7th LAP 獅子咆哮
「この段階で半数はリタイアしてるんじゃないか?」
最後方を行く颯太とヴァルガリオンは荒野地帯の激しい戦闘があったと思われる場所を悠々と通過しながら、周囲の惨状に苦笑する。
自分以外の全機がシルフィロードを追い掛けていた時点で薄々感じてはいたが、半数以上が短期決戦を挑んでいたのが、ここを見るだけで分かる。
数々の爆発で抉れた地面や大破したヴァリアブルビークルの破片をあちこちで見掛けるのだ。
コクピットブロックが見当たらないので、既に回収されているのだろう。つまりはそれだけ離されているという事。
「これだけの猛攻を凌ぐなんて、どれだけの腕の持ち主なんだよ……」
ここに来るまでに白銀色のパーツらしきものは破片すら見掛けていないので、これだけやってもシルフィロードを撃破どころか、ダメージすら与える事が出来なかったのだろう。
その実力に驚かせられる。
「っと、漁夫の利じゃないけど、順位で遅れている分のポイントは稼がせて貰うよ」
シルフィロードを襲撃した事によりエネルギーを使い果たしたのか、はたまた駆動系を損傷したのか、ノロノロと低速走行で前を走る機体を見つけ、ヴァルガリオンは右手を広げる。それと同時に手甲にある装甲がせり上がって広げた指に填まり、三又の鉤爪へと姿を変える。
追い越しざまに鉤爪を振るって腰の付け根を両断し、一撃で走行不能にさせる。
「う~ん、こいつは少し離され過ぎてる感じだな」
森林地帯が見えてくるが、ヴァリアブルビークルよりも遥かに巨大なはずの樹木もまだまだ親指くらいの大きさだ。
だが視界の開けた場所にも拘らず、見える範囲で動く機影は無いのでシルフィロードを含む先頭集団は既に森林地帯へと入っていると考えられる。そろそろ差を縮めないと追い付けない可能性がある。
「ここがペースアップのタイミングだな」
前も開けているし、周囲に動くものも遮るものも何もない。
エネルギーの消耗は激しいが、ここで一気に追い付く為の準備に入る。
颯太はブラインドタッチで座席の左側にあるコンソールを忙しなく叩き、あるキーワードを入力する。すると正面左側に表示されているエネルギーメーターが緑色から赤へと変化する。
ヴァルガリオンには多くの隠しコマンドが存在し、パスコードを入力する事でシステムや能力を解放する事が出来る。
中古品だった為に仕様説明書が無かったので、隠しコマンドだと颯太が勝手に思っているだけで、これが普通のシステムなのかもしれない。
しかしヴァルガリオンの基となった機体は第2世代機の登場初期に発売された第1世代最後の機体であり、第2世代機の勢いに埋もれてしまって出荷台数も僅かで、殆ど使用者がおらずネットで調べても情報が全くと言って良い程無かった。
なのでコマンドが簡単に見つけられない以上、隠しコマンドと言って差し支えないのだった。
コマンドがいくつあるかは分からないが颯太がこれまでで見つけたのは2つ。
1つ目は先程使用した近接用クローアームを展開する為のロック解除コマンド。
そして2つ目は動力であるカーボニックエンジンの出力リミッターを一時的に解放するというものだが、エネルギー消費量が半端なく多く、使い所を間違えるとゴール前でエネルギー切れになったり、エンジンがオーバーヒートしてしまうという欠点がある。
だがそのデメリットも適切に使用すればメリットしか生まない。
「咆えろ!ヴァルガリオン!」
颯太が掛け声と共にスロットを踏み込むと、エネルギーゲインが一気に上昇し、エンジンが激しい唸りを上げる。
その音はまるで獅子の咆哮のようにも聞こえ、胸部の獅子もまた閉じていた口を大きく開ける。
爆発的な加速力が生み出されて疾風と化したヴァルガリオンが軽快に荒野を駆け抜ける。
先程まで小さくしか見えていなかった森林があっと言う間に目の前まで迫ってくる。
「…こ…このまま…行けるか?……いや、行くっ!!」
ヴァルガリオンは先頭に追い付く為に最高速度に乗ったまま、覚悟を決めて大樹が林立する森林の中へと突入――したのは失敗であった。
「ヤバイヤバイヤバイ!!ここここれは流石にヤバァァァイィィィィ!!!!!」
森林地帯は当然のことながら大小様々な樹木が乱立している。
天にはヴァリアブルビークルの腕程もある枝に、太陽を遮る程の大量の葉が生い茂っていて薄暗く、地には曲がりくねりながらもしっかりとした根が縦横無尽に張り巡らされて凹凸を生み出している。
そんな中をヴァリアブルビークルが出せる最高速度で駆け抜けようとするのは、自殺行為に等しいという事に今更ながら気が付く。
とはいえ急制動をかける訳にもいかない。
無理矢理止まろうとすれば、地面を踏み締めて踏ん張る必要がある。
こんな場所でそんな事をすれば、根に足をとられて盛大に転倒して自滅するのがオチだ。いくら電磁バリアでコクピットブロックが保護されているとはいえ、そんなマヌケなリタイアの仕方はしたくない。
衝突の恐怖を抑えつつ、少しずつエンジンの出力を落としていく。
だが既に最高速が出ているので慣性に則って、スピードを維持したまま、森の中を突き進んでいく。
高速で迫り来る樹の幹を擦る様にギリギリで避け、避け切れないものはアームクローで切り裂き、バチバチと音をたててぶつかる枝葉に全身を傷付けられ、足を根に引っ掛けて崩れそうになったバランスを背中に背負ったバックブースターと脚部のバーニアで強引に修正しながら、徐々にスピードを落としていく。
途中、巨大な蜘蛛の機体に体当たりを食らわせたおかげで速度がかなり落ち、チェックポイント手前でなんとか停止する事が出来る。
臨界を超えて異常に加熱したエンジンが急速に冷却されて、ヴァルガリオンの全身から白い蒸気が立ち昇る。
「ぜぇぜぇぜぇ…ぜ…絶叫マシンなんて…比じゃないな。マジで死ぬかと思った。軌道修正にエネルギーもかなり使うし、ちゃんと場所を選んで使わないと……」
モニターに表示されたエネルギー残量を見ると、8割ほどあったエネルギーは、姿勢制御にバーニアを使用した事もあって既に2割を切っている。
大破する恐怖もあったが、その恩恵はかなり大きい。
レギュレーションで決まっている訳ではないが、ヴァリアブルビークルの最高速度は最新の第3世代機でも時速150kmくらいが限界とされている。
ただ速く走る為だけに設計されたフォーミュラカーと違い、ヴァリアブルビークルは障害を乗り越えたり、妨害行為を可能にする為に汎用性や多用性を重視しているからだ。主に人気の獲得の為に人型をし、意味のあまりない頭部の角やアンテナなどの装飾も付いている事が多いので空気の抵抗が大きいというのも理由に上がる。
だがエンジンの臨界を越えたヴァルガリオンの最高時速は限界速度に迫る勢いだった。第1世代機としては驚異的と言えるだろう。
「障害物の何も無い平原とかなら最大のパフォーマンスを発揮出来そうだな。森の中みたいな障害物が多い所で使うもんじゃないって事だけは実感してよく分かったけど……」
正直、機体が五体満足で居られた事は奇跡だった。
僅かでも気を抜いたり、操縦ミスをしていたら、そしてもしもぶつかったのが宙に浮いていた軽量級並みに軽いヴァリアブルビークルではなく重量級だったり、大木の幹であったならば、機体は衝撃に耐えられずにバラバラになっていただろう。
「よし。ようやくエンジンの冷却も終わったみたいだな」
モニターに表示されたエンジンコンディションオールグリーンという文字を確認した後、途中で大破していた機体から拝借したエネルギーパックをヴァルガリオンの胸部にある獅子の口の奥へとまるで餌を食べさせるように差し込む。
どうやらそのエネルギータンクには大分エネルギーが残っていたようで、2割を切っていたエネルギーも6割近くまで回復する。
「これならラストスパートでもう1回くらいはなんとか使えそうだな」
今後の使い所を考えながら、颯太はレースを再開した。