22th LAP レースの前の静けさ
『さぁ、本日、ここ北海道特設サーキットにおきまして、ガンフォーミュラGⅡシーズンレース第2戦が始まろうとしています!』
実況による場内アナウンスが響き、観客席が歓声に沸く。
レーススタートまで、まもなく30分を切ろうとしているせいもあって会場のテンションはどんどん上がっていっている。
『今戦の実況は私、森下。解説は昨年レースから引退したばかりのイサム=林崎さんの森林コンビでお送りします。林崎さん、今日は宜しくお願い致します』
『宜しくお願い致します。解説者としては新人ですのでお手柔らかにお願い致します』
『いえいえ、こちらこそガンフォーミュラの礎を築いたレジェンドドライバーをお招き出来た事を嬉しく思っています。ドライバー視点の解説を期待しております。さて開幕戦では昨年チャンピオンのミハエル=イエーガーが人気通りにトップとなりました。昨シーズンからの勢いそのままの勝利でしたね』
『そうですね。開幕戦は距離が短いという事もあって、中盤からトップを死守し続けた堅実なレース展開でした』
『連覇に向けていいスタートとなりましたね。ですが今シーズンの注目はなんと言ってもこの人でしょう!』
解説の森下の言葉に合わせるように会場の大型モニターに一人のドライバーが映し出される。
『黄金皇帝・ライオット=レオハーツの最強遺伝子を受け継いだリオネス=レオハーツ!!デビューイヤーにも関わらず、開幕戦3位表彰台という快挙を成し遂げました。黄金皇帝の娘というレッテルは伊達じゃありませんでした!』
『彼女は今シーズンのチャンピオンシップに絡んでくるのは確実ですので目を離せませんね。ですが僕はその彼女とゴール前まで競り合っていたソウタ=ハヤミを注目したいですね』
『確かにリオネスさんと接線を演じていましたし、乗機のヴァルガリオンは近年では珍しい可変ヴァルアブルビークルという事で注目はされているようですが、同時に実力を疑問視する声も多いと聞いています』
開幕戦後方スタートだったヴァルガリオンは殆ど戦闘行為を行わない低燃費走行のおかげで、他の上位陣が3回の補給を行った所を1回で済んだ為、補給のロスタイム分を短縮できた。
そのおかげで4位フィニッシュとなったというのが世間一般の評価だ。
『そうですね。戦功ポイントが少なかった為、トップ10には入れていませんが、可変機というのがポイントです』
『と言いますと?』
『まず可変ヴァルアブルビークルは今から10年以上前の第1世代機後期から第2世代機の辺りに初めて製造されましたが、今では造られていない機体なんです。というのも、可変機の特徴である走りながら変形していくのは見栄えは良いのですが、変形機構が複雑で耐久性が低くてメンテナンス性も悪い。その上、部品数も多くなる為、コストパフォーマンスも悪いと言うのが要因です』
『え?林崎さん!という事はもしかしてあの機体は?!』
『はい。恐らく基本スペック的には良くても第2世代機の初期という事になります。それに獅子の鬣に見えるほどの高濃度のオーバードブースト現象を引き起こしているのですから燃費もそこまで良いとは言えないと思います』
シルフィロードのフェアリックフェザーやヴァルガリオンの黄金の鬣のように、カーボニックエンジンから漏れ出たエネルギー粒子がヴァリアブルビークルに作用して性能を向上させる現象の事はオーバードブースト現象と呼ばれている。
モニターの下部にも同じような説明文が字幕で映されていて、ガンフォーミュラの知識に乏しい人でも何を言ってるのかが分かるようになっている。
『つまりハヤミさんが4位に食い込んだのは機体性能の差と燃費の悪さを戦術とドライバーの技量で埋めたという事ですね』
『はい。機体の限界ギリギリを見極めている事も意味しています。これが予め決めていた戦術だっのか、ただの運の良い偶然だっのかは今後のレースで証明されるでしょうが、今シーズンの台風の目にはなる可能性を秘めています』
『ありがとうございます。今後に注目という事ですね。さて、それではピット前との中継が繋がったようですのでそちらに――』
モニターがピット前へ移った頃、そのあまりにも盛った内容を聞いていたチームメノーインのメカニックの一人の大男が大笑いしていた。
「がっはっはっはっ!林崎の奴もなかなか見る目あるじゃねぇか!」
弾吾が腕組みしながら、うんうんと頷く。
「ですが不服ですね。あの説明では速水だけが凄いと言っているようにしか聞こえません。あの作戦を考えたのはケインさんですし、出力にリミッターをかけて燃費を抑えるように提案したのは黄玉さんでそのプログラムを組んだのはボクだというのに……」
レイジが不満そうに顔をしかめる。
「だが昨シーズンはこうやって話題に上がる事さえなかったんだし、いいんじゃねぇか?それに成績を残していけばチームの評価だって上がっていくだろうよ」
「まぁ、しっかり結果を残しえくれればそれでいいんですけれどね」
それだけ言うとレイジは手元のモバイル端末に視線を移し、素早くキーを打ち始める。
「なんだ?こんな間際になってもまだプログラムの調整か?」
「いえ。流石に今から変えたら、調整まで間に合いませんからね。これは次のアップデートの準備です。今日のレース結果を入力しなければいけませんが、それ以外の基礎部分は事前に組んで置けますからね」
今日までの3週間でヴァルガリオンの耐久性は可変機構のパーツ毎に硬材と軟材の比率を変える事で向上が見られるようになった。まだ試行回数が少ない為に数%の向上だが、今後はどんどん耐久性は上がっていくだろう。
しかし燃費の方は未だ全く改善が見られない。
オーバードブースト現象に関しては解明されていない部分が多く、蒐集データも少ないので仕方が無い部分は多分にあるのだが、制御プログラムを任されたレイジとしては焦りばかりが募っていた。
少しでもプログラムを弄っていないと不安で押し潰されそうなのだ。
「まぁ、あんま自分を追い込み過ぎんなよ……ってそういや、今日はやけに静かだな?」
チームメノーインが話題に上がっているならば、お祭騒ぎをしていてもおかしくない人物がこのチームにいるはずなのだが今日はその声さえ聞こえてこない。
それにチーフメカニックの黄玉の姿も見えない。
「オーナーでしたらきっと外の屋台街で買い食いでもしてるんでしょう。黄玉さんはオーナーを探しに出てます」
「ああ、そういうことか。ケインと坊主は隣の部屋でミーティング中だし、騒がしくなる前に少しだけ休んどくとすっか」
弾吾はベンチで横になり、それを横目にレイジは作業を再開する。
普段とは違う静けさの中、レースは始まりを迎えようとしていた。