2 少しずつ、ここを、知る
歩いてみると、ここは思ったよりも広い。
茅を束ねるようにして作った、とんがり頭の建物が多く並んでいる。
「あれはなんだ」
わたしは建物を指さして言った。
ナウは首を傾げる。
通じない。あたりまえと言えば、あたりまえだ。
だが、何よりも、なに? という言葉は通じるようにしておかないと、これからを考えると、とても重要だし、それが出来なければ、わたしが、ここで生きていくのも厳しいものになるだろう。
わしはナウを指さし「何?」と言い、一呼吸おいて「ナウ」、それからわたしを指さし「何?」ふたたび少し間をあけて「ソキ」
それを3回繰り返した。
ナウがうなずいている。
わたしはナウを指さし、「何?」と言った。
「ナウ」
そうだ、それでいい。どうやら理解してくれたようだ。ナウもなかなか頭のいい青年のようだ。
わたしは、もう一度、とんがり頭の建物を指さし、
「何?」と訊いた。
「ねる、くう、ねる」とナウが答える。
わたしが建物の形から推測したものと、ナウの言葉を重ね合わせてみる。
推測したとおり、家ということのようだ。
「ナウの家はどれだ」
当然通じないとわかっていたが、ナウとのこれからの会話の効率を上げることも考えて、わたしの言葉でまず訊いてみた。それから、
「ナウ。ねる、くう、ねる、何?」
と言ってからから、ひとつの家を指さし、「ナウ。ねる、くう、ねる」と言い、別の家を指さし「ナウ。ねる、くう、ねる」と言ってみた。
ナウはうなずくと。
かなり離れた、建物を指さした。
なるほど、家は個人所有できるものらしい。
わたしは「ねる、くう、ねる」と言ってから、「家」と3回繰り返した。
それからナウが指さした建物を指さし「あれがナウの家」と言ってから「あれ、ナウ、家」
「いえ」とナウが口にする。
そうだ、いいぞ、「ねる、くう、ねる。何?」とわたしは訊いた。
「家」と今度ははっきりとナウは言ってから、笑った。
家は、ここの、中心に向かって広がっているのではないようだ。なぜなら、ここから見える一番最初の家の左手には、木製の高い柵があるからだ。その柵はずっと先まで続いているようだ。そう考えると、家はその柵に沿うように、多くて3軒程度の幅で、ここの中心を取り囲むように建っているように見える。その家が囲んでいる中央には、幾種類もの植物が生えている。それも種類ごとに、かたまりとなって、群生しているところを見ると、畑として何かを栽培しているようだ。
「あの植物は何?」とわたしは植物を指さしながら訊いた。
「いも、まめ、こるし」とナウは答えた。
いも、まめ、は、わかるが、こるし、とは何なのだろうか。だがいずれ、それもわかるだろう。
「この柵は何?」ずっと、ここを、取り囲むように作られているように思える柵を指さして訊いた。
「ここ、くる、いも、まめ、こるし、とる。ここ、くる、いも、まめ、こるし、とる、だめ。ここ、はいる、だめ。いも、まめ、こるし、とる、だめ」
どうやら敵がいるようだ。ここの作物を奪いにやってくるのだろう。その防衛のために柵がめぐらされているということか。
「ここに芋や豆やコルシを盗りに来るのは誰だ?」と言い、「ここ、くる、いも、こるし、とる、だめ、何?」
「イズモ」とナウは憎々し気な口調で吐き出した。
イズモ? 聞いたことがある。間違いなく聞いたことがある言葉という感覚はあるが、それが何を意味するのかも、そこから発生する様々なことも、まったく頭に浮かんでこない。
「イズモとは何だ?」「イズモ、なに?」
「イズモ、うみ。イズモ、さかな、かい、とる。イズモ、いも、まめ、こるし、ない。イズモ、いも、まめ、こるし、いる。イズモ、ここ、くる。いも、まめ、こるし、とる」
なるほど、イズモ、とは敵の名か。ここと同じく、どうやら集団で生活をしているらしい。海の近くに住んでいて、魚や貝を採って生活しているが、それだけでは足らなくて、ここに作物を盗りにくるということだろう。
「どうやってイズモからここの作物を守っているんだ?」「イズモ、ここ、くる、だめ。いも、まめ、こるし、とる、だめ。イズモ、だめ、ここ、なに?」
ナウは少し首を傾げて考えていたが、やがて、
「イズモ、ここ、くる。タワ、ころす。イズモ、こない。タワ、ころす、はいれない」
「タワ、何?」わたしは、自分の言葉は省いて、訊いた。それほどすぐに答えが欲しかった。
「タワ、おう。ここ、タワ、おう。おまえ、ゆるす、タワ。ここ、おまえ、はいれる」
なるほど、あの、最初に、わたしに話しかけた男が、やはりここの長で、タワという名で、おう、と呼ばれているのだろう。おう、ならば、王ということか。しかし王国というほどの規模のようには見えないが。村とは呼べる規模にはあるといえそうだ。
タワが敵を殺してくれるから、ここが守られているのだろう。だとしたら、王であるタワは、ここの住民から税を取り立てて、権力として、君臨しているということか。
「タワ、イズモ、ころす。ここ、とる、ここ。ナウ、タワ、とる、いも、まめ、こるし、とる。何?」と、わたし。
少し複雑な問題だ。自分の言葉で言うにしても、それを自然に理解してもらえるようになるのには、かなりの時間と労力が必要だろう。だが、ここの言葉でどんな風に聞けばよいのかもわからない。それでもここまで、わたしとナウが話してきた過程を思い、わたしなりに、こんな風かな、と思える聞き方をした。もちろん普通に話ができたとしても、問いを理解するのも、それに答える内容も、かなり複雑で難しいものとは理解しているが。
ナウは首を傾げている。
やはり、通じないか。なんと訊けばいいのか。
「タワは税を取るのか?」
わたしは、わたしの言葉で簡潔に訊いた。
ナウは何度も何度もうなずいた。
「タワ、ぜい、とる。タワ、おう。ここ、すむ、ここ、はいる、ぜい、とる」
自分勝手に、ない言葉だろうと思っていたが、税という言葉はあるようだ。なるほど、権力であれば、真っ先に、税の仕組みを作らなければ、集団を統率することはできないということか。
「税、何?」とわたしは訊いた。