6th LAP 襲撃の王蜘蛛
「くくくっ、テメェの姿も動きも丸見えだぜ」
荒野地帯でシルフィロードが減速し応戦している隙に先行し、森林地帯に身を潜めたキングと乗機のキングシュピネイルは、モニターに映る小さなシ
ルフィロードの姿を見て、笑みを浮かべる。
この森林地帯には最初のチェックポイントが存在する。
通常のレースではチェックポイントは数ヶ所に点在しているのだが、今回はCFJ主催の選抜レースという事もあり、この森林地帯のチェックポイン
トは2ヶ所だけ。
そしてシルフィロードの現在位置と進行ルートから推測した結果、どちらのチェックポイントに向かうにしろ、必ず通過する場所を発見したのだ。故
に待ち伏せする事は容易だった。
「チッ。やっぱり他のヤツらはダメだったか。傷一つねぇじゃねぇか。少しくらい手傷を負ってくれてりゃ、楽だったってのによ。だがまぁいい。ここ
でヤツを仕留めれば俺だけが他のヤツらより優れてるって証明出来る訳だしな」
モニターを見詰めながら、キングは奇襲の機会を窺う。
殲滅を主とする彼にしては今回はかなり慎重だ。
なぜならシルフィロード程の反応速度を相手に生半可な奇襲ではすぐに察知されて避けられてしまうのは目に見えている。当然、正面からやり合うな
ど愚の骨頂。
荒野地帯での戦いを見て、それだけの能力がリオネスとシルフィロードにはあると判断したからだ。
「事前情報より動きが機敏だが問題ねぇ」
キングだって伊達にCFJにスカウトされ、数年間を戦ってきたわけではない。
たとえ心の内が怨嗟と憤怒に塗れていようと、微塵も油断せず、適確適切に相手の能力を分析し、確実に奇襲が成功するタイミングを見計らう。
非常識な服装と粗暴な言動に自分勝手な行動、そして殲滅型をレーススタイルとしている者は好戦的であるというイメージ故に勘違いされがちだが、
彼は決して脳筋の戦闘狂などではない。
格上相手でも確実に勝てるように相手の事をレース前から徹底的に分析し、綿密に作戦を練り込んで、自身の勝利の確率を地道に少しずつ積み上げて
いく知略の持ち主なのだ。
戦績の安定しない殲滅型を続けながらもそれなりに結果を出しているのは、その知略による所が大きい。
彼のその奔放で自己中心的な性格を受け入れられ、スタッフとの不協和音が起きないようなチームが存在すれば、GⅠでも闘えるような実力を備えて
いるのだ。
ただそんな都合が良く、寛容で寛大な人物が揃ったチームなんてものが存在しなかったから、彼はこうしてチームに入れないで、今に至る訳だが。
「チッ。少しくらい油断してくれりゃいいが、森の中で視界が悪いせいで周囲への警戒が強ぇな」
モニター越しのシルフィロードの一挙手一投足でそこまで判断しつつ、動かずにじっと耐える。
だが後僅かでシルフィロードが予定している奇襲ポイントに入る。
もしそこを逃せば、速度で劣るキングシュピネイルが追い付く事は出来ず、再度の襲撃は不可能となるだろう。
たとえ警戒が強かろうと、ここで仕掛けなければ後は無い。
だからほんの僅かでもいい。油断とまではいかなくてもいい。少しだけ注意が逸れてくれればいい。
そう願いながらシルフィロードの動向を見つめ続ける。
するとモニターに新たな迷彩色の機影が映り込み、シルフィロードの背後から音をたてない様に近付いている事に気が付く。
キングと同じく、身を隠しながらシルフィロードへの奇襲を仕掛けようとしているのだろう。
武装を極力排して逆手にナイフだけを持ったその機体は、さながら忍者か暗殺者といった見た目だ。
攻撃力は低そうだが、背後から一瞬で迫って関節部にナイフを突き刺せば、装甲の薄い軽量級のシルフィロード程度ならば、走行不能にすることが出
来るとでも思ったのだろう。
近付くまで気付かせない高い隠密性能と一瞬で関節部を狙える技量が備わっていればの話だが。
「くくくっ。いい囮がいやがったぜ」
隙が無ければ作ってやればいい。注意を逸らさないならば、強制的に逸らさせてやればいい。
キングは瞬時に新たな戦略を脳内に描きつつ、想定する奇襲ポイントにシルフィロードが足を踏み入れるのを待つ。
そして奇襲ポイントへ入った瞬間。
キングシュピネイルの主砲が火を噴く。
ただし狙った相手はシルフィロードではなく、背後から忍び寄っていた暗殺者の方。
前方のシルフィロードに全神経を集中していたせいで全く反応出来ず、背中に砲弾が直撃して炸裂。
炸裂弾による爆発で暗殺者型の機体が四肢を弾けさせながら、シルフィロードに向かって吹き跳んでいく。
しかしリオネスは突然起こった爆発に驚きもせず、跳んできた機体を冷静に避け、弾けた無数の破片をレイピアで器用に捌いていく。
それは油断とは言い難いほんの僅かな間隙。
弾け飛んできた破片を打ち落とすために意識を集中しつつも、続けて自分に向けて砲撃が来る事を警戒したほんの一瞬。
『取ったぞ!このクソアマァァァーーー!!!!』
遠方から砲撃していたと思われたキングシュピネイルが木の上から8つの鋭い爪を振りかざして、警戒が僅かに遠方へと向いていたシルフィロードの
頭上から襲い掛かる。
虚を突いた奇襲。
キングシュピネイルの上部にある砲塔は取り外し、固定砲台として遠隔操作で発砲させる事が出来る。ただし弾薬補充が出来ない為2発しか装填出来
ず、また移動させる事も出来ないのでそれほど使い勝手が良いとは言えない。
しかし今回のように遮蔽物が多く、チェックポイントへ向かう相手のルートが判明している場所であれば、事前に設置する事で有効に活用する事が出
来た。
砲撃はあくまでも威嚇と牽制。
それで倒せるようならばそれに越した事はないが、本当の狙いは遠距離から攻撃が仕掛けられていると誤認させる事にある。
そうやって遠距離からの攻撃に意識を向けさせつつ、同時に近くまで接近していないと油断させた所でキングシュピネイル本体が死角から奇襲を仕掛
け、爪で貫き刺すのだ。
そんな戦い方は卑怯だと言う者も居るだろうが、多くの敵を倒す為になるべく弾薬とエネルギーを節約したい殲滅型としては、罠の設置や待ち伏せと
いった戦い方は理に適っていると言える。
特にリオネスの動体視力と反応速度は銃弾や砲弾を見てからでも、反応出来る程に卓越したものだ。
それ故にただ砲撃しただけでは脅威にも威嚇にも牽制にもならず、意識を外へと向けさせるのは難しい。
だが1機が撃破された事と弾け飛んだ破片を避けて打ち落とすという複数の行為。そしてそれによる遠距離攻撃への警戒といういくつもの事態に意識
を向けさせることに成功したおかげで、僅かに出来た近距離への意識の間隙を突く事が出来たのだ。
今の彼に出来る唯一にして最高にして必殺の一撃。
流石のシルフィロードも反応が僅かに遅れ、振り返ることも出来ない。
あと僅かで爪先がシルフィロードを貫く。
キングは自身の策が見事に嵌って、勝利を確信して笑みを浮かべる。
だが今正に爪がシルフィロードの頭部に突き刺さるという瞬間、横合いから物凄く速い何かが風切り音と共に飛来し、落下中のキングシュピネイルの
背中へと激しく突き刺さる。
「んなぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!!」
そしてすぐに物凄いGと共に木の幹へと強かに叩き付けられる。
その衝撃でキングシュピネイルの8つの脚はバラバラと砕け、コクピットブロックだけが電磁バリアの仄かな輝きを放って跳ね返り、地面へと転がる
。
そしてぶつかった何かは僅かに勢いを減じつつも森の奥へと消えていってしまう。
「クソッタレ!なんなんだ!何が起こったってんだぁっ!!」
その叫びに答える者はいない。
何が起きたのか分からず、結果すら出せないまま、ただコクピット内の計器は全て行動不能を表すレッドアラートで占められる。
こうしてキングの全てを賭けたレースは、訳も分からずあっさりと終わりを迎えた。
* * * * * * * * * * *
キングシュピネイルが吹き飛び、バラバラに砕けたその現場に唯一、立ち会っていたリオネスも、一瞬、何が起きたのか理解出来ずに、彼女にしては
珍しく棒立ちとなる。
僅かに意識の外側だった為、キングシュピネイルの奇襲を察知する事が遅れた。
その僅かな遅れにより完全に躱すことは出来そうになかったが、致命傷を避けるだけならば何とかなるタイミングであった。
それ故に右腕を犠牲にする覚悟でレイピアを強く握り締め、カウンターを狙って上へと突き上げた。だが突然の横からの暴風により、その一撃は虚し
く空を裂くだけで終わる。
類稀なる動体視力を持つリオネスの目には、キングシュピネイルを吹き飛ばしたものが砲撃や狙撃などによるものではない事が微かに見えていた。
レース中である事も忘れて、今の一瞬の出来事を改めて思い返す。恐らくは今この瞬間を狙われていたら、絶対に避ける事は出来なかっただろう。
だがそれも刹那。
彼女の目に一瞬だけ映った暴風の正体に、彼女にしては珍しく声を出して笑う。
「あははは。これは想定外……いや期待通り……いやいや期待以上と言った方が良いのか」
キングシュピネイルにぶつかって僅かに速度を落としたおかげで彼女の目が捉えたのは獅子の顔。
そしてこの選考レースにおいて獅子の顔を持つ機体はただ1機、ヴァルガリオンのみ。
それがシルフィロードもかくやと言わんばかりの速さで駆け抜けていったのだ。
恐らく助けるつもりなど無かったに違いない。加速の最中、たまたま正面にキングシュピネイルが落ちてきたので吹き飛ばしたという所だろう。
「かなり大きな差があったはずだが、ここで追い付いてきたか。だがこの森の中を恐れずにあの速さで進んできたのなら納得だ」
大樹が生い茂るこのエリアではスピードは出しにくい。スピードを上げたとしても一つ操縦を誤れば、キングシュピネイルのように木の幹に衝突して
大破するのがオチだ。
だがレースに勝つためにそのリスクを承知でここでペースアップし、結果的にシルフィロードに追い付き、追い越していったのだ。
中盤以降に差を詰めてくるだろうとは予想していたが、その予想を遥かに超えて、第1チェックポイントに到達する前に追い越していった事に、リオ
ネスは能面のような表情を崩し、笑みが零れ続ける。
「フフフ。いいだろう。その勝負、受けて立つ」
大きなリードを保っていたから燃費を抑えた安全速度で進んでいたが、先を越されてしまった以上、そんな悠長な事は言っていられない。
「行こうか、シルフィロード!!」
嬉しそうな笑みを浮かべるリオネスの闘志に応えるように白銀の騎士は大きな唸りを上げ、兜の奥にあるカメラアイを激しく輝かせた。