読み切り短編集 『星屑に坐す(2)』~ノーラン怒りの聖剣~
※全体を加筆修正 2025/10/02
勇者ノーランは干飯をお湯でふやかしただけの湯漬けを掻き込むように食すと立ち上がって言った。
「ちゅす……ぅになってゅ」
──馳走になった。
そう彼は言ったつもりだが口がモゴモゴしててダメだ。周りの拠点守備兵達は聞き取れなかった。
「勇者殿、本当にあの廃城へ戻るんですか?ここはもう……我々と共に退避した方が」
「そうですよノーラン様。今頃、皇都はどうなっているか……あの魔物の軍勢が皇城を素通りするとは思えません」
「ノーラン様。皇都は軍魔勢の襲撃を受けているはずです。ですが、ここにる3個小隊100人の残留兵たちは皆、屈強。我々で皇都へ戻って、敵の背後を撃ちましょう! 」
「──ングッ……ん、俺はそうもいかない。この大きな廃城──魔王が居たから魔王城ということになったが、この中では他の勇者達がまだ右往左往してる。しかも、外の状況が分からないでいるんだ。さっきもお前達に説明した通りだが、中は外界と遮断されたような空間でな……奇妙な建物だ。とにかく早くこの戦況を皆んなに教えてやりたい。まったく妙な事態だろう。何が起きているのか……それに、この廃城に魔王がいると分かって勇者の俺が背中を向けるわけにはいかない」
拠点兵から心配されたノーランは口に頬張った飯を飲み込むと澄ました顔をして見栄を切った。飯の食い方は汚いが鼻筋の通った美丈夫である。拠点兵たちにとっては勇者の帯同があれば退路の行軍も安心だったが、こうも格好をつけられては仕方がなかった。
妙な事態。と勇者ノーランが言ったのは、彼ら勇者を擁する皇国軍の魔王戦敗退と東方連合軍の逃散である。南朝皇国史はおろか大陸史においても前例のない大規模挙兵で作り上げた百國九重包囲陣が瓦解するなどとは考え難かった。
魔物の群れが異常発生していたとはいえ、なぜこの廃城と樹海をそこまで大軍勢で包囲したのか。皇帝自ら前線に出陣するという異例の親征までした皇帝ギラゼリックの意図は人々に解りかねる上に、この敵本拠地まで攻め入ったところで何が起きて旗色が変わり撤退に及んだのかも実際のところ謎であった。
結果的にこの廃城に魔王がいると勇者達は突き止めたものの、それでもそれまでの軍の差配には異常なことが多い。
その後の情報も錯綜していて戦況がよく分からないでいる。魔王戦はうやむやになり大陸全土で海外へ退避行軍に及んでいるとの馬鹿げた情報もあって、確証がないにしてもこの大陸全土を数十年に渡って巻き込み続けている魔王戦の規模を考えると、あながち虚報とも捨てられず信じられない思いだけが人々にある。何しろこの魔王戦は当初の大陸各地で起こった魔公爵達の蜂起による前哨戦の規模からして巨大であり、人類種の王族たちの寝返りなどもあって、記録に見える過去の時代の魔王戦の趣向とも違っている。大陸一つがまるまる魔族と魔物に乗っ取られるなどと、異常なことばかりでどれも絵空事のようだ。
確たる情報がなく方針を決めあぐねる廃城戦残留軍拠点は広大な戦場にあって孤軍であり、不明瞭で大きな戦況の渦の中にいてどう動いたものか解らないでいる。
彼らはもともと、廃城から撤退する皇軍後続部隊に配置されるた殿軍であった。その殿軍が群魔の前に瓦解し、その散らばった残留兵が退路からも弾かれて結局は廃城へと戻って来てしまった兵達なのである。
これも妙なことに、彼らは敵陣の薄い方へ薄い方へとめいめい逃げ散らばるうちに、なぜか激戦地だったはずの廃城へと集まってしまっていた。怪我人だらけの彼らはともかくここに臨時拠点を築いて、散らばった仲間達を集めて陣取っている。敵である魔王軍の本拠地の敷地が最も敵の薄い安全地帯だとは変な具合である。
その戦況が静まってしばらく経つ。すでに1日の4分の一、3刻ほどは経つであろう。
戦争は終わったのだろうか。
反乱軍と魔公爵軍の連帯軍は壊滅したのだろうか。
彼らは何も分からないが、しかし敵の本拠地とされる廃城城郭はどこもかしこも半壊して瓦礫と死体の山だらけだ。あちこちに魔族が施した奇妙な人肉の飾り付けでグロテスクな光景になっている。それらは皇軍側の兵士の死体で、まだまだ辺りは殺伐とした雰囲気そのままにある。なんでも、ああした魔族の飾り付けは魔界結界の構築であると魔法使い達が言うので皆で燃やして回ったのだが、数が多くてキリがないから進んでいない。
敵である反乱軍や軍魔の姿こそ見えないが、油断はできないだろう。
そんな景観の中で異彩を放ちすぎているのが、瓦礫の城郭の中央に位置して巨大な墓石のように突き出ている──ちょっとした山ほどはある──標高の巨大な岩盤である。
「あのでかい巨岩の上にある城。あの一角の建屋だけは戦禍にあってもびくともしていませんね」
「そうだ。城内は外観に反して途方もない広さの空間だ……。あの城を壊そうにも勇者たちが中にいるのではそうもいかず、かといってあの城そのものも到底破壊出来そうもない頑強さときている。開戦直前にあった飛龍機や龍騎兵達による爆撃では弾が逸れたようだし、皇軍基地から放った大陸間弾道魔法は空中で相殺爆破された。この場では戦の最中、散々に大魔法を撃ち掛けられたにも関わらず壊れていない。……おそらくは臨界魔法でも破壊するのは無理だろう」
「えぇ? 星に穴を開けるほどの魔法でもですか? 」
「ああ。──やはり、”剣”による魔王討伐でなければ根本的な”理”が働かぬ」
砲撃や大魔法でも壊れない異様な物質は”何によって壊れるに至るか”が予め決められている。そうでなければ壊れない。と言う意味のことをノーランは言った。あの城は現世の物質の理屈を超越する事象として成立している建屋なのであろうという推察だ。であれば、城の中の空間が異常であることの説明もつく。ノーランはさっきあの城からどうにか脱出して外の様子を見にきた訳だが、外から見る城の大きさと、中に居る時の空間の規模を考えるとまったくチグハグで夢でも見ているみたいだった。地底の迷宮を旅している時のように、あの城の中はどこまでも部屋が続いているのである。ノーランはその長い勇者人生を魔族討伐に費やした過程でそうした事情を知るに至る色々な物事があって察することができているが、兵士達にはちょっと聞いたことがない知識で理解できない。
軍による爆破や射撃の魔法が無意味だったわけではない。攻撃で廃城の周りを構築する砦は城壁も含めてボロボロになって、その半壊した壁が剥がれて現れたのがこの巨岩であり、頂上にある主城なのである。主城を囲う砦を剥がすまでは単なる大きな廃城にしか見えなかったのだ。誰も廃城の真の姿が地盤の岩盤を縦にしたような巨岩とは想像だにしておらず、それに寄生するようにして古びた廃城本丸が建て付けられているのは、いったいいつの時代の何者によって建てられたものなのか、これもまた誰も知らないのである。何でも物の成り立ちを知ることが出来れば、事態の解決の糸口も見えてこようというものなのだが。
「うーむ…」
勇者ノーランはすでに残留兵に別れを告げて瓦礫と死体の山積みになった戦場を足早に歩いている。
自分の気配を消すとかそういった考えは彼ノーランにはない。それは「我こそは」という勇者だからでもあるのだが、単に気がせっかちな方だからという理由が勝っているだろう。
だが今、彼が少し急いでいるのは気が短いせいというわけでもなくなってきている。廃城城内へ戻るためにさっき城から出てきた出入り口らしい門口へ入らなければならなかったが、あったはずの場所にそれがなくて焦っているのだ。反り立つ岩盤のどこを見ても岩肌しかない。
勇者ノーランは困ってしまった。拠点の兵達にカッコつけたものの迷子である。
そのうえ、勇者達”幻示録12士特選隊”が頂上の廃城へ討ち入る際に通った幾つもの門扉は戦禍の中で破壊したため、門口があって入って行けてもそこから城郭内の何処をどう通って主城の中まで侵入したものか解らない。
門扉の破壊は致し方なかった。城内にある門や扉には何か魔界や冥界の複合的な結界の仕掛けがなされており、そこから魔物の軍勢が湧き出ていたため破壊するしかなかったのだ。──というのは皇軍大本営参謀客将賢者アマトの見解による推論を元に実行された作戦だが、この廃城では実際にそれで魔物の群れの召喚を止められたのだから間違いあるまい。
「登るか……」
ノーランは巨大な立岩を見上げて呟いた。要は巨岩の上の城に入れればいいのである。だったら岩壁を登って城の窓か何かから直接侵入すればいい。巨大な岩といっても、物見の塔の5倍程度の高さの岩壁を登るくらい勇者ともなれば造作もないだろう。
だが、さりとて岩壁を登るのに取り付く出っ張りや足場が都合よく見つかるでもない。この岩盤の岩肌は凸凹が少なく出来ている。となると────
「刺すか」
勇者ノーランは腰の聖剣二刀を抜いて両手に逆手持ち、助走をつけて飛び上がると巨岩の中腹あたりに片手剣を突き刺した。聖剣は聖剣故に岩にも難なく突き刺さるものなのである。
高々と聳える巨岩の中腹はけっこうな高所でありノーランは我ながらよくこの高さまで跳躍したと自分でびっくりしたが、そこで問題が起きた。剣を突き刺した岩がどす黒い液体を吹き出すとともに生き物が泣くような異音を放ったのである。
「うおっ! っぷ! ブホッ!! ……なんと汚い水、なんとも不気味な音……だが、これくらいで……怖気付く勇者ノーランではないぞっ!? 」
黒い液体塗れになりながらノーランは岸壁で宙ぶらりんになった。しかしこういう時に勢いを止めてはならない。どんどん剣を突き刺しては懸垂の要領で体を引き上げ、さっさとこの気味の悪い岩壁を登ってしまおうではないか。岩の正体など考えて今どうなる訳でもない。
そうしてロッククライミングに夢中になっているノーランが七度双剣を突き刺した時、己の左右に現れて囁く者があるのに気がついた。
『ノーラン、ノーランよ。ノーラン、ノーランっ! 聞きなさい!! ノーランッ!! ノーラン!!! 神代から代々の勇者に受け継がれし聖剣を無体に扱ってはなりません!! 』
『そうそう! 剣を大事にしてあげて! 』
豊かな巻き毛の長髪たなびく頭頂に輝く草冠を頂いた女神達の姿がそこにあった。
ゆったりした白いドレスを見に纏う女神達の手にはノーランが両手に持つ大小の聖剣”メスペルキオン”と同じ型の剣が抜身で掲げられている。女神達は2柱とも眉根を寄せて口を尖らせて不満そうな顔だ。
「━━ん? ……え……あっ! おお! 姉神エドナーに妹神キドナーよ! 」
『ノーラン! こんなことをする前になぜ私に伺いを立てないのですか! この先の異界へ渡る知恵を貸すなど、この女神1柱エドナーには造作もないというのに! 』
『そうそう! キドナーにも! 』
「女神エドナーにキドナーよ。私めは尊き貴方達に選ばれし勇者なれど、貴方達神々は尊きが故に、私めの方からおいそれと呼び立てるわけには参りません。頼まず、願わず、己の知恵と工夫で……」
『口答えせずによく聞きなさいノーラン! 貴方が突き刺したこの岩肌をよく見なさい。この冥々たる邪な陰気の漏れ出る向こうに貴方を待つ者達がいます。岩を大きく切り裂き、恐れずに黒き水の中へ飛び込みなさい! そして貴方の力を見せつけなさい! 」
『そうそう! がんばってノーラン! 』
女神2柱の助勢を受けたノーランが言われるままに岩を切り裂くと夥しい黒水が間欠泉の如く吹き出した。が、これまで多くの艱難辛苦を女神達と共に乗り切った勇者ノーランは疑うことなくそこへ飛び込んでゆく。
黒い水に潜る中でノーランは目も瞑らず、息も止めない。自身の前に顕現してまで指針を示した女神に仕えるノーランに憂いはなかった。
そのまま二呼吸して瞬きすると、黒い水の向こうに何処かの屋内のような景色が見えてきた。
あれは魔王を探して歩いた廃城の中の一角だ。そう思った途端に前方につんのめる格好でノーランはその空間に出た。
通ったことのあるやたら広くて柱の多い回廊の曲がり角に、ポツンと立っているのである。背後を見やるが壁になんの損壊もなく、自分が入ってきたはずの岩の裂け目や黒い水など跡形もない。
「──ノーラン!? 早かったね」
「せっかちだなぁ」
「さっき出て行ったと思ったらもう戻ってきた。はっはっは」
「どこから出入りしたんですかノーラン? いきなり現れましたよ君」
「で? 外の戦況はどうだったんだい? ノーラン」
通路の奥から駆け寄ってきた”幻示録12士特選隊”の勇者達が賑やかにノーランを出迎えた。
12士を2班に分けたうちの、勇者ノーランの属するグループだ。魔王戦の戦場で出会った彼らは廃城のどこかに魔王がいると見込んで打倒魔王のため結束した仲間。彼らは眷属神の密命を受けて皇国軍の作戦から外れ、勇者達の独断で廃城に突入した志を同じくする仲間達である。これまで互いの背中を預けて魔公爵達と戦い戦果を上げてきた。廃城の中は討ち倒した魔公爵達の魂の依代であり因果の結晶でもある魔石や魔道具で床がとっ散らかっている。
ノーランは彼らの出迎えに笑顔で応えるでもなく、意外そうな顔をして嘆いた。
「お前ら……どうした」
「それはこっちのセリフだよ。あ、さては自分だけ飯食ってきたね? 」
「なんかわかるんだよなぁ」
「おいおい、ノーランまじかよ。それでバツが悪そうな顔してるんだな? 」
「僕たちの分も何か持ってきてくれました? 」
「ソーセージくらいはあるのかい? 」
「合言葉は? 」
「「━━━━━━━━━━━」」
抜身の二刀を手にしているノーランに分があった。
黙ったまま身構えようとする勇者達に先んじて動いたノーランは既に右の聖剣で勇者タイラの首を突き刺している。刺さした相手の影に隠れ、そのまま死体を盾にして突進し左の聖剣で勇者ルウマの首を撫で斬りに斬って捨てた。
「タイラにしては遅い。ルウマにしては弱い。お前らは見せかけの偽物だッ!! ッハッハーッ!! 」
「笑うな! 魔界の主に首を垂れよノーラン! お辞儀をするのだ! 」
「魔王に囲まれてその態度はなんだ! 」
「肉の殻を焼き捨てて魂を捧げよ!! 」
「お前らが魔王? 嘘ばっかりだな! ハハッ」
魔王達の間を巧妙に立ち回るノーランへ魔法の狙いを絞れずにいる自称魔王達に左右の聖剣を斬りつけつつノーランは脱兎の如く逃げ出した。
魔貴族の放つ魔法の発動は無詠唱で隙が無い。それが魔王ともなれば手印や反閇などの予備動作も無い思念による先手必殺の魔法だ。ノーランは足元が歪み、肺が凍て付き、白光する大火球の爆発に吹き飛ばされる前に、それらの間合いから離れなければならなかった。それが多勢ともなれば、神霊の加護を受ける勇者といえども真面に太刀打ちできるものではないのだから。
魔王達がその特権的思念魔法を攻撃に意識した時にはノーランの姿は既にない。2体の魔族の屍だけが床に倒れ、そのまま崩れて灰になった。
「……なんてやつだ。我らが今さっき魔王の座についた新任とはいえ、魔王5柱を相手取ってこの立ち回り……魔力を使う間が無かったではないか。やはり近接戦では先手を取れぬ」
「いや、多勢で挑んだのがかえって仇となったのだ……やはり魔法を使いづらい立ち回りをされてしまう。こう何度も全身を切りつけられては魔法に集中できぬわ……。奴ら勇者共は魔法を使えぬと思って侮った」
「──クソッ……!! ……せっかく繰り上げ当選で魔王になれたのに……せっかく、魔界に自領を持てたのによぉ……ドドスコ……ピコリッチ……こんな、石ころになっちまってよぉ……ようやく、これから魔王活動だってのに……」
自称魔王達の変身は既に解けており、本来の彼らの姿でいる。獣人や人間やエルフと大差のない、いずれも魔王というには冴えない風態である。
灰の中から魔王の亡骸である魔王石を拾い上げた魔王3柱は勇者ノーランを追い撃つ気概が持てず、ただ立ち尽くすしかなかった。ノーランに切りつけられた全身の裂傷がそのままなのは、治癒魔法で治す気持ちにすらなれないほどに彼らが失望していることを表している。
彼らの胸中は複雑である。果たして自分たちは本当に魔王なのだろうか。魔王とはこんなチョロチョロ戦ったりするだろうか。魔王とは、部下を使ってもっと大きなことを成し遂げるはずで────
「初任務からのこの失態……魔王ベニベニ先輩には顔向けできないところだが、でもこの魔王石はベニベニ先輩へ上納しないとな。イエイヨ、ガルガリ、君らは先に発ってくれ。俺が先輩へ納めに行くよ」
「そうか、悪いなトラトラ……またどこかで会うこともあるだろうが、まあ仲良くやろう。同期なんだ」
「ああ。──俺は冥壇大陸へ向かうよ。後輩達がいる辺りの荒地は魔王が不在だから、うまく魔領を築けると思うんだ」
「そうか。ガルガリは面倒見がいいからな。俺なんて、ドラドラ姉さんを頼ってみるしか当てがないよ」
「トラトラ、それは逆に羨ましいよ。真性魔女がお姉さんだなんてさ、すごいじゃないか」
「いや、ドラドラ姉さんは、俺の事を身内だとか思ってくれてないんだけどな……」
「「……」」
「……ま、まあ、幸先が悪かったが、俺たちの魔道はこれからだ。がんばろうぜ」
魔王選挙戦開票会を終えたばかりの3柱の魔王は別れを告げ、めいめいが魔王活動のために地表世界へ旅立つ。
先達の魔王ベニベニの協力で首尾よく魔王の座に当選した彼らだったが、大変なのはこれからの魔王生活なのである。人類社会に潜伏して因果の巡りを工作し、人類種達のドロドロした憎悪や悲観といった因果の種を量産し続けて魔界の地盤を固め、その領界を拡張せねばならない。そのためにはやることが盛り沢山だ。
「や、やあ君たち。大変だったみたいだね……急いで来たんだけど、ちょっと遅かったか……」
「──!! ゲゲリエ先輩!? あっ! この度は……!! ゲゲリエ相談役のお陰で魔王当選に至りました! 」
「「本当にありがとうございます! 」」
旅立とうとする新人魔王3柱の前に現れたのは大陸西側岸壁の魔王城で戦死したはずの魔王ゲゲリエであった。
新人魔王達はゲゲリエの突然の来訪に仰天したが、とりあえず跪いて挨拶である。何しろ彼らは魔王ベニベニの主宰する”魔王になる会”相談役顧問の魔王ゲゲリエにも多大なる後援をいただいていたのだから。
「いやいや……ハハ……」
「ですが……あの、申し訳ありません。勇者ノーラン撲殺指令は失敗です」
「しかし、他の勇者達は全員ベニベニ様が処分いたしました。何名かは採用に成功した模様です」
「そ、……そうかい。う、うん、まあいいよ。……しかし、彼らは残念だったね。これからだというのに……────」
「「…………? 」」
魔王ゲゲリエは床に残る灰を悲しそうに見つめているが、その巨躯の腰に差された二振りの剣の清輝を放つ拵えは隠しようもない。
そのことに目を留めた新人魔王3柱が顔を上げたときには聖剣が宙を舞うかのように見えて、次の瞬間には3柱とも魔石を残して灰になっていた。
灰を踏んで立つ者の姿は魔王を討つ勇者の姿である。二振りの聖剣を未だ抜き放ったままで、柄を握る手には燃えるような怒りが込められている。
勇者ノーランはたった一人で廃城の魔王を討ち取らねばならない。仲間達の弔いを兼ねて、人類の勇者として。
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というわけでだな、これは件の廃城である異次元魔王城の中で勇者達がどうしているかというところを少しだけ覗いてみたものである。
先に言っておくが、この外伝短編の主体である本編主人公ウシトラ・ワタルリの物語を読んでおらぬ者には儂のことがわからんだろうからこの項は無視してかまわん。
さて、ブブゼラスである儂からチキウという星の人草にわかるように日本語字幕でお届けしているが、うまく伝わっただろうか。
察しのいい人草の諸君にはもうお分かりかと思うが、実際のところ、この自称魔王達は魔王の器ではないにも関わらず魔王の座についていた。
それは魔王ベニベニの作った”魔王になる会”の会員になることで魔王選挙戦において優位に票集めを為し得たからだが、実力的には彼ら”魔王になる会”出身の新人魔王達は魔伯爵や魔侯爵といった程度の因果実績しかないのだ。所詮は小間使い魔族の長であり、自力で魔王になろうという気概の抜けた腰抜けどもに過ぎない。女神達の息のかかった勇者ノーラン・ビクターに敵うはずもなかったのだ。
そうして結局は魔石だけを残して現世を去り、残った魔石はまたしても魔王ベニベニの懐に入るというわけである。異次元魔王城の中の物は全てベニベニの所有となるのだからな。
ともかく彼ら新人魔王は身の丈に合わぬ地位を求めたがために骨までしゃぶられてしまったという事なのだ。
ところでだな、勇者ノーランはというと、勇者ゆえに眷属神達へ頼ったり願ったりすることがなく、そのため魔法というものが使えない。女神に気に入られて加持護持を得ておるから尋常の力を発揮できている。
彼が魔王ゲゲリエに姿を扮したのは魔法ではなく女神達が与えたその場限りの奇跡の一種であろう。そうやって彼女らなりに特定の目的へと都合よく導いておることは疑いようがない。
女神と勇者ノーランの間に契約があるのかどうか儂は知らんが、一方的に加護する姿勢を見せる女神達の献身を勇者ノーランとしても良しとしておるのだからそれで良いだろう。おそらくは何らかの誓いを立てているのではあるまいかとは思えるがな。ともかく女神の聖剣を貸与されておるくらいだから相当に勇者と女神は相思相愛と言える。
ちなみにノーランはこの廃城内に顕現された冥界構造を彷徨って魔王ベニベニの捜索を続けたものの結局は見つけられなかった。女神2神がノーランへ送り続けた冥府攻略のヒントは冥界の陰気に阻まれて上手く伝わらなかったのだ。女神が冥界に顕現するわけにもいかずノーランの魔王ベニベニ討伐は手詰まりとなった。
だがノーランは闇雲に彷徨ううちに膨大な死体の量と形状の”ある違和感”に気がつき、その死体保管所と魔石の貯蔵や加工場を探り歩いて魔貴族御用達の”パン工場”へと辿り着いた。するとちょうど魔パン製造ラインを監督中だった魔王グルルマ以下魔貴族30柱と鉢合わせになって1対31の戦闘になり、激闘の末に魔王グルルマ1柱のみを討ち取ってすぐさま逃げ去っている。
ノーランが圧倒的不利な状況にも関わらず単騎で魔王グルルマを討てたのは魔王の方の誤算が原因であり、本来凶悪な魔法を司る魔王が勇者1人に討たれるなどありえない事だ。
これがどういうことかと言うと、魔王グルルマは商品である魔石加工品を惜しんだのだ。魔王戦の成功でかつてないほどの魔石資源を仕入れた魔王グルルマはパン工場をフル稼働させて張り切っておった。そんな工場内でドンパチされてはたまらんから魔王は本気を出せなかったのだろう。
魔王グルルマはパン工場の被害を最小限に抑えるためにノーランへ素手での一騎討ちを申し込んで煽り、別室での決闘へと誘導したのだ。ノーランはこれを了承して魔王グルルマとその旨の契約をその場で交わした。
だが目敏いノーランは魔王グルルマの意図に感づいており、その怪力で魔石加工品である出来立ての魔パンを全て叩き潰して廃棄処分してしまった。これに怒った魔王グルルマは自暴自棄になって自らの契約を破り禁忌の魔界魔法”不可逆圧爆縮臨界魔光”を使った為に直ちに灰になり死滅してしまったというわけだ。
勇者ノーランは魔王グルルマの禁忌魔界魔法で相討ちに死ぬところであったが、その契約破りに付け込んだ女神2柱が介入してノーランを逃した為に無傷で生還した。
パン工場は全体が一瞬の灼熱で全て気化したのち微粒子として降り注ぎ凝固して結晶化しており、この余波で廃城の冥界勧請が解けてしまい本丸の城が炭化するほどの被害が出ている。事実上これで廃城の魔王城陥落とあいなったのだ。
その後ノーランは廃城の外の残留兵達と共に魔女会甕星の使徒6人の魔女の誘導で樹海オブリオストラッタから陣払いしているが、炭化した廃城の中にはまだ魔王ベニベニ1柱が無傷のまま存在するとは思いもよらなかっただろう。
”パン工場”なる魔石加工の工場長に就任していた魔王グルルマについても紹介したいところだったが、死んでしまったしもういいのではないだろうか。ただ少し触れておくとしたら、彼の魔王は魔石の生産加工に長けるが故に魔王戦の前線から外されて工場に詰めるばかりとなった不遇な魔王なのだが、ともかくこの魔王は”おいしいパン”を作ることで魔王ベニベニの仲間として魔王ゲゲリエと共に魔王戦などの魔界企画を担当した幹部的1柱の魔王だったというそれだけのことだ。
この読切短編は本編幕間の挿話の一幕です
<--異世界観測媒体☆日本人☆ミューテーション-->(仮題)(旧題:魔王を倒してサヨウナラ)
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よかったらどぞ〜