幸せな夢
大好きな彼女に捨てられた。これが今の私である。振られた理由も曖昧で、もし神様がいるならばそれは紛れもなく私を苦しめるための遊戯としか思えない。今日、私は学校を早退した。現実から逃げたかったからだ。文面で伝えられた別れ、嘘だと信じたくて、学校に行って話せばまたいつも通りの彼女がいると、心の奥底で期待していた。彼女に話しかけに行く、そして冷たい態度を取られる。この瞬間もう修復が出来ないものだと、自分の頭で理解した。どこから間違えたのだろう、9日前まではこうではなかった。私は彼女に9日で振られたのである。
一日目
この日もいつも通りの片思いの日々を過ごしていたはずだった。告白なんてしようとも思わず、ただ大好きな彼女と話せている時間が幸せだった。しかし、今日はいつも通りではなかった。彼女が夢の話をしてきたのである。その夢には彼女と私がいて、二人で現実でも未経験のデートをしていたという。この話を聞いたときに、私の胸は高鳴った。嬉しかった。こんなことがあろうかと、これ自体が夢なのではないかと思うほどに。私は彼女の気持ちを確かめたくて、心の奥底にぎゅと固く閉めていた自分の気持ちを開けた。
「好き」
この2文字の魔法の言葉から、私のはるか叶わないはずだった夢が叶ったのである。人生始めての彼女、そして大好きな彼女。これ以上に嬉しいことはなかった。
二日目
いつも通り学校に行く。朝一に彼女に話しかける。会話の内容はいつもと変わらないようで、いつもとは違う特別感があった。この時間が今まで過ごして来たどんな時間よりも、幸せで、嬉しくて、愛おしく感じる時間だった。始めて彼女と下校をする。いつも片思いしていた彼女は、今は自分のことが好きで、二人の思いを確かめるのにとても有意義な幸せな時間だった。
三日目
私は授業に集中できなかった。数学で問題を解く時間に私は彼女のことばかりを考えている。これから何があるだろうか。二人でデートをして。祭りに行って。そしてゆくゆくは結婚したりして…そんな幸せな妄想ばかりを頭に張り巡らせる。そんなことを考えて一日が終わった。学生の本分は勉強であるとはよく言ったもので、社会人で言うならただ職場の自分の席に腰を下ろし、そのまま何もしていないと同じである。ただ今の私にはそんなものは関係ない。関係ないわけではなくても、気にもとめなかった。ただ夢心地だった。
四日目
今日は土曜日なので学校がない。彼女に会えない日は苦しいものだったが、その日はメールで二人の出来事を築一報告し合って過ごしていた。だけどここで違和感を感じた。正直重くて気色悪い話なのだが、彼女の返信に覇気がなく、やっつけ感があった。嫌な胸騒ぎがする。しかしこのときは確かめるすべもなく、ただ幸せなこの時間と、不安な感情が入り乱れていた。
5日目
今日は私立入試前だった。流石に私立入試に落ちるのはまずい。この日のメールは最低限に取るだけで、お互い勉強に励んでいた。彼女の返信を見るたびに、底なしの勇気をもらった。そんな一言一句が魔法のように感じる彼女を今日もたまらなく愛おしかった。
6日目
私立入試当日。今日は朝、彼女に頑張ろうとメールを入れた。彼女から返信はなかったが、そのときは忙しいのだろうと考えることにした。彼女のことも気になるが、それ以上に入試はしっかり受けないものだと理解していたからである。切り替えをするためにそう思うことにした。その夜は少量の会話をして終わった。ただそっけなさを感じる。私はたまらなく不安になる。
七日目
今日は3日ぶりの学校だった。やっと3日ぶりに彼女と顔を合わせることができる。それだけでその日はいつもより無意識に早く目が冷めた。しかし学校に行ってみればどうだろう。3日前とは見違えるように冷たい態度。私が話しかけてもすぐ離れるし、くすりとも笑いもしない。終いには自分以外の男と楽しそうに笑顔で話している。胸が痛くなるのを感じた。考えたくもないような不安な気持ちが心を包む。彼女の笑顔が自分に向けられたものではなくて、強く嫉妬心を覚え、悲しくなった。
八日目
今日も彼女が冷たい。その日は、なぜ?や何か悪いことをしてしまったのかもしれないと、そんな自分では答えのでないことを延々と考え続ける。私は覚悟を決めた。正直限界だった。何かわからない不安が限界だった。はっきりさせたかった。この選択が凶と出るか吉と出るか、ただ彼女の本当の気持ちを、理解したかった。その夜私は彼女にメールを入れた。
九日目
今朝彼女からメールが来る。冷たくしていると彼女は言った。ここで留まればよかった。しかし私は理由を聞いた。
「付き合ったことが正しかったのかわからない」
「受験勉強に身が入らなくて付き合うことをどんどんマイナスに考えて」
「今の私に彼氏は不要なきがしてる」
私は唖然とした。心の何処かで違うと言ってほしかった自分がいた。その日私は逃げたくなくて、彼女の満面の笑みをもう一度見たくて、学校に行き彼女に話しかける。だがそんなものは妄想に過ぎず、冷たい態度が返ってくる。悔しかった。辛かった。悲しかった。私の心には一週間前の彼女がまだそこにいた。現実とのギャップでたまらなく辛くなり早退した。
家に帰る。私はそこで初めて、現実を受け止め、声を殺して泣いた。まだ付き合って9日の彼女、何もしていなかったのに。付き合ってるときの彼女は愚か、もう友達だったときのような笑顔は私には向かないことを悟った。私が何をしたのだろう。いや何もしていない。しなさすぎたくらいだ。本当はもっと二人でふざけて楽しく笑い合っていたかった。手を繋いだり、抱きしめたりしたかった。彼女の気持ちを知り、勇気を出して告白したのに、いざ付き合ってみれば不要だと言われた。こんなことなら告白なんてしたくなかった。友達でも十分幸せだった。友達のままでよかった。彼女は私の心を弄び、捨てたんだ。しかしどうしようもないことだ。彼女がそう思っている以上、私がどう思おうが、彼女の意見が優先されなくてはならない。むかつく、イライラする、憎い。それでもまだ彼女が好きな私がいる。こんな理不尽を受けた今でも好きな自分がいる。もうどうすれば良いのかわからない。私は長い間夢を見ていたのかもしれない。とてもとても幸せな、彼女の夢を。