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六章 死に縛られた少女

 やがて落ち着いたスズエさんを見て、ボク達はロビーに行く。

「それで、スズエ。分かっていることを教えてくれる?」

 ユキナさんに言われ、スズエさんが俯いた。そして、

「……ユキナさんは、知っているんですよね?私が、このゲームの「参加者じゃない」ってこと……」

 顔を青くしながら、聞き返す。

「……そうだね。サクヤに調べてもらったよ」

 頷かれると、彼女は懐からナイフを出した。

「これは?」

 これにはさすがにボクも驚いた。今まで、懐から武器になりえるようなものを取り出したことがなかったから。

「……最初の試練、というものがあったんですけど……その前に目覚めたんです、私」

「……………………」

「きっと、私の「最初の試練」はまだ終わってない。あいつらは、私を「裏切り者」なんて言ったんです。失敗作だって。それで……これを、無理やり渡されて……」

 震える口で、告げた。

「「皆を殺せ」って……言われて……そうじゃないとお前は死ぬって……」

 そんなこと、この少女に出来るわけがない。死ねと、言われているようなものだ。

「……ねぇ、もし私が来なかったら……スズエはどうするつもりだったの?」

 ユキナさんの言葉に、スズエさんは「……なんとなく、察しているでしょ?」と寂しげな表情を浮かべた。それにユキナさんも「……なるほど」と悲しそうに頷く。

「……死ぬつもり、だったんだね」

「……えぇ。私一人が死ねば、みんな解放されるから……悪役を演じるつもりでしたよ」

「君は、死の恐怖を味わっているハズ。それでも?」

「……確かに、死ぬのは怖かったよ。でも……ユキナさんが来なかったら、それしかなかったんです」

 スズエさんの顔は真っ青だった。でも……彼女は自分より、みんなを優先した。その結果が、これだ。

 その時だった、彼女の首輪が鳴ったのは。

「ぁっ……!ぅぐ……!」

 途端、スズエさんが苦しみだした。同時に、声が聞こえる。

『ほら、殺せよ。こいつらがお前をこの舞台に呼んだんだぞ。憎いだろ?』

「ちが、う……!おまえたちの……かってなエゴだ……!」

『死にたくないだろ?一人でも殺したら助かるんだ』

「いや……!しなせたく、ない……!」

 首を絞められているのだろう、本能からか首輪を外そうとする。

 ……まさか。

 数分後、緩まったのかスズエさんは気が抜けたようにへたり込む。息が荒く、せき込んでいた。

「スズエ!?血が……!」

 エレンさんが顔色を変えた。それもそのはず、スズエさんの口の端から血が出ていたから。

「だい、じょうぶ……。強く絞められすぎただけ……」

 なおもせき込んでいる。ユキナさんはスズエさんを見て、

「……スズエ、強く蹴られたりした?」

 そう、聞いた。しかしスズエさんは俯いたまま、答えない。

「多分、内臓も傷付いてるよ。横になった方がいい」

「いえ……大丈夫です」

 咳が止まらない。しびれを切らしたシルヤ君が「あーもう。スズ姉持つぞ」とお姫様抱っこをした。スズエさんは「降ろせー!」とジタバタしていたが、きつくなったのかせき込んだ。

 ソファで横にさせるが、それでも苦しそうだ。顔色もかなり悪くなっている。

「……よく生きていたね」

 ユキナさんは青くしてスズエさんを見ながらそう呟いた。よく、生きていたって……それぐらい酷い状況なの?

「相当苦しいハズだよ。いつ死んでもおかしくない状態だね。何があったの?」

「……言いたくないです」

「私は話してほしいかな。一応、スズエの主治医だし」

 ユキナさんが聞こうとするけど、肝心のスズエさんが何も口を割らないから、なんでそうなっているのかが分からない。何か分かりそうなもの……。

 分かりそうな?

 そういえば、一階のモニター室でCDを拾っていたんだ。

「ねぇ、スズエさん」

「なんですか?」

「これ、何か分かる?」

 ボクが見せると、「……何、それ……」と目を丸くした。やっぱりこれ、被害者ビデオじゃない。

 もしかしたら何か手かがりがあるかもとそれをパソコンに読み込む。

『……ぅ……』

 映像が流れ始める。そこには、椅子に座らせられて手錠と鎖をつけられているスズエさんが映っていた。キョロキョロと周りを見渡していた。

『ここは……』

『お早い目覚めだな』

 首輪をつけていないということは、先ほど言っていた最初の試練の前だろう。抜け出そうとするが、ジャラジャラという音が響くだけ。諦めたスズエさんは目の前をにらんだ。

『ここはどこだ』

『お前には関係ない。「森岡 叶恵」』

『……今はカナエじゃない』

『あぁ、そうだったな。スズエ』

 男の人……?それに、スズエさんの過去を知っているのか?

 カナエ、という名前にエレンさんとシルヤ君、ユキナさん以外の人達は驚いていた。そう、スズエさんの本来の名前は「叶恵」……祖父に、つけてもらった名前だと聞いている。

『シルヤは……カイトは、無事なのか?』

 答えるつもりはないと悟ったのか、シルヤ君の無事を確認している。こういうところはスズエさんらしい。ちなみに「戒人」という名前はシルヤ君の本当の名前。二人は、あの事件の後に自分の名前が言えなくなったスズエさんのために、姉弟そろって改名したのだ。

『あぁ、大丈夫だよ。弟は無事さ』

『何が目的?私達にこんなことをさせる理由は?』

 強気な姿勢に『チッ』と舌打ちが聞こえたと思うと、突然スズエさんのおなかを蹴った。椅子ごと、スズエさんは飛ばされる。だけど足は鎖で固定されているから、壁に当たることはなかったけど強く引っ張られていた。

『がっ……!』

『うるせぇんだよ、裏切り者が』

『……私は、あんたたちの仲間になった覚えはない』

 それでも強固な姿勢は変わらず。それが気に食わないのか、もう一発蹴られた。

『ぐっ……!』

『この失敗作が。人形は人形らしく素直に従えばいいんだよ』

『私は人形なんかじゃ、ない……!』

 すごい、な……。普通、ここまでされたら成人男性でもくじけそうなものなのに。

 その状態のまま、彼女は首輪をつけられる。

『裏切り者にはお似合いの首輪だな』

 笑っていることが分かる。それでも、少女はにらみつけていた。

 手錠と鎖が外される。ゲホゲホとせき込むと、血が床に落ちた。

『そうだな。お前にはもう一つ試練を与えてやる』

『は……?試練……?』

 目の前に、ナイフが投げられた。そして、少女に残酷な命令を下される。

『ほかの参加者を殺せ。弟もだ』

『…………え……?』

 初めて、スズエさんの瞳が揺らいだ。

『お前の実力なら、それぐらい出来るだろ?』

『そんなこと、出来ないよ……!』

 そう言うと、スズエさんの首輪が発動した。絞めつけられているのだろう、苦しそうにしていた。

『あ、ぅ……!』

『従わなければ、不定期でその首輪が発動する。死にたくなければほかの人間を殺すことだ』

 首輪が止まり、スズエさんは荒い呼吸を繰り返す。

『どうだ?死にたくないだろ?』

『だからって、誰かを殺したくないよ……!』

 拳をギュッと握りながら、スズエさんは目の前の男をにらんだ。

 そんな中、目の前に何かが流れた。それを見て、スズエさんは動きを止める。

『……え……これは……?』

『今行われている最初の試練だ』

 ――人形達の、最初の試練。しかも、真っ最中だ。

 スズエさんはバッと苦しいハズの身体を動かし、近くの通信機に触れようとする。しかしその前に、男に殴られて壁に強く殴打した。

『ぐっ……!待ってよ……!私なら解ける……!皆を、助けることが……!』

『知っているさ。だからこそ阻止しているんだろ』

『やめて……!やめてよ……!お父さん……!皆を殺して、なんになるって言うの!?』

 ……え?お父さんって……。

 じゃあ、スズエさんは……父親に、こんなに傷つけられて……。

 何度も殴られ、蹴られ、それでも立ち向かう。スズエさんの頭から、血が流れていた。こんなになるまで、彼女は父親と対峙していたのだ。

 だけど……。

『ま、待って!やめて……やめて!皆を殺さないで!』

 時間切れの合図が鳴り響いた。スズエさんは懇願しながら、通信機に手を伸ばす。でも、それが報われることはなく。

『いや……っ!いや!』

 目の前の映像が、地獄絵図となっていく。

『いやぁああああ!』

 涙を流し、悲鳴が上がる。彼女は、膝をついた。『あ……ああ……』と放心状態になっている彼女を、父親はあざ笑った。

『何を泣いているんだ?スズエ。こいつらは皆、見放された人間だ。死んでもいい人間なんだよ』

 その言葉を聞いた途端、スズエさんはキッとにらんで、

『違う!』

 父親の胸倉を掴んで、はっきりと、そう言った。

『この世界にこんな理不尽に殺されていい人間なんていない!お前達の勝手なエゴで死んでいいわけがないだろ!』

『生きていても意味がないのにか?』

『そんなの、お前が勝手に決めるな!この人達が何をしたっていうんだ!お前達に!他人に!何か悪いことでもしたのか!?ただ孤独に生きてきただけの人間だろ!?なんで殺されないといけないんだ!お前達に人生を奪われなければいけないんだよ!』

『黙れ!生意気なガキが!』

 父親はスズエさんの頭を掴んで、壁に強くぶつけた。声のない呻きが聞こえてくる。それでも、彼女は……反抗した。

『間違っていることを間違っているって言って何が悪いの!?』

『黙れって言っているだろう!』

 容赦なく顔を殴られる。抵抗出来ない彼女は何発も殴られていた。それはもはや、女性にやるような暴力ではなかった。

『ふん。まぁいい。お前の最初の試練が行われるまで勝手にしろ』

 不意に離され、スズエさんは力なくへたり込む。

 スズエさんの服が赤い。間違いなく、彼女自身の血で。

 その状態のスズエさんを放っておいて、父親は去っていった。しばらく動けなかったスズエさんだったけど、

『……えぇ。自由にさせてもらうわ』

 小さく呟いたかと思うと、不意に動き出した。その瞳は、一瞬だけライム色になっていた。

 部屋から出て、近くの部屋に入る。そこは、恐らくレントさんの最初の試練が行われた場所だった。

『…………』

 スズエさんは血を吐きながら、カタカタと何かをいじる。すると、天井が上がった。

 当たり前だけど、人の原型をとどめていない。スズエさんはそんなレントさんの遺体を、手で拾い集めた。嫌な顔一つせず、手が汚れることもいとわずに。丁寧に、箱の中に。

『あ、あの……』

 そんな中声をかけられ、スズエさんは振り返る。そこにいたのはシナムキ。

『手が汚れてしまいますよ』

 ほうきを渡されるが、彼女は首を横に振った。

『いいの。手が汚れたって。だって彼らはごみなんかじゃない。人間……なんだ。生きていたんだよ。だから、いい』

 泣きながらそう言われ、しばらく見ていたシナムキだったけど、

『……ワタシも、手伝いますよ』

 同じように、集め始める。服は丁寧にたたまれた。

 タカシさんも同じように手で遺体を集められた。マイカさんは抱えられて、ユミさんは足かせを外され、ナコちゃんは優しく降ろされて、レイさんは体勢上、抱きしめられて。何度も何度も「ごめんね」と謝りながら。

『スズエさん、なんでこんなことを……。あなたが報われるわけではないのに……』

『いいんだ。報われなくても。私が取りこぼしてしまった命を、私のすべてでしっかり覚えておかないと』

 少女は全員の遺体を同じ場所に集めると壁に寄り掛かり、ゲホゲホと血を吐いた。その背中をシナムキは撫でる。

『スズエさん、これ以上は無茶です。すぐに治療をした方が……』

 そう提案されるが、スズエさんは首を横に振った。

『大丈夫だよ、これぐらい。……彼らの苦しみに比べたら、こんなの足元にも及ばない』

『でも、あなたの身体は既に疲労困憊しています。これ以上は本当に命に……』

 きっと、今まで見せてきた姿は無理していたのだろう。そう思わざるを得ないほど、映像の中の彼女は弱っていた。

 不意に、彼女は上を見上げた。

『……ねぇ。もし神様とやらが本当にいるなら……』

 一筋の涙が、頬に光る。そのまま、彼女は目を閉じた。

『私は死んでもいい。地獄に落ちたって構わないから……皆を、生き返らせて』

 それは、小さな祈り。それと同時に、一瞬だけ巫女服のスズエさんが映った。

『スズエさん……とりあえず、座りましょう……肩、貸しますから……』

 きっと、シナムキも見えたのだろう。目を見開きながらスズエさんを支えて元の部屋に向かう。

 座らせると、スズエさんはシナムキを見た。

『そういえば、あなた、名前は……?』

『ワタシ、ですか?ワタシはシナムキと……』

『ううん。そっちじゃなくて。あなたの本当の名前。……あなた、生きているんでしょう?』

 そう言われたことに驚いたのか、シナムキは目を見開いた。スズエさんが本当は繰り返しているということも伝えるとシナムキは驚いた表情を浮かべていたが、納得したらしい。

『香里……カオリと言います』

『カオリ……いい名前だね。カオリさんは、きょうだいとかいるの?』

『……そう、ですね。兄と、姉……それから妹が……』

 スズエさんはシナムキを優しく見ていた。

『……ここに、連れてこられたのは?』

『……十の時だったと思います。突然、連れ去らわれて……もう、二十年も前のことです』

『…………そう、だったんだ……ご家族も心配しているだろうね……』

『いえ、あの人達はワタシのことなんて……それにワタシ、本当は子供がいるんです』

『へぇ、子供が……こども!?』

 驚いたスズエさんはシナムキの方をバッと見て、せき込んだ。シナムキがその背を撫でながら『そんなに驚きますか……?』と苦笑いを浮かべた。

『そりゃあ驚くよ……ここでロクに子育てなんて出来そうもないし……』

『あ、あはは……それを言われてしまえばおしまいですね……』

『じゃあ、子供さんは私と同い年ぐらいかな……?』

『いえ、今年で二十歳なんです。十代の時に産んだので……』

『そうなの?』

『えぇ。あの子は……アイトは、ワタシの自慢の息子なんです。あんなにいい子に育ってくれて……』

『え?』

 息子の名前を聞いて、スズエさんは目を見開く。

『……アイト?えっと……高雪 愛斗のこと?』

『そうです』

『……………………』

 スズエさんは思考停止している。豆鉄砲を食らった鳩のようというのはまさにこのことを言うのだろう。少なくともボクはこんな表情の彼女を見たことがなかった。

『え、えっと、大丈夫ですか?』

『あ、うん。ただ、豆鉄砲食らった鳩のようというのはまさにこの状態をいうんだろうと思っていたところ』

 どうやら本人も思っていたらしい。

『えっと……じゃあ、カオリさんの苗字は「高雪」なんだね』

『いえ、ワタシの苗字は「七守」……旧名は「咲祈」です』

『……………………』

 動きが止まる。

『ちょっと頭が追い付かない』

 さすがのスズエさんでもすぐには理解出来なかったようだ。うん、気持ちは分かる。ボクだって驚いたもの。

『えーっと……つまり、アイトは私のいとこの兄になる……って認識でいいの?』

『そう、ですね』

『…………あのさ、思ったこと聞いていい?』

 多分ボクも、ついでに皆も同じことを思ってる。

『なんであんなクソひげ親父からあいつが生まれるんだ?』

 やっぱり。

 というより忌み嫌っている奴に関してはすっごい口悪いな。まぁいいけど。

『あぁいや、サイコパスなところ以外は母親に似たのか……』

 そして一人で解決した。それでいいのか。

『スズエさん、あまり驚いた様子はないみたいですけど……』

 確かに。子供がいるということとモリナの子供ということには驚いていたけど、いとこがいるということにはあまり驚いていない気がする。

『あー……実はさ、知っていたんだ、母方のきょうだいの方にもいとこがいるってこと』

『そうなんですか?』

『とはいっても、本当に偶然知ったんだけどね。小学生の時だったと思うんだけど、のどが渇いて水を飲もうと台所に行こうとしたら、両親が話をしていてさ。男の子か女の子か、年上か年下かも分からないけど、とにかくいとこがいるんだって。あの人達、おじさんに子供がいるってことは知らないから母方の話だってすぐに分かったよ。……まぁ、その父方の方のいとこの弟にも会ったことがないけどね』

 あ、ひとりさんにも子供がいたんだ。それは知らなかった。

『おじさんの子供、というのは?』

『……おじさんには婚約者がいたの。海野さんっていう、同じ研究者の女の人。子供も出来ていて、結婚する前に亡くなったから……だから、おじさんの基本的な遺産はその人に譲ったの。さすがに結婚直前に申し訳ないって思って。その人は別にいいのにって言ってくれたけどね。ただ、研究所だけは私に譲ってほしいって言われていたみたいでそれだけは受け入れたって感じ』

 しっかり者だ……。憶知の人も手伝っただろうけど、幼い時にそこまで考えられるなんて。

『シナムキ、救急箱持ってきたよ』

 二人で話していると、グリーン……じゃなくてアイトが救急箱を抱えてやってきた。

『全く……君はすぐに無茶するんだから……。駄目だよ、女の子なんだから』

『はーい、ごめんなさーい』

 絶対に反省していないなこれ。

 アイトもそう思ったらしい。苦笑いを浮かべながら『シナムキに見てもらいなよ、ボクはホットミルク持ってくるから』と救急箱をシナムキに渡した。

『スズエさん、アイトが戻ってくる前に下のほうだけでも手当てしましょう』

『……そうだね……』

 バスタオルをひざ掛け代わりにスズエさんはスカートとタイツを脱ぐ。わずかに見える足はやけどの痕が酷かった。

『……あの、このやけどの痕は……』

『あのクソ親父が家を燃やしたせいで残ったものだよ。今は引き攣る程度でなんともない』

 それを聞いたシナムキは悲しい顔をしながら、消毒液をつけたガーゼを血が出ている場所にあてる。

『…………っ!』

 瞬間、少し痛みを感じている反応をした。……あれ?

『しみますか?』

『ちょっと……まぁ、大丈夫……』

 湿布をはり、包帯を巻いた後タイツとスカートをはく。丁度その時、アイトがマグカップを持って戻ってきた。

『腕はボクにやらせてよ』

『まぁ、いいけど……』

 身を乗り出すアイトに、スズエさんはすごく心配そうに許可を出した。まぁ、そうだろうね……。

『大丈夫?痛くない?』

 アイトが手当てしながら尋ねる。スズエさんはにっこりと笑って、

『うん。実はすっごく痛い』

『あはは……まぁあんなに殴られていたらね……』

 ……痛い?スズエさんは無痛病じゃなかったっけ?

 その理由はすぐに分かった。

『ったく、あのクソ親父……容赦なく殴ってきやがって……「痛みを感じていないふり」も難しいんだぞ。今度会ったら覚えておけよ、あのやろー……』

『はは……タイミング悪く治っちゃったか―……』

 あ、そういう……。違和感があったのはこれか。

 というより、痛み覚えていたの!?じゃあ今までずっと我慢していたってこと!?

 視界の端で、エレンさんがスズエさんの背中を撫でている。……エレンさんは多分知っていたんだろうな。「協力してもらってた」って言っていたし。

『でも、君がそこまで悪態をつくなんてね』

『そりゃあつくだろ……人を殺しておきながらなんとも思ってないなんて、同じ血が流れてるって考えただけで嫌気がさすね』

『何であんな人間から君みたいなすっっっごいいい子が生まれるの……』

 うん同じこと思った。なんであんな極悪非道な男からこのきょうだいが生まれるんだろう。人間って不思議だなぁ。

『……それに、思い出したんだ。私の、無痛病とか失感情症は……あいつらが、私に「実験」と称して薬を盛った結果だ。後天性なんかじゃ、ない……』

 その言葉に、アイトは目を見開く。どういう、意味……?

『入院中だったんだけど、一度だけお母さんが来たんだよ。それで……何かを、打たれたんだ。あいつらはその時の記憶を消したから、私は後天性だと思い込んだんだよ』

 そんな……。そんなの……。

『あいつらは、私で人体実験をしていたんだよ。その結果が、これだ』

 自分達の娘すら、実験の道具にするなんて。

『半年ずつ帰ってきていたのは、多分その薬を定期的に打つためだったんだろうね。……思い出したく、なかったけど」

 スズエさんは泣きそうだ。そりゃあ、両親に実験台にされていたらな……。

『……やっぱり、気にしてるの?皆を、助けられなかったこと……』

 不意にアイトが尋ねる。スズエさんは目を伏せ、

『……うん。無力感を覚えてさ……。私は、少し特別な力を使えるだけのただの子供なんだなぁ……って……』

『君が悪いわけじゃないでしょ?成人男性に勝てる女子高生なんて、滅多にいないよ。むしろよくあそこまで対峙出来たね』

『そうかもしれないけど……』

 ただの子供……そうだ、無痛病や失感情症が治ってしまえば……スズエさんは、ただの女の子なんだ。ほかの人よりはるかに正義感の強い少女ってだけなんだ。

『……ほら、出来た』

 アイトが呟く。スズエさんが持ち上げると、不器用に巻かれていた。

『相変わらず下手だなぁ』

『文句あるなら自分で直しなよ』

『……いや、これでいいさ』

 腕に巻かれた包帯を見て、スズエさんは笑う。頭のけがも肌色のガーゼで隠すように貼っていた。そして、ホットミルクを受け取った。

『……はちみつ入れすぎたな』

『ばれたか』

『ばれるよ、甘すぎるもん』

 いつもティースプーン一杯でいいって言ってるじゃん、と言いながら一緒に飲む。しかし、

『……ん?』

 違和感に気付いたスズエさんはアイトを見た。

『……なぁ、アイト……』

『どうしたの?変なものは入れてないけど』

『そうじゃない。そうじゃなくて……』

 ジーッとスズエさんはアイトの方を見ている。やがて、

『……あー、ごめん。痛み止め持ってきてくれ。少し頭が痛くなってきた……』

『そうなの!?えっと、粉薬でいい!?』

『何でもいいよ。どれが効くか分からないし』

 アイトが慌てて痛み止めを持ってこようと部屋を出る。それを見届け、

『……ねぇ、カオリさん』

 スズエさんは、顔を青くしながらシナムキを見た。あぁ、まさか彼女は……。

『あいつは……アイトは……生きているの……?』

 既に、気付いていたのか。

『…………なんで、気付いたんですか……?』

『……人形は、「飲食しない」……出来ないんだよ。だから人形だったらおかしい』

 だからこそ、ラン君が人形じゃないと気付いたのだから。

『じゃあ、ミヒロさんは……本当は生きている人のために、無実の罪で捕まったの……?』

『……そんなことが、あったんですね……』

『あのクソ野郎共……!マジでふざけんなよ……!』

 あー、マジ切れしてるこれ。当然か、無実の人を身代わりに出しただけでなく、幼馴染も利用しているのだから。

『……ねぇ、そのこと、あいつは知ってるの?その……本当は生きているってことも、カオリさんが実の母親だってことも……』

『いえ……その、ワタシから伝えるのは禁止されているんです』

『なるほど……』

 スズエさんは少し考えて、

『私にいい案がある』

『え?』

『一階にあのへんな生物みたいなぬいぐるみ?があるでしょ?あれ、アイトが使っているんだよね?』

『はい、そうですが……』

『私がそれを持ってくるよ。そして一体はカオリさんに渡す。そしたら、それを通じて伝えたらいい。私と話していれば、不自然じゃないだろうし。直接言っているわけじゃないから相手も手は出せないでしょ。だから……一緒にここから脱出しよう』

 だから、一階であれを持ってきたのか……。というよりあれ、アイトが使っていたのか……。

『スズエさん、いいんですか?』

『もちろん。……私達はもう戻ることは出来ないけどさ、カオリさんとアイトはまだやり直せるでしょ?でも、私もこれ以上は出来ない。大丈夫、絶対に助け出して見せるから』

 寂しげな笑みを浮かべながら、スズエさんはそう言った。シナムキは『……えぇ。約束です』と優しく笑った。

 カラン、と床に何かが落ちる音が聞こえる。スズエさんが拾うと、それはボクが持っているものと同じ鍵だった。

『それは……?』

『あぁ、これ……さっき言ってた、繰り返す前に白い髪の女性から渡されたものだよ。「運命を変えろ」って言われてさ』

 それをギュッと胸の前で握る。そして小さく呟いた。

『……少し、昔話をしていい?』

『……えぇ』

 昔話……ちょっとだけ気になるな。

『花が好きな理由はね、私がまだ「カナエ」だった頃、おばあちゃんがいつも花をくれたからなんだ。小さかった私はそれが嬉しくて、いつもおばあちゃん達に喜ばれることをしようって思っていたんだ』

『……そう、だったんですね』

『丁度その時、おばあちゃん達と約束したんだ。「大きくなったら、一緒に研究しよう」って。そして人の役に立てるような人になろうって。そう、約束したの』

 そんなことがあったんだ。だから、彼女は常に人の役に立とうとしていたのか。

『立派なおばあさまたちだったんですね。スズエさんがそんな立派な子になるのも納得です』

『ありがとう。本当に、自慢のおじいちゃんとおばあちゃんだったの』

『お母様……ワタシの姉との思い出は……?』

『お母さん、か……正直、ないに等しいかな?小学生の時、絵とか自由研究で賞を取ったことがあったの。その時は二人共家に帰ってきていたんだけど……私がその報告をしても、無視されたんだ。見向きすらしなかった。あの時、悟ったんだ。この人達は、私に興味ないんだって』

 スズエさんなりに、会話したいと思った結果だろう。子供は親に構ってほしいものだから。でも……彼女の親は、そんな思いすら、踏みにじった。

『だから、それ以来会話しようとは思わなくなったよ。虚しくなるだけだから』

 それで、愛されることを諦めた。普通の人なら、それでぐれてしまうだろう。

『私がそんな風に育ったからさ、そんな人が少しでも減ったらいいなって思うんだ。まぁ、まだ子供の私が何か出来るわけでもないけど……』

 しかし彼女は、まっすぐに育った。誰もがうらやむほど、美しくきれいに。

 その時、アイトが戻ってきた。

『ほら、これ』

『ありがと』

 薬を受け取り、それを飲む。あ、本当に痛かったんだね。

『はぁ……それにしてもどうしようかな……?』

『スズエさんはまず、着替えた方がいいんじゃない?』

『うんなんで学校指定の制服がここにあるのかはあえて聞かないでおくね』

 アイトに渡された制服を見て、スズエさんはそう告げた。気にはなってたんだ……。

『で、スズエさんはどうするの?父親のこともだけど……』

『……………………』

『こーら、女の子が指を立てるんじゃありません』

 父親の話が出た途端、スズエさんは中指を立てた。笑顔だけど内心は相当キレてるなこれ。怒りはしばらく収まりそうにない……。

『いいじゃん別に。あんな奴が父親とかこっちの方が恥ずかしい。吐き気がする』

『気持ちは分かるけどね……』

 珍しくアイトが苦笑いを浮かべている。

『まぁ、それはさておき。どーしよっかなー……』

『とりあえず、君はちゃんとした治療をしようね……』

『そんな時間ないだろ。皆を助け出さないと』

『……そう、だね……正直、君の力がどうしても必要だもんね……』

 そうだ、確かに彼女の力が必要だった。だからこそ、彼女は無理をせざるを得なかった。

『……しょうがないな。その代わり、一日に一回は医務室に行って点滴を受けるんだよ』

『えー……めんどくさーい……』

『本当は安静にしないといけないんですよ。無理やりにでも病院に連れていきたいところなんです。分かってますかスズエさん』

『いーたーいー、アイトー』

 アイトに怒られている彼女が珍しい。どっちかって言ったらスズエさんがアイトを怒るイメージだったから。

 不意にスズエさんはアイトに抱き着いた。

『……スズエさん?どうしたの?』

『……アイト、私、ちゃんと皆を助け出すから。だから今だけでいいの、「子供」でいさせて……』

 泣きそうな声で、スズエさんは懇願する。

 子供……。

 そうだ、いつも頼りになるから忘れがちだけど……スズエさんは、まだ子供なんだ。守ってあげなければいけない子なんだ。

 アイトはそっと抱きしめて『……いいよ、いくらでも泣きなよ』と兄のように包む。

 そこで映像が途切れる。

「……はぁ……相変わらず悪趣味だな……」

 座り込んでいたスズエさんはため息をつくだけで、否定はしなかった。つまりこれは事実ということだろう。

「す・ず・え・ちゃ・ん?」

 ユキナさんが笑顔でスズエさんの頬を引っ張る。

「これはどういうことかなぁ?」

「ひーひゃーいー!」

「父親に暴力を受けて?その怪我が酷くて?その上無理して動いていた?ちゃーんと説明してくれるかなぁ?」

「スズエさん?ボクも詳しーく聞きたいなぁ」

 もちろん、ボクも同じ意見だ。ユキナさんが手を離すと、スズエさんは「うー……」と目をそらした。

「だって……足手まといにはなりたくなかったし……」

「……………………」

「ひゃーへーひぇー!」

 もう一度ユキナさんが頬を引っ張る。

「あーのーねー。スズエはまだ子供なんだから足手まといとか考えなくていいの。それで倒れた方が困るよ」

「そうですけど……」

「まだまだ課題は残ってるね。全く、この子は目を放したらすぐ無茶するんだから……」

 ユキナさんがため息をつく。それと同時に「にゃーん!」とフウ君が泣きながらスズエさんに抱き着いた。

「死なないで……!お母さん……!」

「……………………え、おかあさん?」

 スズエさんの思考が止まった。すごい、生で見られるなんて。

「確かに、フウの記録はここ三年間程度のものしかなかったが……えっと……ユキナさん、これってどういうことなんでしょう?」

 フウ君が嘘をついているとは思えなかったのだろう、スズエさんはユキナさんに尋ねた。ユキナさんは、

「多分、この子は未来から来た子、ということだろうね。実際、この世界の子ではないことは確かだよ」

「いやだよぉ……!」

 スズエさんは泣きじゃくるフウ君を撫でる。

「……大丈夫、フウ。簡単に死んだりしないさ」

 ――スズエさんの服が、白衣に見えた。フウ君も今より幼い年齢に映る。

 あぁ、この二人は「親子」なんだなぁ……。

 それはつまり、死に縛られた少女が生き残る可能性もあるということだった。


 映像を見た時はかなりの衝撃だった。

 まさか、あんな丁寧に自分の身体を扱ってくれたと思っていなかった。

 俺は正直、スズエが怖かった。何を考えているか分からなかったし、無表情で血も涙もないのか、なんて。

 でも、そうじゃなくて。それはただの演技で本当は誰よりも傷付きやすい女の子だったんだ。事情を知ってなお、自分のために泣いてくれた人は初めてだった。

 強がって、大人ぶって、そうやって皆をだましてきたのだ。

 俺が、俺達が、今度は守ってあげないと。

 そう誓った。

 胸が、高鳴った気がした。

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