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神なき島の物語  作者: 銭屋龍一
1/4

1 気がつけば、ここにいた

 気がつけば、わたしはひざまづいていた。

 後ろ手に縛られている。

 わたしが着ているものは、麻布を丸めただけの粗末な着物だ。

「しらぬ、おまえ、ここ、はいれない。おまえ、ここ、いる、ここ、いる、できる。おまえ、ここ、はいれる。おまえ、できない、ころす、にく、くう」

 よく日に焼けた男が、そう告げてから、わたしを睨みつける。

 わたしが、ここの者たちの役に立つようならば、仲間に加えてやると言っているのだろう。そして、わたしに、利用価値がないのならば、わたしを殺して、わたしの肉を喰らうと。

 言葉自体も、文法も、おかしいが、わたしの知る言葉と類似性はある。だから、言いたいことは何となく分かる。

 わたしは、その言葉に合わせず、自分の言葉で話すことにした。伝わらないところがあれば、手振り身振りを交え、ここの言葉を真似て、意思疎通を図ればいい。

 日に焼けた男も、わたしと同じように、麻布を丸めただけの着物を着ている。

 体が大きい。太く分厚い筋肉が盛り上がっている。

 わたしを取り囲んでいる人垣に視線を向ける。

 誰もが、着ているものは、わたしと似たようなものだ。

 男も女も子供もいた。

 けっこうな人数だ。

 みな、わたしを見ている。

 わたしに話しかけていた男が、見渡す限りでは、1番大柄で強そうだ。

 たぶんここの長なのであろう。

 わたしに意識を向けてみる。

 自分の名もわからなかった。

 ここがどこかもわからない。

 わたしに何ができるのかもわからない。

「困っていることは何だ」

 わたしは訊いた。

 長だろう男はわたしを睨みつけたままだ。

 わたしは男を指さし、その指をぐるっとわたしの体の周りを回し「ここ」と言い、「いる」と言いながら、集まっている人々に指を向け、それから何かをその者たちに渡すような身振り手振りをして、「なに」と言ってみた。

「なに?」と日に焼けた男が、そこだけ、繰り返した。

 ああ、何、と言う言葉がないのか。言葉の概念を伝えるのは、かなり難しそうだ。

「ここ いる ここ」と言いながら、わたしは、指を立て、色んな方向を指してみた。「ここ、いる、ここ、なに」

「それ、ある、たくさん」

 どうやら通じたようだ。

「その中のひとつを、わたしがなくしてみせよう。もしそれを、日が暮れるまでに、わたしがなくせなかったならば、わたしを殺し、わたしの肉を喰らうがよい」

「よい。おまえ、やる、まつ、ねる、まつ」

 どうやら、長だろう男は、わたしの言葉が、何を意味するのかは正確にはわからなくても、それをひとつ、ひとつ、意味を聞き返すよりも、大事だと思えるところだけ、感じ、話すことにしたようだ。なかなか頭のいい男だ。

「ならばこのいましめをほどいくれ」

 わたしは縛られている両手を、背面にあるままで、動かせるところまで上げて見せた。

 長だろう男が、後ろに控えていた男たちの方を向き、

「やれ」と口にした。

 ひとりの男が歩み寄り、縛られていたわたしの手のいましめをといた。

 いましめをといてくれた男は、ふたたび、長だろう男の後ろに戻った。

「ここを少し歩かせてもらえるか」と言いながら、大きく指を周りに向けて回し、歩く身振り手振りをした。

「よい。ナウ、おまえ、つく。わるい、おまえ、ナウ、ころす」

「それでいい。では日が暮れるまで」

 手を、さようならという風に、ぐるっりと体を回して、振ってみせてから、長だろう男に、頭を下げた。

 礼の意味は、正確には伝わらなかっただろうが、敬意を表していることは感じとってくれたようだ。

「おまえ、まつ、ここ、まつ、ねる、まつ」

 長だろう男は、そう言ってから、集まっていた人々を、追い払うかのように、手を振ってみせた。

 わたしの周りを取り囲んでいた人垣がゆっくりとほどけていく。

 最後に、わたしの前に、若くたくましい身体をした男が残り、わたしをみつめていた。

「ナウ」

 わたしは口にしてみた。

 若い男が首を傾げる。

 わたしは若い男を指さし、もう一度、

「ナウ」と口にした。

 若い男がうなずく。

 ナウはわたしを指さしてきた。

 わたしは首を振った。

 それがどういう意味なのか、ナウにはわからなかったようで、ふたたび首を傾げる。

 わたしはもう一度、ナウを指さして、

「ナウ」と口にし、その指をわたしに向けて、わからないという風に、首を振ってみせた。

 ナウはうなずいた。

 しばらく、ナウは黙ってわたしをみつめ、それから、

「ソキ」と口にした。

 どうやらわたしの名を、ソキと名付けてくれたらしい。ソキ。なかなか良い名だ。

 わたしはナウを指さし「ナウ」と口にし、その指をわたしに向けて「ソキ」と口にした。

 ナウはうなずき、少し笑った。

「歩きたい」

 歩き出したわたしを見て、ナウはうなずいてから、わたしの横に従った。

 

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