三章 モニター室のAI達
ようやく上のフロアに行けるようになり、皆で向かう。
「スズエ、兄さんの後ろにいてください」
「え、うん……」
エレンさんの言葉にスズエさんは頷き、後ろに隠れる。なんていうか……長年離れ離れになっていた兄妹とは思えない。ちゃっかりスズエさんの隣にシルヤ君がいるし。まぁでも、親友って言っていたし、疑う人はいないか。
「兄さん、今までどんなことしてたの?」
「本当にシェフですよ。今度何か作ってあげますね」
「そうなんだ。どんな料理を作ってたの?」
「基本的には何でも作れますよ」
「いいなぁ、食べてみたいぜ、オレも」
穏やかな会話が聞こえてくる。うーん、三人の関係を知っている身としては微笑ましい光景だ。妹と弟にねだられる兄の図……うん、可愛い。ボクに年下のきょうだいがいないからなおのこと。
そうして二階に上がると、シナムキとナシカミが出迎えた。
「おー、エレンも生き残ったのかー」
「……うちの馬鹿養父が随分お世話になっているようで?」
ナシカミの言葉に、エレンさんは顔を引きつらせながらそう言った。「あー、そういやモリナってお前の養父だったなー」とまるで挑発するように笑った。
「やはり、一発ぶん殴っておけばよかったでしょうか」
まぁ、あのお花畑な頭では一発殴ったところで治りはしないでしょうけど、と養子とは思えないほど辛辣な言葉を吐く。これは相当恨んでいるなぁ。エレンさんの性格上、恐らく弟妹と離されてキレているのだろう。利用されそうになっていたことに関しての怒りもあるだろうけど。
「おー、怖い怖い。マジで殺されそうだなぁ」
「……………………」
「兄さん、兄さん落ち着いて」
「そうだぜ、気持ちは分かるけど」
スチャッと怖い顔をしながらフライパンを構えたエレンさんを、双子は止める。暴走したら怖いところはやっぱりきょうだいだ。
「やるならその養父の方にしないと」
「そうそう。こいつ殴っても意味ないしな」
「……そうですね」
……こういうところも、さすがきょうだいだ。
なんて感心している場合じゃない。
「怖いねー、スズちゃんとエレンとシルヤ君……」
まぁそうなるよねー。このきょうだいは怒らせたら怖いから、死ぬ気でとめないといけない。
とりあえず三人を止めて、ここでは明日に向けて休むことになった。
エレンさんと一緒にロビーで本を読んでいると、スズエさんが部屋から出てきた。そして、モリナと会ってしまう。
「やめてくれませんか?うちの妹に」
エレンさんが真っ先にスズエさんの前に出る。ボクも庇うように立った。
「エレン、父さんに逆らう気ですか?」
「あなたのことを父だとは一度も思ったことはありません」
はっきり言ったなぁ。でもこの二人はもともと仲が悪かったから当たり前かもしれない。
「あなたが私の血を利用しようとしているのは知っているんです。それに飽き足らず、この子まで狙うんですか?」
そう言った途端、モリナの動きは止まる。
「エレンさん、危ない。スズエさんを守ってて」
ボクが一歩前に出て、いつでも狐火が使えるように準備する。主君を守るのは守護者の役目だ。
「ふ、ふふふ……!」
やがて、七守家の力を暴走させようとした奴だったが、
「動くな」
スズエさんの声に、動きが停止した。……いや、スズエさんが「止めた」のだろう。モリナが戸惑っている様子が見える。
「兄さん、ユウヤさん、今のうちに」
彼女はボク達の腕を掴んで走り出し、モニター室に入った。そして鍵を閉め、少し息を整える。
「今のは……」
呪術の一つだろう。しかも命令形ということは簡易式で、かなり訓練しないと使えないという……。
もちろん、普通ならスズエさんに使えるハズがない。練習すれば使えるだろうけど、今までそういうのとは無縁だった人がすぐに使えるわけがないのだ。やはり、祈療姫の生まれ変わりだからこそ、出来ることなのだろうか。
「モニター室……何かあるかもしれないですね……」
スズエさんがかかっていくと、皆のAIが出てきた。もちろんと言うべきか、ボクのものもある。実物は初めて見たな……。
「……あ、私か……」
AIのスズエさんが目を開く。スリープ状態だったらしい。
「なぁ、お前達は何者なんだ?」
単刀直入に、スズエさんは聞く。すると目の前のAIは「私達は、デスゲームの実験のために作られたAI……と、聞いてるけど」と答えた。
「実験……?」
「そう。誰が生き残るのかとか、どのタイミングで死ぬのかとか、そんなのを調べるためだって」
つまり、シュミレーションしていたということか……。
「あー、でも、私は途中で参加したらしい」
「途中って?」
「私は最後の数回しか参加していないんだって。……シュミレーション自体は去年からされていたらしいけど」
……それは、本来参加者じゃないからだろう。去年から、ということはシルヤ君の同意書を手に入れた後からやり始めていたようだ。
「だけど、私のAI自体はかなり前からあるみたいだね」
「そうなんだ?」
「うん」
昔から、ある……。やっぱり、あわよくばスズエさんをモロツゥに引き入れようとしていたのだろう。
「……勝率は?」
ボクが尋ねると、AIは少し考えて、
「……私のだけを言えば、「0%」ですね」
つまり……生き残ることは、ない……。
「シルヤ君は?」
「私よりは高いって記憶していますけど。確か……2%だったと思います」
……多分、シルヤ君はスズエさんに助けてもらった後、ラン君の身代を奪えなかった時だろう。何度も繰り返していると、そういうこともある。
でもスズエさんは……一度だって、生きて一緒に出たことはない。だからこそ、聞いたのだ。
「でも、それは犠牲者が出た中での話」
AIは言葉を続ける。
「今は、皆生き残っているんでしょう?なら、もしかしたら違う結末も、あるかもしれませんね」
そう言って、AIは小さく笑った。
「ユウヤ、私はスズエを送り届けますね」
そう言って、エレンさんはスズエさんを部屋まで送っていった。ボクはその間、AI達を見る。
フウ君、キナちゃんは泣いている。ナコちゃんはどこか諦めているようだ。シルヤ君とラン君は頭を抱え、エレンさんはシルヤ君を見て「守れなくてごめんなさい……」と謝っていた。……シュミレーションしていた、ということはその記憶もあるのだろう。
「……ねぇ、他の人達の勝率を見せてくれる?」
AIに頼むと、「いいですよ」とその画面を見せてくれた。
祈花 佑夜 自営業 12%
野白 啓 元警察官 11%
道新 舞華 パン屋 10%
松浦 麻実 歌手 10%
歌川 羽奈 大学生 10%
三代 孝 ボクサー 9%
梶谷 ゴウ 野球選手 9%
中松 廉人 会社員 8%
霜月 怜 大学生 8%
神邦 真次 高校教師 7%
高比良 ゆみ 大学生 7%
秋原 蘭 高校生 7%
松浦 実弘 殺人犯 6%
須賀 亜里夏 警察官 5%
珠理 風 小学生 5%
七守 恵漣 シェフ 3%
如月 奈子 小学生 3%
憶知 記也 高校生 2%
佐藤 希菜 中学生 1%
佐藤 菜々美 中学生 1%
森岡 涼恵 高校生 0%
…… …… ……… 0%
「これでいいですか?」
「うん。ありがとう」
予想通りというべきか、森岡きょうだいは勝率が低いようだ。ボクが一番高いのが気になるけど……。
「あれ?」
スズエさんの後に、もう一人続いている。こちらも0%らしい。
「この最後の一人は?」
「私は一緒にしたことがないので知りませんけど……どうやら本来の二十一人目の結果らしいですね」
本来の……つまり、アイトか……。
ということは、アイトももし仮に参加していたとして、死ぬのは確定していたということだ。
「これって、コピー出来る?」
「…………内緒ですよ」
この反応を見るに、本当はいけないのだろう。しかし彼女はそれをコピーしてくれた。
「どうぞ」
その紙を取り、「ありがとう」とお礼を言う。
「……ユウヤさん」
「どうしたの?」
「……絶対に、皆で生き残ってくださいね」
AIは真剣な目で、ボクを見ていた。
次の日から、ゲームが始まる。スズエさんとシルヤ君のペアは姉弟であり親友だからか、息がぴったりだった。
「シルヤ!そこだ!」
「おう!」
うーん、やっぱりこの二人がいたら万人力だね。
「スズエ、ご飯の時間ですよ」
一日目のゲームが終わり、スズエさんがロビーで自分の部屋にあったらしいパソコンを使っているとエレンさんに呼ばれた。
「今行くよ、兄さん」
スズエさんはパソコンを閉じ、それを持って食堂に向かった。
エレンさんの料理はとてもおいしい。スズエさんの口にも合ったようで、
「おいしい……!」
「よかった」
目を輝かせながら頬張っているスズエさんの頭をエレンさんは撫でている。シルヤ君も幸せそうに頬張っていた。
夜、シルヤ君がスズエさんの部屋に行くのが見えた。顔を青くしていたから、怖かったのだろう。
ノックすると、スズエさんが出てくる。シルヤ君はギュッと抱きしめて何か頼んでいるようだった。スズエさんは笑って、彼を部屋の中に入れた。
スズエさんはゲームがない時間は、モニター室や個室に籠っていることが多かった。恐らく皆で脱出するために何かしているのだろう。でも、時々医務室にも行っているところを見かける。どうしたんだろ……?
ある時、休憩したらどうだと言いにモニター室に向かうと、スズエさんがグタッと机の上で伏していた。少し顔色も悪い。
「スズエさん!?どうしたの!?」
ボクは慌てて彼女に呼びかける。彼女は「ぅ……」と薄く目を開いた。
「ゆ、やさん……?」
「よかった……」
ひとまずは無事であることに安堵する。スズエさんは息を切らしながら「いま、なんじですか……?」と聞いてきた。
「今は夜中だよ。十一時三十分ぐらい」
「三十分ぐらい寝てしまっていたんですね……」
寝て……?それにしては顔色がかなりひどい気がするけど……。
それに、さっきのあれはどちらかと言えば寝ていたというより、気を失っていたというか……?
ふと、スズエさんの首に赤い何かがあることに気付いた。……いや、それは……ひっかき傷?
「首、どうしたの?」
ボクが聞くけど、彼女は「強くひっかいただけですよ。その……かゆくて」と髪の毛をいじりながら答えた。……何か隠しているようだけど……。
でも、それ以上は聞くことが出来なかった。
そうしてチップを集め終えると、ナシカミに集められる。
その前に、ボクはスズエさんに声をかけた。
「ねぇ、スズエさん」
「どうしました?ユウヤさん」
「チップ、フウ君とキナちゃんに渡さない?」
まさかボクが提案するとは思っていなかったのだろう、スズエさんは目を見開いた。そして、
「……私から提案しようかと思っていたところです」
そう言って、スズエさんはフウ君とキナちゃんを呼び寄せた。
そうして、ボクとスズエさんは毒針を受けたが何とか生き残ることが出来た。
「あー、いた……」
医務室で、ボクは毒針が刺さったところを手当てしていた。二発受けたら死ぬというだけあって、かなりの毒の量だ。毎度のことだけど、本当に死ぬかと思った。
「ユウヤさん、大丈夫っすか!?」
シルヤ君が医務室をバンッと開ける。
「シルヤ君、スズエさんのところに行かなくていいの?」
「あっちはにい……エレンさんが行ってくれているから大丈夫っす」
……ケイさん達がいなくてよかったな……。
シルヤ君のその言い間違いを、確実に問い詰められるだろうから。
「シルヤ君、ボクの前ではエレンさんのことを「兄さん」って呼んでいいんだよ」
「え……?」
「ボクは知ってるからね、君とスズエさんが双子だって」
シルヤ君は俯いた。ボクは自分がスズエさんの守護者であること、二人の関係はエレンさんから聞いたことを話した。
「……そうなんすね。兄さんが……」
「エレンさん、ずっと君達のことを心配していたんだよ」
シルヤ君の頭を撫でる。両親がいない中、二人は互いに支えあって生きてきただろう。そんな中で兄の存在は、かなり大きいと思う。
「二人ぼっちになってかわいそうだって、ずっと言ってた。だから三人が再会出来て、本当によかったよ」
シルヤ君は涙を流す。ボクはそっと、その涙を拭った。
私はスズエの面倒を見ていた。
「うー……兄さん……?」
「大丈夫ですか?スズエ」
実母と同じ色の髪を撫でる。とてもサラサラで、本当に女の子なんだと思わされる。
「水……」
「どうぞ」
水を渡すと、スズエは一気に飲んだ。
「あー、まだくらくらする……」
「致死量ギリギリでしたからね、むしろよく耐えてくれました」
この子は後天的だけど痛みがない。本当なら頭や毒針が刺さった場所も痛むハズなのに、痛いとは言わなかった。
あぁ、兄さんが代わってあげられたらよかったのに。
これ以上、この子が傷つかないように。
「……にい、さん……」
「どうしました?」
「背中、撫でて……」
ねだられ、私は妹の背中を撫でる。
あぁ、本当に……「痛い」って、言ってほしい。
ある程度落ち着いたボクはシルヤ君と一緒にスズエさんの部屋に向かう。
「ユウヤ、大丈夫なんですか?」
エレンさんがボクを見て目を見開く。ボクは「大丈夫だよ」と笑った。シルヤ君が近づき、様子を見る。
「なぁ、スズ……姉は……?」
「スズエなら、今寝たところですよ」
エレンさんの言葉通り、スズエさんは寝息を立てていた。あんまりゆっくり眠れていないから、休める時に休んでいてほしいものだ。
「シルヤ、あなたも寝た方がいいですよ。スズエがずっと心配していたんですから」
「そうするぜ……」
シルヤ君はソファに横になる。さすがにベッドでは寝ない……いやボクがいるからか?
しばらく横になっていたシルヤ君だったけど、急に起き上がったと思ったらスズエさんの横に入った。そしてギュッと抱きしめてそのまま寝てしまう。
「……問題ないかなぁ、これ……」
「かわいい……」
一応、皆には「親友」で通しているんだけど。まぁエレンさんは兄だから、そう思うんだろうなぁ……。
まぁ、いいか。幸せそうだし。そう思うことにした。