一章 終わりの始まり
ハッと、ボクは目覚める。天井には見覚えがある、自室だ。
あのデスゲームが行われる前日。いつも、その日に巻き戻るのだ。
「……スズエさん……」
また、君を守れなかった……。
ギュッと、首にかけている鍵のアクセサリーを握る。かつてスズエさんから受け取った、この鍵。
「……今度こそは……」
必ず、君を助け出す。
その鍵が、淡く光った気がした。
次の日、エレンさんがスズエさんのところに慌てて向かった。理由は単純、モロツゥが動き出してしまったからだ。
――スズエさん、思いっきりストーカーだと思い込んでいたけど……。
今までどんなことをしていたんだろう、エレンさん……と思っていると、いきなり黒服の男達……モロツゥの人間が入ってきた。ボクは応戦しようとしたが、数の暴力には勝てず頭を殴られ、気を失ってしまった。
目が覚めると、そこは謎解きの部屋だった。エレンさんも隣で目を開けている。
「ユウヤ、ここは……?」
「やられましたね……さらわれてしまったんでしょう、奴らに」
謎解き自体は毎回同じものだし、エレンさんも簡単に解けるので問題なく最初の試練は乗り越えた。ありがとう、アイト。
さて……広場に来ると皆が集まってきた。いつものメンバーだ。
……スズエさん。
いつものごとく気を失っている彼女に駆け寄りたいが、ここは我慢だ。エレンさんも、兄として傍にいてあげたいのだろう、小さく手を握ったのが見えた。
スズエさんが目を開くと、ケイさんの合図で自己紹介が始まった。それを、スズエさんが質問していく。一瞬の間、チラッとボクの方を見た。
……あれ?
なんか、いつもと様子が違うような……?どうしてだろうか。
しかし、そんなことを気にしている間に探索しようという流れになった。ボクはいつものように、スズエさんとシルヤ君のペアに混ざる。
いつもはここで食堂に向かうのだが……。
「あの、あっちの方から行きませんか?」
スズエさんはモニター室の方を指さした。こんなこと、今までなかったのに……と思いながら三人でそちらに向かう。
モニター室には、一つだけ電源のつくパソコンがある。ボクとシルヤ君が他のところを探索している間に、スズエさんはそのパソコンを触っていた。何しているんだろう……?被害者ビデオを見ているわけじゃなさそうだし……。
その時、一つのCDを拾った。これは何……?
そう思いながら、ボクはそれを隠すように持つ。
割と時間がかかったが、それでもいつも通り進んでいく。どこかスズエさんは苦しそうなのが気になるけど……。
ロシアンルーレット……スズエさんの記憶力のおかげで、乗り越えることが出来た。正直、何度も繰り返しているボクでも混乱することがあるから助かる。
「あの、スズエさん」
声をかけると、彼女は「どうしました?ユウヤさん」と首を傾げた。うーん、普通だ。
「……いや、なんでもないよ」
「そうですか?それならいいですけど」
でも、いつもより念入りに調べている気もするんだよなぁ……。気のせいかな?
「スズエさん、私も手伝いますよ」
エレンさんが一緒に探索する。スズエさんは「あ、ありがとうございます」と小さく笑顔を浮かべた。
――なんというか、それは兄を信頼しているように見えた。
そんなわけない……ハズだ。だって、この時スズエさんはエレンさんが実の兄であることを知らないハズだし……。
……深く考えるべきではないのだろうか。いやでも、実際前回この子、演技が上手なところを見せたんだよなぁ……。あの、棺のやつとか、首輪を外していたのに外れていないような行動をしたり……。そんな前例があるからなぁ……。まぁ、人のことは言えないけど。
……なら、ボクも少し思い切った行動をしてみようかな?
そう思って、ボクはエレンさんがどこかに行った後、声をかけた。
「ねぇ、スズエさん」
「はい」
「一度、あの隠し部屋に行ってみない?」
ボクが行っているのは、あのピンクの部屋ではなく、パソコンを拾う部屋。今回はまだ行っていないけど、さて、君はどう出るかな?
「……あぁ、あの部屋ですか。いいですよ」
一緒に向かった場所は……パソコンを拾うあの部屋だった。スズエさん曰く、「違和感があった」とのこと。まぁ、彼女の洞察力なら気付いていてもおかしくはないか。……暗所恐怖症だった気もするけど、そこは気にしないでおこう。
一緒に部屋を探索していると、本を見つけた。……いや、これは日記かな?
内容を見てみると、
三月九日
初孫が生まれた。いつの間に結婚したのか分からないが、これほど喜ばしいことはない。その子は「恵漣」と名付けられた。
四月二十五日
全く、あの馬鹿息子は何をしているのか。育児を全くしないとは。この子がかわいそうではないか。
などと綴られていき、子供が生まれて四年ぐらいの内容に飛ぶ。
五月二十六日
今度は双子の女の子と男の子が生まれた。女の子の方が姉らしい。エレンもきょうだいが増えて嬉しそうにしている。
七月五日
エレンがカナエとカイトの世話をしている。ずいぶん兄らしくなってきた。微笑ましいことだ。あとはやはり両親が世話してくれたら……。
十月十七日
カナエが他の子供より成長が早い気がしたので雪那先生のところに行くと、どうやらカナエは「ギフテッド」というものだと言われた。小さい時は友達も出来にくいかもしれないけれど、大きくなるにつれて少しずつ増えていくから大丈夫、やりたいことをどんどんさせてあげるといいと指導を受けた。
どうやらこれはエレンさん達のおじいさん、もしくはおばあさんの日記らしい。書き方的にはおじいさんかな?孫の成長日記で、かなり愛されていたことが分かる。
この日記の中には、アイトの話も書かれていた。どうやらエレンさんが泣いているアイトを家に連れて帰ったのが交友の始まりらしい。わずかにボク達のことも書かれていた。
――この間に、彼女達の両親は……。
やるせない気持ちになる。この間、モロツゥに通じていて世界を滅ぼそうと計画立てているなんて思わなかっただろう。……いや、確かモロツゥは裏社会の組織で表向きは慈善事業をしているが裏ではかなり残虐な実験をしているんだったっけ?アイトがそう言っていた気がするけど……。モロツゥについてはスズエさんの方が詳しいかもしれない……。
それから、スズエさんも裏で暗躍している若き天才情報屋らしい。道理でハッキングや情報収集にも長けているわけだ。ただし、彼女の信念として絶対に悪用しないと判断した時のみ、情報を渡すという。
「どうしました?」
急に声を掛けられ、ボクは驚く。どうやらスズエさんが後ろに立っていたらしい。
「それは……?」
「えっと……本みたいだね」
ボクが苦しい言い訳を告げるが、彼女は「そうですか……」と小さく笑っただけだった。そして、
「私、ちょっと食堂に行ってきますね」
そう言って、彼女は早足で向かってしまった。
……なんだったんだろ……?
そう思ったけど、ボクは追いかけることが出来なかった。
私は仕事のためにパソコンを触っていたけれど、もう遅い時間だからそろそろ休もうと思っていると一通のメールが送られてきた。
「……誰からかな……?」
こんな時間に職場からメールは滅多に来ない。明日にしてもよかったけど、なんとなく覗いてみると差出人に目を見開いた。
それは、「アトーンメント」……裏社会では有名な情報屋で、私の知り合いのコードネームだったからだ。私はすぐにそれを読む。
メールの内容を見て、私はなるほど、なぜこの子があえてコードネームの方を利用したのかが分かった。
「……あの、どうされましたか?」
扉の方から、女の子の声が聞こえてくる。私は振り返り、「大丈夫だよ、サクヤ」と笑いかけた。
彼女は赤子の時に私が拾った女の子だ。今は中学生で、私の影響か普段は和服で過ごしている。
「……サクヤ、数日間休みは取れる?」
「え?まぁ、取れると思いますけど……」
「なら、これについて調べてくれる?」
私がサクヤに紙を渡すと、彼女はそれを見て「……これなら、明日には調べがつくと思います」と答えた。この子は実のきょうだい達に似て情報収集能力が高いのだ。
さて……。
それじゃあ、私もこの組織について調べるとしますかね。すぐにでも行けるように。
しばらくあのパソコン部屋を調べたけど、結局他に得たものはなかったのでボクは外に出た。皆と合流する前にエレンさんに会う。
「おや、ユウヤ。スズエ……さんとは一緒ではなかったのですね」
周囲を警戒してか、彼はスズエさんを呼び捨てでは呼ばなかった。こういう時、覚えていてくれたらよかったのになぁ……なんて思ってしまうけど、まだちゃんと物心つく前だし、覚えていないのも仕方ない。
「エレンさん、これ」
ボクがさっき拾った日記を渡すと、彼はそれを受け取り、中身を見た。そして、「……確かに、こんなこともありましたね。懐かしい……」と呟いた。その表情は、とてつもなく幸せそうだった。
――兄さんも、昔こんな顔してくれたなぁ……。
このデスゲームを主催している兄を思い出す。本当は憎むべきなのだろう。だけど……優しい思い出が、それを邪魔する。
ボクが唯一、悪態をつくことが出来た兄。でもいつでも笑いあって、過ごしていた。だけど、それを他でもない、咲祈家の人達のせいで壊された。あぁいや、エレンさんとかスズエさんシルヤ君は全く関係ないし、恨むことはないけど。
確かに、咲祈家は守る対象かもしれないけれど、こんなことされてあの家を守る気にはなれない。だからボクは、「スズエさんの守護者」として生きることを決意した。そしてエレンさんと一緒に、東京に来た。
普段は自営業でボクはエンジニア、エレンさんはシェフとして働き、裏ではスズエさんを守るためにどうするか会議する。そんな生活をしていた。そこでアイトと再会し、モロツゥの情報をもらっていた。
「……絶対に、スズエさんを守りましょうね」
「えぇ。私のこの命に代えても、スズエとシルヤは守ります」
……本当に、このきょうだい達は似ていると思う。この命に代えてでもなんて、スズエさんも同じことを言っていた。
……どうなるんだろ……。
正直、すごく怖い。本当に皆を守れる道はあるのか。ボクには……見当たらない。
大きな一歩になったのは、ルイスマを組み立てる時だった。
「……あの」
ケイさんが組み立てようとしたところで、スズエさんが声を出した。
「組み立てる前に、扉の裏を見てみませんか?」
それで何か分かるのだろうか……?なんて思いながら扉を閉めてみると、そこには、
『これは練習投票であるため、同率であれば没収試合とする』
そう書かれた紙があった。つまり、ここでは誰も死なずに済む……ということだ。
スズエさんはやっぱり……という表情をする。どうやら彼女の中では確信していたらしい。
そうして、ルイスマが組み立てられて投票は皆、自分のところに入れたらしい。
「ちっ。誰も死ななかったか……」
ルイスマが舌打ちをして、「次のメインゲームまで首を洗って待っているといい」と捨てセリフを吐き、去っていった。
「危なかったねー。スズちゃんが言わなかったら誰か死んでいたかもー」
ケイさんはいつもの軽い、しかし真剣な声で呟いた。
「スズエさん、少し話をしませんか?」
エレンさんがスズエさんに声をかける。彼女は「いいですけど」と頷き、二人で先に部屋から出てしまう。
……ボクも出ようかな……。
そう思って、探索を再開した。
私は妹と二人でどうしても話したかった。食堂に来ると、私は向き合う。
「スズエさん。……いや、スズエ」
私に呼び捨てで呼ばれたことに驚いたのか、彼女は目を見開いた。でも、ここで言わないといけない気がした。
「覚えていますか?私が……兄さんだということを」
知らない人に言われたら、警戒される。もちろんそう思っていた。しかし、
「……やっぱり、そうだったんだ……」
スズエは納得したように小さく笑った。
「信じてくれるんですか?」
「うん。だって、私達を見る目は兄のものだったから」
……どうやらシルヤを見る時もそうだったらしい。やっぱり、この子はそういうのに敏感な子だ。
「……その、抱きしめてもいいですか……?」
最後に見た時より大きくなった、可愛い私の妹。その成長を、どうしても確認したくなった。
「いいよ、兄さん」
許可をもらい、私はスズエを抱きしめた。
……あぁ、本当に大きくなりましたね……。
ずっと、こうしてあげたかった。一人で抱えてつらかったねと、二人ぼっちになって寂しかったねと、そう言ってあげたかった。そしてそれ以上に、
「……愛しています」
あなた達をずっと愛していたのだと、教えたかった。
「……私も、愛してる、兄さん」
ギュウと、強く抱きしめられた。あぁ、この子は寂しがり屋だった。ずっと私やアイトの後ろに隠れて、でもシルヤのために率先して前に出て……。そんな、可愛い子だった。
しばらくの間、私達は抱きしめあっていた。
「…………」
「兄さん?どうしたの?」
「スズエ、何を隠しているんですか?」
不意に覚えた違和感に、妹に尋ねると彼女は「……やっぱり、兄さんには分かっちゃうか」と小さく笑った。
「あのね、兄さん。本当は――」
その理由を聞いて、私は必ず妹を、そして弟を守り切ると心に誓った。
少しして、エレンさんとスズエさんが仲良く話しているのが見えた。そこにシルヤ君まで混ざる。
そこだけ、どこか穏やかな空気が流れている気がした。