十章 再会と別れ
「スズエ、どうしたらいい?」
シンヤが尋ねる。スズエさんは観察して、
「シンヤ、狐火は使える?」
「あぁ、ユウヤほどではないが」
「アイトは何が得意だ?」
「ボクは氷結系だね」
なるほど……とスズエさんは考えて、
「アイト、奴らの足元を凍らせてくれ。ユウヤさんとシンヤはその間に狐火を使ってほしい。ほかの皆は動けなくなったところを攻撃しよう」
そう指示を出した。ボク達はそれに頷く。
「私は?」
「ユキナさんは……サポートに回ってください」
「了解」
そうして、ボク達は指示通りに動く。
アイトが足元を凍らせる。動きが鈍くなったところをボク達兄弟が狐火を放つ。そこに、エレンさんがフライパンで殴った。……確か、スズエさんもフライパンで殴っていたなぁ……。
「くっ……!多すぎる……!」
しかし、いくら倒しても出てくる。正直、きりがない。
「……っ」
スズエさんは奴らをにらみつけると、
「動くな」
怪物達に命令した。その力で、怪物達の動きが止まる。
「おー。やっぱりすごいな、スズエのそれ」
「今は話している暇なんてないぞ」
ユキナさんは風の力で攻撃した。龍神の血筋なら炎が得意だと思うけど……どうやら人間の血が混ざったために少し変わってしまったらしい。
「グギギギ……!」
怪物はユキナさんの方を見る。そして、彼女に襲い掛かった。しかし、
「フフッ。私に歯向かおうなんて」
かみつこうとした瞬間、飛ばされる。
「百年以上も早いわ」
彼女の目の前には風の壁が出来ていた。それにはじかれたのだろう。
さすが、龍神の姫様……。
スズエさん同様、逆らわないようにしよう……。
「な、こいつ……!」
「こう見えて、私は千年以上生きているもんでね。祈療姫とも知り合いだったのよ」
千……!?正直、ボクには想像出来ない年月だな……。
でも、なるほど。だからスズエさんには特別な思いがあるのか。
「この技も、その祈療姫に教えてもらったものでね。彼女は幼かった私をかわいがってくれたわ」
懐かしいわね……と小さく笑った。
「くっ……!こんの化け物が……!」
「失礼ね。人の心を持っていないあんた達こそ、化け物だと思うのだけど?」
ルイスマの罵倒に、ユキナさんは冷静に、しかし怒りの含んだ声で答えた。
「ユキナさん、危険です!」
ラン君が叫ぶ。彼女の後ろから、怪物がこん棒を振り下ろしていたからだ。
「ラン君、誰に言っているの?」
しかし、ユキナさんはどこから出したのか刀で斬り捨てていた。つよっ……これが龍神の力?絶対敵わないな……。
「本当に……君はお母さんのユリさんに似ているね。彼女もおなかにいる君の心配ばかりしていた」
「え……?」
ラン君は目を見開いていた。でも、話をしている場合ではないとラン君も敵を見た。
怪物の動きがおかしくなっていた。スズエさんを見て、ためらうようになったのだ。
「これは……?」
「お前ら!スズエちゃんを殺せ!」
「……い、や……です……!」
中心の、大きな怪物がはっきりとそう言った。予想外だったのだろう、ルイスマとモリナは焦り始めた。
「父さん、無駄だよ。スズエさんの力にはかなわないんだ」
アイトが伝える。スズエさんの力……。祈療姫の力は……。
――狂った人を正気に戻し、許しを乞う者を助け出す能力。
贖罪の姫とも呼ばれている祈療姫は成雲家の血筋の守り神が悪人を裁くのに対し、彼女は罪を認め、許しを乞う者に贖罪をもたらすのだ。
怪物となった人達はそんな彼女の力に影響されたのだろう。だんだんと、正気に戻っていった。
「あ……かなえ、おじょうさま……?」
一人が、スズエさんの名前を呼んだ。スズエさんは倒れこむ彼らに近寄り、その手を取る。
「えぇ、カナエです。……その声、マサヨシさん?」
「はい……もうしわけ、ありません……ひとり様に、おじょうさまのことを……」
「いいの。もう、苦しまなくていいの……。ごめんね……」
「あぁ……おじょうさまの成長した姿を見られて……幸せです……」
彼はスズエさんに手を握ってもらいながら、息を引き取った。スズエさんはただ涙を流しながら、ギュッと握っていた。
「チッ。作戦失敗か……」
ルイスマとモリナが逃げて行ってしまう。
怪物達は灰になっていった。それだけ、酷い実験をされていたということだろう。スズエさんはただ、それを見届けていた。
「スズエ」
「大丈夫、ユキナさん。ちゃんと乗り越えていくわ」
涙をぬぐって、顔をあげる。その瞳は、覚悟を決めた者の瞳だった。
「……強いね。もう少し弱音を吐くと思っていたのに」
「私も、もう子供ではいられませんから」
ただ前に。何度立ち止まってでも進まないといけない。
きっと、彼女は何度も振り返る。そのたびに心を傷つける。でも、それでも彼女は翼を広げていくのだろう。
「……行こう」
スズエさんは小さく、そう言った。
「そういえば、ユキナさん」
皆で情報を共有した後、スズエさんが尋ねた。
「ランのこと、知っているみたいでしたけど」
「あぁ、彼を取り上げたのが私だからね」
ユキナさんの答えに、スズエさんは目を丸くする。
「え?ユキナさんって精神科が主ですよね?」
「一応、助産師の資格も持ってるよ。彼の時はいろいろあってね」
永い時を生きてきたゆえだろう。ほとんどの資格を持っているようだ。
「今の職場は院長に誘われてね。主に精神科配属で何かあった時はそっちに回るようにしているんだよ」
「なるほど……」
「ラン君の時はスズエのおばあ様が連絡してきてね。真夜中だったから驚いたんだ」
彼女の話によれば、ラン君の母親は父親から逃げるために偶然森岡家の扉を叩いたらしい。事情を聞いて、森岡家の人達が付き添うことにしたようだ。
「あぁ、あの人の……」
「エレン君も覚えているんだ?」
「祖父母が珍しく慌てていたので、うっすらとですが覚えていて」
まだ、エレンさんが七守家に引き取られる前の話なのだろう。ラン君をじっと見て、
「あの女性の子供が、こんなに大きくなったんですね……」
しみじみとエレンさんは呟く。エレンさんは人見知りが激しい子で、いつも祖母の後ろに隠れていたと本人から聞いている。だからあまり人前に出ることはなく、弟妹の世話をする方が多かったらしい。
「懐かしいね。エレン君もかわいい男の子だった」
「……恥ずかしいのでやめてください」
エレンさんはフライパンで顔を隠す。耳が赤いので本当に恥ずかしいのだろう。
「兄さんの昔話、私は聞きたいけど」
「オレも!」
「わたしもエレンお兄ちゃんの昔話、聞きたい!」
弟妹が目を輝かせて、エレンさんに詰め寄る。エレンさんは「……後で話してあげますから」とまんざらでもないと言いたげに笑う。
「ボクも聞きたいなぁ。義兄さん」
「アイトは知っているでしょう……」
「ほら、初めて作った料理を真っ黒に焦がしたとか……」
「やめてください」
そんなことがあったのか……。エレンさんは料理で失敗したところを見たことがないからちょっと新鮮な話だ。
「スズエさんは初めてかかった機械を壊したこともあったよね」
「ちゃっかり人の黒歴史ばらさないでくれる?」
……スズエさんにもそんなことがあったらしい。なんか、想像出来ない……。
「そういうお前は鉄棒出来るようになったのか?」
「あ、こら!それは言わないでよ!」
「先にやったのはお前だ」
フフンとスズエさんは笑う。こうしてみると、本当の兄妹みたいだ。
ケンカが始まって、それをエレンさんとシルヤ君が止める。
「ユウヤ兄、シンヤ兄、二人を止めてくださいっす」
シルヤ君がボク達に頼んできた。ボク達は苦笑いを浮かべながら「はいはい」と近付いた。
ユウヤ兄、か……。
久しぶりにそんな風に呼ばれた。ボク自身が末子だから、年下のきょうだいが出来たみたいで嬉しかったな。
「ユウヤ、嬉しそうだな」
シンヤに言われ、ボクは「まぁね」と答えた。
まだまだ、解決はしていないけど。少しぐらいなら許されるだろう。
お嬢様。
目の前の高校生を見て、真っ先に思ったのはそれだった。
カナエお嬢様だ。
お守りしなければいけないのに。身体が、言うことを聞いてくれない。
でも、私は……。カナエお嬢様と、エレン様、カイト様を守らないと……。ひとり様に、顔向け出来ない。
身体が言うことを聞くようになってきて、その痛みで私は倒れこむ。カナエお嬢様は私の手を握ってくれた。
あぁ……最期に、あなたのお顔を見ることが出来て、幸せです。
どうか、幸せになってください。カナエお嬢様……。
スズエさんがあの首輪の絵に色を塗ると、何かのノートが出てきた。それは確か、いつかタカシさんが預かっていたノートだ。
「取ってやるよ」
タカシさんがそれを取り、一度中身を見る。そして、
「……これ、お前のばあさんの事件みたいだけど。見る勇気はあるか?」
そう、尋ねた。スズエさんは一度息をのみ、頷いた。
中身は確かに、スズエさんの祖母の事件の新聞記事だった。
「……………………」
森岡家のきょうだい達は無言でそれを見ていた。
「……まさか、犯人がうちの親だとは思ってなかったな」
やがて、シルヤ君が口を開く。彼は早く犯人が捕まってほしいと言っていた。
「そうですね。私も少しぐらいは親心というものがあると思っていたのですが」
エレンさんは怒りを含んだ表情でそう呟いた。彼はずっと、傷付いた妹のことを気にかけていた。
「こんな人達から生まれたなんて考えたくない。ユキナ様に拾ってもらってよかった」
アカリちゃんは忌々しいものを見るような目をしていた。彼女は両親の嘘で死んだと思われていた。
「本当に……なんでこんな人達を信じていたんだろう、私……」
スズエさんは少し寂しげに言った。スズエさんはずっと、両親を信じていた。
四人共、両親にその思いを踏みにじられたのだ。それでも……前を向いて歩いていこうとしている。
「ユウヤさん」
スズエさんに声をかけられ、ボクは彼女を見た。
「両親を倒さないといけないの。協力してくれる?」
彼女は不安げな瞳で、ボクを見ていた。ボクは安心させるように頷く。
「もちろんだよ。君を守るために、ボクがいる」
ただ、君のためだけにこの力を使う。
それが、かつて「幻炎」が誓ったことだ。
だから、ボクも誓おう。
ただ、目の前のこの少女のためだけに、すべてを捧げると。




