八章 巫女と守護者
スズエさんはシンヤを支えながら、皆のところに戻る。
「スズ姉、そいつは……?ユウヤさんにすっげぇ似てるけど……」
「今は聞くな。彼も被害者の一人なんだ」
そう言って、言及を許さなかった。そこに、アイトも来る。
「……よかった。君なら、シンヤも助け出してくれると思っていたよ」
「アイト、あの馬鹿親共の行動は?」
「結構慌ててるよ。君の本当の力を見誤っていたみたいだね」
スズエさんの、本当の力……?スズエさんもゲホゲホと血を吐きながら、「どういう意味だ?」と聞いていた。
「なんだ?知らずに使っていたのか?」
シンヤも首を傾げている。
「お前には癒す力だけじゃなく、己の言葉で人々を救い出す力も持っているんだ。その証拠に、ボクだって救い出された」
人々を、救う……だから悪に染まりかけていたアイトも救い出されたのか。
「そうだね、スズエは巫女にふさわしい力を持っているよ」
ユキナさんが不意にそう告げた。
「無償の愛っていうのは、どうしても難しいもの。どうしても見返りを求めるものだからね。たとえ裏切られても、何度も許す。……どうしても出来ないものだよ。普通の人間では」
「ユキナさんって、大人びたこと言いますよね?」
見た目は高校生ぐらいに見えるんだけど。この見た目でスズエさんのカウンセリングの先生って……昔は疑問に思っていなかったけど、よく考えたらおかしいよな……。
「私は龍神の姫だからね。こう見えて誰よりも長生きしているのよ」
意外な事実をなんのためらいもなく言った。
あー……まぁそうじゃなければこの見た目でスズエさんの担当なんて出来ないか。
「ユウヤ君、だっけ?君も人間以外の血を引いていると思うけど」
その言葉にドキッとした。さすが妖怪の中の妖怪、すぐに見破られたようだ。
「祈療姫……カナ姫に助けられ、守護者になる決意をした「幻炎」……君は彼の魂が受け継がれているみたいだね。だから、君はスズエを守ろうと必死だったんだね。「祈療姫」の生まれ変わりである彼女を」
……無意識のうちに、そういうのが働いていたということか。でも実際そうかも。
たった数度会っただけの女の子を、直感的に守らなければと思うなんて、初めてだったから。
「でも、スズエも覚えているのか?」
「覚えてる、というのは?」
「ボク達と何度か会っているんだよ。お前、覚えてんのか?お前が覚えているとしたら確か、エレンが七守家に引き取られた後だったと思うけど」
「……あー、あの双子のお兄さん達?」
どうやら少しは覚えていてくれたらしい。
「……確かに、お兄さん達の面影があるな」
スズエさんは目を見開き、ボク達双子を見て呟いた。
スズエさんとシルヤ君がまだ「カナエ」と「カイト」だった頃。何度か東京に来たことがあった。
「シンヤ、ユウヤ。いとこの家に行くか」
父さんに言われ、ボク達は村から出た。どうやら父さんの姉の子供らしいということだけは聞いていた。それで、何度か森岡家に来たことがあったのだ。二人が覚えているのかは分からないけど。
ある日会った年下の少女は、桜色の髪の女性と共にボク達を出迎えてくれた。
「少しお話してもいいですか?」
どうやら彼女はこの少女の母親ではないらしく、おかしいと思った父さんは事情を聞いていた。その間、ボク達は双子の姉弟とアイトと遊んでいた。
「カイト君、これ何?」
「これ?カナ姉に作ったゲームだよ!」
そのカナエちゃんは、部屋の隅に座っていた。
「カナエ、どうしたの?」
兄さんがカナエちゃんに声をかける。彼女はビクッと大きく震え、「ごめんなさい……」とうわごとのように謝っていた。何かあったんだと子供ながらに気付くのに十分だった。
父さんの話によれば、カナエちゃんは目の前で祖父が死んだ直後だったらしい。そのせいで自分の名前が言えなくなり、今度名前を変えに行くと言っていた。
「お前達は、あの子を守る役目を持っているんだよ」
帰る時、父さんにそう言われた。
そう、ボクはあの子を守らないといけないんだ。
なぜか、そう思った。たった数回しか会っていないあの少女が、どうしても忘れられなかった。
村に戻った後、エレンさんと出会った。確か、家の前でのことだったと思う。
「え、えっと……?」
「あぁ、君は七守家に引き取られた……確か、あの子のお兄さんだったね」
それが、ボク達の出会いだった。
そんな、酷く人見知りしていた子が今ではクールになって情報屋をしているのだから、人間とは分からないものだ。
「かわいくなったなー、お前も」
「……かわいくないもん」
シンヤの言葉にプイッとスズエさんは顔を背ける。前言撤回、やっぱりかわいい。
「そういうとこがかわいいって言ってんだよ」
「うっさい」
兄にからかわれている妹……なんかそう見える。
「でもお前、ケイとか大丈夫なのか?」
「どういう意味で?」
「スズエ、軽い男って苦手じゃなかったっけ?」
そうだったの?普通に話していたけど。スズエさんはしばらく考えた後、
「……ノーコメントで」
うんそれは苦手だと言っているんだよ、スズエさん。
そうだったのか……てっきり大丈夫なのかと。
「……言動が読めない人は苦手なの……」
あ、そっちで?
まぁ、アイトも軽い奴だし、幼馴染と言った意味ではまだ分かりやすいか。
「だったら、タカシさんとかは……」
「ある程度分かるから大丈夫」
脳筋最高ひゃっほぅ、とか思ってそう。
基本的にシルヤ君を基準にしているだろうからなぁ、スズエさんは。
「まぁ、今は慣れたから大丈夫だけど」
うん、さすが情報屋。
「俺、もしかしてけなされてるー?」
「けなしてはいないと思うぞ」
どっちかと言えばタカシさんの方がけなされていたと思う。本人は気付いていないみたいだけど。
「そういや、スズ姉」
「どうした?」
「お前、また痩せたか?」
いきなり何を言っているんだこの子。
スズエさんもそう思ったらしい。まぁ、この子の場合心当たりはありすぎるだろうけど。
「……いきなりなんだ?」
「さっき抱えた時、軽かったからまた痩せたなって」
「ここで聞くなここで」
スズエさんはため息をつく。まぁ女性に体重を聞くのは不躾だろう。事情さえ知らなければ。
「で、今何キロだ?」
ジーッとシルヤ君は姉を見ていた。スズエさんも同じように見ていたけど、
「……っ、三十九キロだよこのやろー!」
顔を真っ赤にしながら回し蹴りを繰り出す。でもさすが弟、慣れているようで簡単に避けてみせた。
「スズ姉!また栄養ドリンクと野菜ジュースだけで済ませてたな!」
「いいじゃん別に!楽なんだもん!」
あー、ケンカ勃発したかー。
「それで前三十五キロまで痩せたことあったろ!?ダイエット中の極度な食事制限かよ!」
「運動ぐらいはちゃんとしてるし!」
「身体だけ鍛えてどうすんだ!どこのスポーツ選手だよ!?せめておにぎりぐらいは食え!」
「嫌だよめんどくさい!それなら別のことするし!」
「食事をめんどくさがるな!バカ姉貴!」
この二人でもケンカするんだなぁ……、なんて頭の隅で思う。まぁ圧倒的にスズエさんの方が悪いけど。
「兄さーん、スズ姉に飯食わそうぜー」
「いいですよ。今後は私もスズエと一緒に住みましょう」
ニコッとエレンさんは笑顔を浮かべた。「うー……」とスズエさんはうなっていた。まぁこれに関してはスズエさんの方が悪いからね……。
「ちなみにスズエさん、どれぐらいロクに食べてないの?」
一週間とかだったらまだ許せると思う……いやそれでも大概か。
「えっと……一か月ぐらい……?」
待て、それはさすがに酷いぞ。
「いや、二か月……?アイトと一緒に食べた後、なんか食べたかな……?適当にクッキーとかは食べた気がするけど……」
……これは相当食生活が狂っている。
「そりゃあ……四十切るよな……」
ラン君がため息をついている。
「仕方ないじゃん……。自分で作るのなんておいしくないんだもん……」
その言葉でハッとなる。彼女はずっと一人だったのだ、今まで味気のない食事をしてきたのだろう。
「兄さんの料理はおいしくなかったですか?」
エレンさんが寂しげに尋ねる。
「え、兄さんの料理はおいしかったよ!」
スズエさんは慌てて否定する。それにエレンさんは「よかった」と笑った。
「今度、スズエの料理も食べさせてください」
「え?まぁ、いいけど……兄さんの料理ほどおいしくはないよ」
スズエさんの料理も十分においしいんだけどなぁ……。それだけ、両親は構ってくれなかったということだ。
――本当に、よく曲がらなかったなぁ……。
つくづく思う。やっぱり弟の存在が大きかったんだろうな……。
「……………………」
不意に、スズエさんはエレンさんに抱き着く。
「どうしました?スズエ」
「……えっと……その……」
「何でもいいですよ」
「……こ、ここから出たら……その……」
もごもごと耳を真っ赤にしながら言っている。
「……わ、和食、食べたい……」
「ふふっ、いいですよ。煮物でもいいですか?」
「ほ、本当に作ってくれるの?」
兄に甘える妹の図……かわいい……。ほかの人達はもはや息をしていない気もするけどあとで蘇生させたらいいや。
「それで、この後どうするんだ?」
ラン君が声をかける。スズエさんは「メインゲームはあと一回あるとして……ミニゲームはあるのか?」と首を傾げた。
「棺のやつか?あれはやらないといけないぞ」
「お前の権限で何とかなんない?」
ボクが兄さんに聞く。だけど兄さんは首を横に振った。
「無理だ、主催者はボクということになっているが、実際にやっているのはスズエ達の両親だからな」
意外な事実だ。アイトも知らなかったらしい、「そうだったの?」と驚いていた。
「まぁ、まさかお前がランを生かしているとは思ってなかったがな」
「チッ。気付いてたか……」
「今舌打ちが聞こえたぞコラ」
シンヤがあっさりとネタ晴らしをした。ラン君はキョトンとしていた。まぁ、生きているとは思わないだろう。
「でも、もし助かったとしてさ。ボク達は……」
「シーンヤ君」
寂しげにしたシンヤにスズエさんはニコッと微笑みかける。
「脈、調べてごらん」
あ、まさか……。
シンヤが手首で脈をはかると、
「……いき、てる……?」
「ユキナさんが来たら、どうにでもなるしね。手伝ってもらえば」
「スズエって、時々人使いが荒いよね……」
あー、そういうことね。
まぁ、スズエさん一人だと大変だもんね……皆を生き返らせるなんて。
「でもスズエ、あんまりこういうことはしちゃダメだよ。今回は少数だったから寿命とかも短くならなかったけど……」
「分かってます。私だってただの他人のために自分の命を削りたくないんで。ナナミとアリカさんはちゃんと脱出させました?」
「大丈夫、ちゃんとかくまってるよ。本当に人使いが荒いんだから……」
「人助けなんだから、仕方ないじゃないですか。ここに巻き込むわけにもいかないし……」
そんなリスクがあったのか……。でもまぁそうだよね、代償を払わず人を蘇らせるなんて神様でもない限り、出来ないか。だからこそ、自分の命を引き換えに皆を蘇らせたわけだし。というより、ナナミさんとアリカさんもちゃんと生き返らせていたんだな……。
「それにしても、あのクソ親共か……」
あー、両親に対する口調がどんどん悪くなっていく……。
「はぁ……マジであんな奴らの血を引いてるとか嫌なんだけど」
「オレもだぜ……」
「私もですね……」
「わたしも初めて聞いたけど……」
さすがきょうだい、皆して両親のことを誇りに思ってない。それでいいと思うけど。
「正義側の人間だねぇ……」
アイトが呟いた。この四人は悪を好まず正義を重んじるきょうだいだからね……。本当になんであんな奴らの血を引いているんだろこの子達。信じられないんだけど。
「まぁでも、そんな君達だからこそ守ろうと思えたんだけどね」
「それは言えるな。親だからって悪事にも染まらず、自分を貫けるこいつらこそ、仕えるにふさわしい」
同感だ。きっとスズエさん達じゃなかったら、ボク達は仕えようなんて思わなかった。
「はいはい、お世辞はいいから。とにかく、この後どうしようかなぁ……」
そんな言葉を受け流すその姿は、かつての巫女を思い浮かばせた。
スズエお姉ちゃんとシルヤお兄ちゃんとラン君と同じ部屋でわたしは過ごすことになった。
「アカリちゃん、おいで」
お姉ちゃんがポンポンと膝に誘った。わたしはつられるままそこに座る。
「今、十五歳だよね?」
「うん。……その、お姉ちゃんはわたしのこと、知ってた……?」
お母さんはめったに帰ってこなかったって言ってた。だからお姉ちゃん達は知らなかったかもしれない……。
「知ってたよ。妹がいるってこと。でも、お母さんからは「死んだ」って聞いてて……すごい、悲しかった」
お姉ちゃんはギュッと抱きしめてくれる。
「よかった……生きてて……」
「アカリー!オレともハグしようぜー!」
お兄ちゃんも後ろから抱きしめてきた。
あぁ、きょうだいってあったかい。
「そういえば、ラン君は……?」
「あぁ、彼は森岡家に仕えていた忍の家系らしい」
「そうなのか!?手裏剣とか使えんの!?」
「いや使えねぇよ!何を期待してんだお前は!」
「えー?使えないの?」
「お前もかよ!」
ふふっ。少し、楽しいかも。
「……なぁ」
俺は同室にいるスズエの兄貴と守護者とやらに声をかけた。
「俺、本当に生き返ったんだよな……?」
手を明かりに透かして見る。正直、あんま実感はない。
「脈、はかって差し上げましょうか?」
「いや、野郎に触られたかねぇよ……」
エレンの提案を断る。鼓動音が聞こえてんだからわざわざしなくてもいいだろ。
スズエ、か……。
正直、誰よりも大人、というイメージが強かった。でも、あいつもまだ子供、なんだよな……。それなのに、自分を犠牲にしてまで俺達を助けようとしてくれている。
俺達が守らないといけない。
確かに、自分の命だって大事だ。もう殺されたくないしな。
でも、あいつはどんなに死にそうな場面になっても、親父に暴力を受けてでも助けようと必死になってくれていた。俺達がそれに報いなくてどうする。
フウ君がジタバタしながら「お母さんのところ行きたいニャー!」と騒いでいる。
「本当にスズエさんのことが好きなんですね」
「うん!お母さんはいつも優しいニャン!」
カナクニ先生がフウ君の頭を撫でる。フウ君は笑顔で母親の自慢話をしていた。
……いいな。未来から来た子とはいえ、母親に愛情をもらって生きてきたこの子がうらやましい。
「いいですね。私は良くも悪くも普通の家庭でしたから」
「ニャ!お父さんもお母さんも、親に構ってもらえなかったみたいだニャ。だからぼく達には愛情をもって接しようって思っていたらしいニャ」
構ってもらえなかったから、子供には……。
すごいな。
人間、どうしても幼少期の体験が将来に大きく関係してしまう。親から愛情を受けなかったせいで歪んでしまう人もたくさんいるのだから。
「レントさん?どうしたニャ?」
トコトコと、フウ君が私の方に近付いてきた。
「ん?何でもないよ」
私が首を横に振ると、「そうかニャ?」と首を傾げた。
純粋な子だ。この瞳を、汚したくない。
私は、この子を守ろう。
スズエさんが愛した、この子を。