二章 少女の策略
メインゲームが始まるまで、今度は二階を探索する。
「スズ姉ちゃん……ここ、怖い……」
あの白い部屋を調べているとフウ君がスズエさんの服を掴んだ。スズエさんは「一度出るか?」とかがんでその頭を撫でる。フウ君は首を横に振った。
「ううん……」
「無理はしなくてもいいんだぞ。フウはまだ幼いからな」
そう言うと、フウ君は「……抱っこしてほしいニャ……」とねだった。スズエさんは「いいよ」と笑って抱き上げる。
それにしても、ここはどんな部屋なのだろう。よく分からないのだけど……。
「……………………」
スズエさんは真剣な目で周囲を見渡していた。何か気付いたことでもあったのだろうか?
「……多分、ここは……」
ボソッと何かを言ったらしい。フウ君が目を丸くしていた。「どうしたのかニャ?」と尋ねるけど、スズエさんは「何でもないよ」と微笑んで安心させる。
そのあと、隣の温泉に向かう。そしてスズエさんはフウ君を降ろし、問答無用でよく分からない変な生物を掴んだ。
「…………」
そして、何か呟いた気がした。
そのままポケットに突っ込み、探索してしまう。なんだったんだ?
「お湯は……出るわけではないみたいですね」
蛇口をひねったスズエさんはそう呟いた。出たところでどうしたらいいんだと思うけど。
「スズー、何か見つけたかー?」
シルヤ君が声を上げるが、彼女は「いや、見つからないな」と首を横に振った。まぁ、確かにここに何かあるわけないけどさ。
「あ、あとそこの物体、持ってきてくれ」
もう一匹(という判定でいいのかは謎だけど)を指さしたスズエさんに、シルヤ君は「こいつ?」と持って行った。スズエさんはそれもポケットに雑に突っ込む。
「さてと、出るか」
そして何事もなかったようにフウ君の手を握り、部屋から出た。
メインゲームの始まる放送が流れる。ボクは覚悟を決めて、個室に踏み入った。
ボクは平民だ、特に変化はない。問題は、スズエさんの役職がどちらなのかだ。
シルヤ君を託されていない……それを考えると、鍵番だろう。だけど今回のスズエさんはどこか違う。正直、油断ならないというか……。
何度も繰り返している間、スズエさんかシルヤ君が最初に死ぬことは決まっていた。血を抜かれて殺されるシルヤ君と、花の養分となり朽ちるスズエさん……そうなったら、もう運命は変えられない。
特に、スズエさんがそうやって殺された場合は絶望だ。なぜならモロツゥは「きれいな状態のスズエさんの遺体」を欲しがっているから。なぜきれいな状態でなければいけないのか、それはその力を完全なまま使うとなれば、傷がない方がいいから。アイトはそれを知っているため、いつもスズエさんを処刑するとなった時は傷をつけるようにしているのだ。
「ユウヤ、ボクのしてることって……なんだろうね」
アイトが、スズエさんを処刑した後そう呟いたことがあった。同じ守護者の家系として、複雑だったのだろう。
「大好きな女の子を守れないで、むしろ殺しちゃって……ボクの存在意義って、何だったんだろう」
つらそうなアイトの表情に、ボクの胸は締め付けられた。
シンヤ……。
なんで、お前は変わってしまったの?お前も昔は、スズエさんを守りたいって言っていたじゃないか。
ねぇ、誰か兄さんを助けてよ。誰か……。
メインゲーム開始の合図に、ボクは現実に戻される。慌てて会場に入り、周囲を見渡した。
……初めて見る、本当の意味で皆がそろう最初のメインゲーム。さぁ、どう変わっていくのか。
スズエさんの動向を観察する。場を乱すのか、それともまとめるのか。
「鍵番が誰かカミングアウトしてくれるかなー?」
ケイさんの言葉に、スズエさんは悩んでいるようだった。これは、まさか……?
しかし、ボクの予想に反してスズエさんは特に何も言わなかった。あれ?……何も言わないなんて絶対にないのに。
「……誰も言わないみたいですね」
代わりに、ボクはそう告げた。「そうみたいだねー」とケイさんはいつもの軽い口調でうなった。
「……では、賢者が誰なのか探すべきでは?」とスズエさんがようやく口を開いた。うーん……鍵番なのか?いやでも、怪盗の可能性もまだ捨てきれないな……。
正直、判断に苦しむ。……そもそも、本当にそのどちらかなのか?別の役職ではないのか?いやそれなら、なんで他の人はカミングアウトしないのだろうか?そもそもスズエさんが議論に積極的でないことに説明がつかない。
(……うん?)
積極的では、ない?
もしかして……何か、やろうとしている?そうだとしたら、納得がいく。
「スズエさんは、「誰が」賢者だと思う?」
ボクが尋ねると、彼女は「現段階では、答えられませんね」と答えた。
――なるほど……。
彼女の場合、本当に分からなければ「分かりませんね」と正直に答える。でも今回は「答えられない」と言った。つまり……彼女は、エレンさんが賢者であることを知っている。そして恐らく、シルヤ君が身代であることも。
スズエさんは髪の毛をいじりながら、兄の方を見た。彼は小さくうなずいている。……何か、考えているのだろう。
「……あの」
その時、キナちゃんが声を出した。
「わたしに……入れてくれませんか?」
なんと、自ら志願したのだ。多分、姉が死んでしまったのは自分のせいだと思っているからだろう。
「だめだ」
しかし、スズエさんはすぐに止めた。
「幼い子供を、犠牲にするわけにはいかない」
「……でも、わたしは……お姉ちゃんを……」
「……なら、言い方を変えよう。
おねえさんは、キナが死ぬのを本当に望んでいるのか?」
その言葉に、キナちゃんははっとなった。
「おねえさんはきっと、キナが生きていくのを望んでいるハズだ。そうじゃなければ、キナに鍵なんて渡さないハズだ。おねえさんに助けてもらった命なんだろう?なら、それを簡単に捨てるな」
続く言葉は厳しくも優しいもの。「生きていていいのだ」と、教えるものだった。
あれ?でも待って。
なんで、鍵を使う試練だったって知っているの?キナちゃんがそう言った?ボクにはその記憶がないんだけど……。
エレンさんがギュッと手を握る。そして、
「……鍵番は、この中にいません」
暗に賢者であると、カミングアウトした。鍵番は、いない……つまり、消去法で行けば怪盗がいるという判断になるが。
終わりの合図が響く。投票に入り、エレンさんが選ばれてしまう、が。
「あははっ!犠牲者は……え?」
ルイスマの表情が変わる。何事かと皆が騒ぎ出した。
理由は、ルイスマの言葉で分かった。
「無効試合……!?そんなわけ……!」
……え?そんなこと、出来るの?
犯人はもちろんスズエさんだろう。でも、どうやったんだ?そんなこと……。
「スズエ、貴様……!抜け道を使ったんだな!?」
「使ってはいけないというルールはなかったハズだ」
ルイスマの怒気に、彼女は飄々と返す。
……抜け道?
どういうこと?そんなのがあったの?もしそうだとしたら、どこでそれを見つけたんだろう?
わけが分からない。ボクが混乱している間にも、二人はにらみ合っていた。
「そんなにお兄ちゃんを助けたいのか?」
「当然だろう。兄さんだけでなく、皆を助けたいからな」
さらっと明かされた二人の関係に、周囲がざわめく。そんなことなど気にせず、ルイスマは舌打ちをした。
「チッ。だから「役職を持たない人間がいたら無効試合になる」なんてルールは嫌だったんだ」
役職を、持たない……。つまり、スズエさんは鍵番でも怪盗でもなく、ましてや平民ですらなかったということだ。たったそれだけで、メインゲームは切り抜けられたのだ。
『ルイスマ、ルールなんだ。どうのこうの言うな』
その時、放送が鳴った。……これは、兄の声だ。
『それにしてもスズエ、よく見つけられたな。そんな抜け道』
「誰かさんにヒントをもらっていたからな」
誰かさん……?誰だろう、よく分からないんだけど。
『ふん。……まぁいい』
メインゲーム会場の扉が開く。どうやらシンヤが開けたらしい。
とっとと出ていけ、と言われ、ボク達は会場から出る。
「なぁ、スズ。どこでそんなヒント見つけたんだ?」
シルヤ君に聞かれ、スズエさんは「食堂だよ」と答えた。
「椅子に違和感を覚えてな、ドライバーで外したら無効試合にする方法が書かれた紙が出てきた」
正直、賭けではあったけど、とちっとも思っていないような声色で告げた。……よく観察してるなぁ。
ということは、あの隠し部屋に一緒に行った後か。確かにスズエさん、食堂に行ってくるって言っていたもんな。
「スズエ」
エレンさんに呼ばれ、「どうしたの?兄さん」と彼女は振り返った。
「……ありがとう、兄さんを助けてくれて」
その言葉にキョトンとした後、スズエさんは笑った。
「当たり前だよ。誰かが死ぬのは見たくないから」
それは、どういう意味で言ったのだろうか。
おねえさんが助けてくれた命を簡単に捨てるな。
スズエさんはそう言ってくれた。でもわたしは、本当に生きていていいの?
メインゲームの後、わたしはスズエさんに声をかけました。
「スズエさん」
「どうした?キナ」
「わたし、本当に生きていていいんですか?」
お姉ちゃんを死なせてしまったわたしが。
スズエさんは静かに笑って、わたしの頭を撫でてくれた。
「当然だ。この世界に、理不尽に死んでいい人間なんていない。キナのおねえさんだって、本当はこんなところで死んでいい人間じゃないんだ」
「……………………」
「それに、悪いのはキナじゃなくて奴らだ。だからキナが自分を責める必要はない。おねえさんの分まで、胸を張って生きていけ」
その力強い言葉に、わたしは涙を流した。スズエさんは優しく抱きしめてくれた。
「つらかったな。大丈夫、私が傍にいるから」
ナナミお姉ちゃんがそうしてくれたように、撫でてくれる。
――キナ、大丈夫だよ。私がいるんだから。
お姉ちゃんを思い出す。お姉ちゃんはいつも、わたしを守ってくれた。
わたしも、強くなりたい。
絶対に強くなるって、約束するから。だからスズエさん、今だけは……あなたの胸の中で泣かせてください。
「サクヤ、そっちはどう?」
聞くと、彼女は「調べがつきました」と紙を渡してきた。
「ですが、なんで急に?」
「前に、あなたにはきょうだいがいるって話したでしょ?」
確認すると、サクヤは「そうですね」と頷いた。
「そのきょうだいから助けを求められたの」
そう言うと、彼女は息をのんだ。
「一緒に行く?」
私が尋ねると、一瞬の迷いの後にサクヤは頷いた。
予想外の出来事だったせいか、次のフロアに行くまでに時間がかかるとしばらく探索していた。
「でもまさか、エレンがスズちゃんのお兄さんだったなんてねー」
ケイさんが軽口を叩く。エレンさんは「妹は絶対に渡しませんからね」とスズエさんを抱き寄せていた。
「兄さーん。落ち着いてー」
スズエさんは苦笑いを浮かべながら兄の腕を軽く叩く。まぁ、エレンさんが守りたいと思う理由も分かる。
「俺、口説いちゃおうかなぁ」
「させねぇ!スズが欲しければオレを倒してからだ!」
あー、シルヤ君が忠犬になってる。さすが、お姉ちゃん好きっ子だ。なんか犬の耳やしっぽが見える気がする。
「私も許しませんよ?」
エレンさんの笑顔が怖い。こういうところはさすがきょうだいだ。
まぁ、そっとしていていいだろう。ケイさんにはいい薬になると思うし。