普通に自分に非があって追放される冒険者
「──アイク、お前にはこの冒険者パーティを辞めてもらう」
厳格さを感じさせる、低いトーンの声に、アイクは絶句した。
彼の絶望の表情を蔑むように見下ろすのは、真っ赤な髪とがっしりとした体躯が特徴的な男、オルガ。
アイクの所属する冒険者パーティ「きらめき☆マジカル」のリーダーである。
「え、ちょぉ……それは無いてマジでぇ……」
銀髪の裏に携えた黒い目玉は、しかしいつも以上に黒を増しているように見える。
すっかり途方に暮れた彼の前で、オルガはゆっくりとため息を吐く。
「……さっさとこの宿から出ていけ」
オルガが契約しているというこの六畳一間の空間には、二人の男の沈黙とともに、ひたすらに重苦しい空気が流れていた。
私──女神オムニバスはそれを眺めていた。
第二次元界、紅歴200年。人類の敵は魔物だけであった、ある意味で平和と言えて、ある意味で物騒とも言えたこの時代。
繁殖力と獰猛さを増す魔物によって、「冒険者」という職業はその意味を変えた。
元は世界各地を旅して自由に依頼をこなす、言わば「何でも屋」であった冒険者だが、この時代に至っては魔物を討伐することが仕事の九割を占めていた。
命に関わる危険な仕事である以上、仲間達の間でいざこざが起こることは多かった。
特によく見るのがこれだ、「パーティ追放」。
メンバーの能力がそのパーティに適していなかったとか、単純に気に入らなかったとかで、そのメンバーを追放してパーティの平穏を保つのはよくあることだった。
労基が無いファンタジー世界は雇用者の絶対君主制で成り立っているのだ。
そして今、このアイクという青年もまた、パーティから追放されそうになっている。
「どんまいどんまい、私はあんたを応援してるよ」
事情は知らないが、私はこのオルガという男の顔がなんか嫌いだ。ジムとか行ってそう。
私は煎餅とかをバリボリ食いながら、そっちの爽やか系のアイクを憐れんでいる。
「ちょま、ヤバいてそれは、なんでなん? ちょなんでか教えてやヤバいて」
やや……というか、かなり鼻につく話し方で、オルガに説明を求めるアイク。
いやしかし話し方で人間性を問うのはあまりにも浅はかである。
私は観測を続ける。
するとオルガは、やはり大きなため息を吐く。
「なんで、か。お前それ本気で言ってるのか?」
「いやマジで! いきなり辞めろとか言われてもオ(↑)レ納豆できんて! ……って、納豆やなくて納得やろがい! ヒィーッ、ヒィーッ! オ(↑)レやっぱおもろいわぁ……!」
………………………………。
私は観測を続ける。
「でもいやマジでなんでか教えて! 殺すぞ!」
「せめて下から来いよ」
「オ(↑)レは上から行くでぇ!」
………………………………。
私は観測を続ける。
するとオルガはゆっくりと語り始める。
「お前、昨日の任務のことは覚えてるか?」
「覚えとるわけないやろ、行ってないんやから」
「そうだ、お前は昨日の仕事をブッチした」
………………………………。
煎餅美味い。
「そのせいで、仲間のラルフが死んだ」
「え、マジか、えーうおぉぉ…………」
アイクは何故か少し嬉しそうである。
しかしギリギリで何かを我慢したかのように、悲しそうな表情に切り替えた。
「そっかぁ……あいつ親二人ともおらんかったしなぁ。遺産相続とかどないすんのやろ……」
「ふうぅぅぅぅぅぅぅ……」
オルガは大きく息を吐く。精一杯のアンガーマネジメントだ。
「てかさっきさぁ、オ(↑)レが仕事行かんかったせいでラリヒは死んだつったやんか?」
「ラルフだ」
名前の間違いを指摘されたアイクは「ああ、まあな」と失笑する。
「でもラフルが死んだのは現場にいたお前らのせいやろ。うわ、人殺し! ヤバ! 裁判しようぜ! 最高裁や! カンカン! 意義アリ! オルガ被告人! 死刑!」
オルガはアイクをぶん殴った。
「どぉっへいっ!?」
腹にクリーンヒットを喰らったアイクは、吹っ飛ばされて壁に激突する。
「え、ちょキッモ、いきなり殴るとかキッモ!」
喚き立てるアイクの前には、怒りに満ちたオルガの表情。
「お前を裁く法がまだこの国に無いことが残念でならない……」
噛み殺すような目つきに、流石のアイクも危機感を憶える。
「いやゴメンて! ゴメンて! なんか分からんけどキレてるなら謝るて!」
土下座を繰り返すアイク。プライドなど無い。
「……隙あり!」
と、思いきや。アイクは突然立ち上がって、オルガに襲い掛かった。
オルガはアイクをぶん殴った。
「いいか!? よく聞け! お前がパーティを追放される理由! 教えてやる!」
アイクに馬乗りになったオルガは、唾を撒き散らしながら叫ぶ。
「まず、お前は性格が悪い!」
「は? お前に言われたくないし!」
「仲間の命より金を重んじる人間がどこにいる!?」
「いやまあ正直、ラリヒのこと皆嫌いやったしなぁ……しゃーないやろその辺は」
「ラルフは皆に好かれていた」
「嘘やめろて。ラリh……そいつがオ(↑)レと同じくらい好かれてたとかヤバいて、目ん玉ついとんか? 節穴か? フシフシやん!」
「お前は皆に嫌われていた」
「お前の主観で話すなて」
オルガはアイクを組み伏せたまま、その顔にもう一発拳を入れる。
そして、冷静ながらにまくし立てる。
「いいか、お前はクズだ。俺の彼女に手を出そうとするクズだ。目の前で骨折した仲間がいるのに、かすり傷程度で喚き散らし回復魔法を求めるクズだ。クズの人類代表選手だ。会話の途中で割り込んできて自分の話をし始めるクズだ。そしてその話が面白くなさ過ぎるクズだ。オモンナ・オブ・ザ・イヤー三年連続大賞者だ」
「は? は? ちょ、キッモ、キッモ。どけって! 乗るなってどけって!」
さぞかし「悪口を言われた」程度にしか認識していないのであろうアイク。
そんなことにはお構いなく、オルガは続ける。
「パーティの名前を好きなアイドル曲のタイトルで勝手に申請するクズだ。俺の宿に入りびたり、金も払わなければベッドも占領するクズだ。寝ている間に俺の髪を油性絵の具で真っ赤に塗るクズだ。死んだ方がいい感じのクズだ。辞書にクズ以上の言葉をあと十個付け足してもいいくらいのクズだ」
冒険者パーティ「きらめき☆マジカル」の命名者であるアイクは、さぞ納得がいかないというような表情で、その髪よりも赤くなったオルガの顔を見つめる。
「そ、そんなん言うたってなぁ! 冒険者は実力主義やねん! クズで結構コケコッコー! オ(↑)レを追放したらまたあの、あの、死んだ奴みたいにまた仲間死ぬで!」
「いやお前めっちゃ弱いんだよ……」
オルガは付き落とすように言った。
「お前の言う通り、ラルフはお前のせいで死んだんじゃない。凶悪なドラゴンに食い殺されたんだ。お前がいたらもしかしたらもう一人くらい死んでたかもな……」
「それは無いて! それは無い!」
「いいか、アイク。お前は魔法の一つも使えなければ、剣の扱いも拙い。独断行動ばっかりする。そしてシンプルに体力と筋力が無い。神官のマーナより無い」
「まあ上の中ってことは分かっとるわ。自認しとるで自認」
「下の下の中だ」
アイクは不服そうにしながらも、子供みたいに目に涙を浮かべて顔を歪ませ始める。
おそらく「面白くない」と「弱い」が相当効いたのだろう。もうそろそろ顔面崩壊も我慢できなくなりそうだ。
「そんなんいきなり言われても知らんし……」
「……お前の最悪の弱点はそこだ」
死んで欲しい程嫌いな人間の、泣き顔なんて見たくも無い。
「——俺この話、百回はした。お前は、人の話を聞かなさすぎる」
そんな言葉で終わりにして、オルガはアイクを追い出した。
宿代も、居酒屋のツケも、仲間の私物の損害賠償ももうどうだっていい。
今はただこの男を自分の視界から消してしまいたい、その一心で、オルガは彼を追放した。
宿を離れたアイクは、とぼとぼと街を歩いていた。
「クソッ、クソッ……なんでオレだけ……」
彼の目には恨みの色が溜まっている。
まだ自分の非を認める気は無いみたいだ。
最初は見た目だけでアイクを擁護しようとしていた自分を恥じる。
パーティ追放の理由には様々なものがあるが、ここまで滑稽……と言っていいものやら、とにかく追放される側に非があるタイプは初めて見た。
クソ程性格が悪くて、シンプルに弱い……ここまで来れば追放の条件として十分過ぎる。
寧ろ、何故今の今まで追放していなかったのか不思議なくらいである。
「——あの」
するとそこで、アイクの背後から声が聞こえる。
振り返るとそこには、神官の恰好をした一人の女性が立っていた。
「きらめき☆マジカル」の神官、マーナだった。
「アイクさん、お久しぶりです」
「抱かせろ」
「お断りします」
すっかり意気消沈した(ただし性欲はある)アイクに、マーナは憐れみの目を向ける。
「オルガさんから話は聞きましたか?」
「あー。なんかお前の悪口めっちゃ言ってたわ。神官のくせにヤリm」
「アイクさんの嘘はもう聞き飽きました」
マーナは落ち着いた口調でアイクを制する。
穏やかな表情は、しかしまもなく鋭いものに変わる。
「アイクさん、お話があります」
「え、何ぃ? ここでええ感じ? 人気の無い所行くかぁ……」
「アイクさんの『傲慢ギャグ』は嫌いではありませんが、今はほどほどに」
行き交う人波の中、二人は向き合って立ち止まる。
何故か愛の告白を期待するアイクに、マーナはこう告げた。
「最後のチャンスを与えます」
慎重に答えてくださいね、と言って、彼女は続ける。
「去年、あなたが迷宮内で食糧を全て平らげたあの事件から一年、あなたをパーティに留めていたのは他でもない私です」
「あの非常食結構美味かったよな」
「私達は一口も食べていません。あなたはパーティ壊滅の危機を引き起こしておきながらもへらへらしていて、皆があなたを追放する意見で一致しました——私一人を除いて」
「お前オ(↑)レのこと好きやったんか。ええで、抱いたるわ」
「私の信仰する神エリエ様の教えにはこうあります。——『人の命は皆生まれながらにして尊きものであり、滅ぶべきものなど一つも無い』。そして私、神官という役職には、全ての人間を救う義務がある。もしも誰かが世界中の人から蔑まれていたなら、私はたった一人でもその人の味方をしなくてはならない」
それはアイクさんも例外ではありません、と、目の前の「滅ぶべきもの」を見据える。
「私はあなたをパーティに留め、少しずつ更生させていくことを目指しました。パーティの一部はその意見に納得できず辞めていきましたが、オルガさんの賛成により、それはパーティの総意となりました」
「なんか急に人数減ったことあったけどそれやったんか」
「けれど、その判断は二つの間違いを含んでいた」
マーナは冷たい声で語る。
「一つは、あなたを更生させることが簡単だと高を括ったこと。私も、オルガさんも、あなたのクズっぷりを正しく測れていなかった。少し助言すればたちまち良くなるものだと思っていた。しかしあなたは病的に人の話を聞かなかった。
そして、もう一つ。それは私一人で背負うべきものだったということ。私一人であなたの味方をするのが怖くて、『きらめき☆マジカル』の皆さんに重荷を負わせてしまった」
「ちょマーナちゃんエグいて、人を厄災みたいに言うなてぇ」
「厄災です」
さっぱりと言うマーナに対してアイクが激昂しないのは、女性に対して弱いからでも、意気消沈しているからでもない。
彼女の言葉は難しくて、彼は話を聞いていられないのだ。
「ですから、私はここであなたの口から答えを聞きたい。どうか、慎重に答えてください」
そしてマーナは尋ねた。
「——あなたは、オルガさん達に申し訳ないと思っていますか?」
「え、いやなんでオ(↑)レが謝らなアカンねん」
あまりの即答に、マーナの表情は硬直した。
「追放した方が悪いやろ。別に戻ってぶち殺したってええで? オ(↑)レ全然やる時やるで? あ?」
「は……ははっ」
いつも通りの様子のアイクに、マーナは失笑した。
「まあ正直オルガ嫌われてるしなぁ……別に殺したってケーサツも何も思わんやろ、てかオ(↑)レヒーローやん? 必要悪みたいな? やっば、オ(↑)レやっば」
盛り上がるアイク。そのすぐそばで、マーナは空を仰ぐ。
「あー、神官辞めてえ……」
***
「こうしてマーナはアイクを連れて、二人で旅に出た。オルガ達のいない、どこか別の場所へ」
私がそこまで語ると、目の前の「彼女」は優しく微笑んだ。
「それはようございました」
無機質な温かみだ。
やはり、上位の神の考えることは全く理解できない。
私がこうして観測した人間の話を聞かせている相手。
——それこそが、神官マーナの信仰していた神、「博愛の神」エリエである。
私は話の続きとして、彼女に尋ねた。
「あのさ、エリエ様。マーナはどうして、アイクと旅に出たんだと思う?」
「愛を、育むためでございます」
「あーもう話にならん」
マーナは確かにエリエの教えの通り、たった一人でアイクの味方をすることを決めた。
けれどそれが純粋な心のもとにあるのだと、本当に思うのだろうか?
オルガ達が不幸になることを容認できただろうか。
答えは否。全ての人間を平等に愛するということは、脳味噌が死んででもいなければできない所業だ。
彼らに「善悪」という概念がある限り。
恨みという感情を知ってしまったクズを放っておけば、何をしでかすか分からない。
マーナはアイクという危険な存在をオルガから遠ざけるために、たった一人で彼を背負ったのだ。
けれど彼女が神官である限り、アイクを更生させることを諦めないだろう。
それが愛というのなら、エリエの言葉でも正解なのだろうが。
もしも私にやる気と権利があったのなら。
さっさとこのクズをこの世から消してしまうかもしれない。
けれど今日も私は傍観者だ。
この観測が何か物語として大成してくれることを願う……ただそれだけである。
私は煎餅を平らげると、他の世界を見るため視点を変える。
「さーて、次の人間は……」
私は一人の少女に目を付ける。
『あー、こいつらはほんとに……』
女性とは、苦労が絶えない生き物なのだろうか。
美麗な男に囲まれながら、しかし彼女は頭を抱えている。
ああ、やっぱり人間は面白い。
今日も「出オチ」が始まる。