタウロスの解体にあたってくれているようだ。
「あーはいはい、じゃ手見せて——ってなんで指全部無くなってるの」
「間違えて切っちゃった」
「間違え過ぎでしょ」
イリアは一本ずつ丁寧に、レンの指をくっつけた。
途中、中指と薬指を逆にして面倒なことになっていた。
「あぁ……早く魔王倒して帰りたい」
作業に戻り、ミノタウロスの肉塊に力いっぱいナイフを突き立てるイリア。マサキとカナトとレンは、取れた肉を纏める作業に取り掛かっている。
「俺達はもっと長く旅したいぜ!」
そんな中、降り注ぐのは悪ガキの声。
見上げると、肉塊の上にマサムネが座っていた。
「なんだって早く帰りたいんだ? こんなに楽しい旅は無いだろ」
イリアはまた、大きく嘆息する。
「あのね、さっきも言ったけど、私はこのパーティの戦い方が心臓に悪くて嫌なの」
「全員死ぬ気満々で突っ込むからか? そりゃ、王国随一の最強回復魔法使いのイリア様がいてくれりゃ、死ぬのなんて怖くないわな。取れた首繋げちまうんだもん」
魔法技術が進化の一途を辿っていたこの時代だが、その中でも魔法というものがある程度の「常識」の上に成り立っていたのは言うまでもない。
その中でも、「死んだ人の命を生き返らせることができない」というのは最も代表的な常識だろう。
しかし、この次元界の歴史の中でたった三パターンだけ、蘇生魔法を成功させた記録が残っている。
そのどれもが理論を解明できない「奇跡」だったわけだが、もしやそのうちの一つが彼女、イリアなのかもしれない。
とんでもない人間を観測してしまった、と思いつつ、私は焼きそばを啜る。
ニカニカ笑いながらイリアを称えるマサムネに、しかし彼女は頭を抱える。
「私の蘇生魔法は確かにどんな悲惨な状態からでも回復できるけど、死んでからある程度時間経ってたら効かないんだよ!? もし私がミスしたり、先に死んだりしたら、それだけでおしまいだよ!?」
「まーそん時はそん時だろ」
「命が軽い!」
「まあとにかく、俺達はイリアがいてくれるおかげで全員攻撃に徹することができる。盾も弓矢も魔法攻撃も要らない。全員が大好きな剣で戦えるんだ!」
「……はぁ」
イリアは不服に思いつつも、マサムネの満面の笑みの前に何も言えずにいた。
そもそもこのパーティは編成がおかしいのだ。
敵の攻撃を受け止めるタンクもいなければ、迷宮内の罠に対応するシーフもいない、接近するのが難しい魔物に攻撃するための魔法使いもいなければ弓使いもいない。
いるのは一人の最強ヒーラーと、四人のクソ馬鹿アタッカーだけだ。
「信頼してくれるのは結構だけど、せめてもうちょっと安全な戦い方をしてよね……」
「その点俺は今日一回も死んでないぜ!」
「……………………」
マサムネを薄い目で見つめるイリア。
「な、なんだよじっと見て。なんか文句あんのか?」
「今日の戦闘、あんた途中でトイレ行ったよな?」
「しょうがねえだろ! 仲間が死ぬか、自分が漏らすか、イリアならどっちを選ぶ?」
「喜んで漏らすわ!」
……イリアの苦労を心中察する。
さて、肉を剥ぎ取り食料の調達が終わると、彼らは迷宮の更に奥へと進む。
「さあ行こうぜ! 勇者になるのはこの俺だ!」
今回彼らがこの場所を訪れたのは、どうやら一本の「聖剣」を手に入れるためらしい。
この「エドリック迷宮」の最奥部に眠っているのは、人呼んで「勇者の剣」。勇者の資格を認められた者だけが抜けるとかいう、まあファンタジーの定番だ。
正直、彼ら四人の中に勇者の資格がある者がいるかと言えば、その保証は無い。
というか寧ろ、イリアの表情を見る限りでは、その希望は限りなく薄いのだろう。
「あ、イリアすまん、死ぬわ!」
「僕がうっかり剣を落とす確率、98パーセント……計算通りだ」
「イリアー、間違えて自分の四肢切断しちゃった」
「《オーガニック・コットン》! 《ダグラス・マッカサー》! 《天丼大盛》!」
道中、魔物の群れを掃討しながら進む。
死んでは生き返って、死んでは生き返っての繰り返し。酷い有様だ。
いくら火力特化のパーティとはいえ、紙装甲が過ぎる。
ゴブリンの攻撃で死ぬ勇者がどこにいるだろうか。
唯一今日まだ死んでいないのがマサムネだが、おそらくたまたま運が良いだけなのだろう。
一方マサキの死にっぷりに関しては、運などで片付けられるものではなさそうだが。
たった今、マサムネの必殺技《天丼大盛》の巻き添えを喰らってマサキが吹っ飛んだ。
「よしっ、俺12キル!」
「マサムネまだまだだな! オレ20キル・5デス!」
「僕は10キルだな」
「俺は42アシスト」
こうしてFPSゲームみたいに戦績を自慢し合えるのも、イリアという絶対的な安心材料がいるからだ。
ていうかレン君ちょっとずつ敵に触ってアシスト稼ぐな。
「よっしゃぁ、この調子でアチーブメント解放すr——どわあぁぁぁぁっ!?」
全速前進を決め込むマサキ。
すると次の瞬間、その体が大きく吹っ飛ばされた。
いつものことだ、と冷めた目で見るイリア。
しかし敵の正体を捕捉した瞬間、彼女は目の色を変える。
そこにいたのは、巨大なミノタウロスでも、ドラゴンでも、ゴーレムでもない。
自分達と同じ大きさの、他でもない人間だった。
暗い紫のローブで身を包み、つばの大きなとんがり帽子を頭に被る。右手にはイリアのものと同じような杖を握っており、その腰は大きく曲がっている。
その姿を言い表すならば、「魔女」の言葉だけで十分だった。
帽子の影から怪しげな目が覗く。顔面はしわくちゃで、老婆にも、死神にも見える。
それぞれが警戒の色を見せる中で、魔法使いのイリアだけが、その見た目以上の不気味さを感じ取っていた。
「君達が『絶対魔王討伐隊』だね?」
「「はい!」」
しゃがれた声に、レンとカナトが元気よく返事する。テンション感を間違えている。
イリアはおもむろに杖を構えながら、老婆に尋ねる。
「あなたは何者ですか? 何故私達を知っている?」
「凄まじい魔力……やはり間違いないね、『運命の反逆者』」
イリアは意味深な言葉に顔を顰めつつも、耳を貸さないとばかりに質問を続ける。
「何が目的ですか? あなたは私達の味方? それとも敵?」
「ふむ……話が早いね」
老婆もまた、杖を構えた。
「私は君達を殺すために、この迷宮を訪れたのさ——」
***
私はカップ焼きそばを食べ終わる。
口の中がギトギトするな、ハミガキをしよう。
にしても、結構面白くなってきたな。
「運命の反逆者」……と。
あの時代において、正義の味方に対してあの言葉を使うのは十中八九、あの組織しかいない。
「ほれ、あんたの子が少女をイジメようとしてますよー」
……なんて言ったところで、私ごときの言葉が、最も多くの時代で最も多くの人間に信じられてきた上位の神様の耳になど届くはずなどない。
私はただ観測するだけだ。
正直、この先はあんまり見たくはないけれど。
折角ならキリの良いところまで、この「出オチ」を見届けよう。