2nd LAP セントラルフォーミュラジャパン
「ようこそ、セントラルフォーミュラジャパンへ。不遇の天才ランナー君」
「その呼び方は止めて貰えますか?僕は天から才を授かるどころか逆に見放された存在なんですからね。理事長」
豪奢な造りの机の前に座る長い金髪の、利発そうな切れ長の目をした美形の男に向けて、向かい側に立つ黒髪の青年――速水颯太は皮肉を込めて答える。
「理事長なんて、そんな他人行儀で呼ばないで、いつも通りディー叔父さんと呼んでくれないかな?」
セントラルフォーミュラジャパンの理事長であるディートリヒ速水は、颯太の父親の腹違いの弟であり、日本人とイギリス人のハーフ。
幼い頃に両親を亡くしている颯太の後見人であり、足を怪我した直後に彼をガンフォーミュラに魅了させた張本人でもある。
20代と言っても通じそうな若い風貌をしているが、彼は既に40歳を超えている。
しかし颯太が初めて出会ってからその容姿にほとんど変化はなく、しかも颯太と同い年の子供まで居る父親でもある。イケメン補正恐るべし。
「いえ、いくら親戚でも、仮にもここの理事長とそこに通う事となるドライバーなんですから公私混同は止めましょう。僕も理事長のコネで国内最高の支援機関に入れたなんて噂はされたくありませんからね」
「ははは。まだまだ子供だと思っていたけれど随分成長したようだね。ゴホン。では改めて。ようこそ、|セントラルフォーミュラジャパン《CFJ》へ。速水颯太君。理事長として歓迎するよ」
居住まいを正したディートリヒ理事長は、甥ではなく一人のドライバーとして颯太を真っ直ぐ見詰める。
長く辛いリハビリ期間を終え、16歳でガンフォーミュラドライバーの養成学校へ入学した颯太は、人の数倍の努力と研鑽で優秀な成績を修め、卒業と共に国際ライセンスを一発取得したおかげで、スカウトに見初められてこの場にやって来たのだ。
ディートリヒ理事長と親戚だからと特別に目を掛けて貰った訳ではないのだが、理事長が親類というだけで穿った目で見てくる者は何処にでもいるものなのだ。
なのでこの辺りの分別はしっかりとしておかなければならない。
「知っての通り、ここはキミを最高のガンフォーミュラドライバーにする為の支援機関だ。キミが実力を示せれば、世界の舞台で走れるように最高にして最大の支援を行っていくつもりだ」
初開催からたった20余年でガンフォーミュラは世界的な競技へと成り上がり、その競技人口も爆発的に増加した。
それに伴って、世界中のトップドライバーが集まって世界各国を転戦するGⅠから、ヴァリアブルビークルと国際フォーミュラライセンスさえあれば誰でも参加できるGⅤまで、5つのグレードに別けられ、世界中で幅広くレースが開催されている。
「キミのこの2年間の成績は素晴らしいの一言だ。期待しているよ。それとこれは理事長ではなく身内としての言葉だが……どうやら足の方は問題無いみたいだね」
6年前の事故により足に軽い障害が残り、自らの足では全力で走れなくなったものの、長いリハビリの末、日常生活に支障はなく、ヴァリアブルビークルの操縦にもほとんど支障はなかった。
「はい。季節の変わり目になると少しだけ痛みますけど、それ以外は全く問題はありません」
左足がマヒしているような痺れる感覚は今でも若干だけ残っているが、それも長い付き合いで慣れてしまえば、ほとんど気にならない程度。
それが影響して養成学校時代にミスを犯した事が無いのは、その優秀な成績で実証済み。
彼は自らのハンデを乗り越えて、今ここに立っているのだ。
「さて本題に戻ろう。これからキミが挑む事になるのは国内最高峰グレードのGⅡ、そして世界最高峰グレードのGⅠレースだ。その規模はGⅢまでとは比べ物にならない。特にこの日本はガンフォーミュラ発祥国という事もあって、GⅡのレベルはかなりの高さだ。劣っているとまでは言わないが、キミくらいの実力の持ち主はGⅡクラスでは山のようにいるし、その中に埋没していって消えていった者達も多く見てきている」
当然その中にはCFJで支援している者もいるし、他の機関に所属している者や企業と専属契約をした者、GⅠで勝つ事が難しくなってグレードを下げた者だっている。
年齢や経験年数も様々であり、わざわざ国外から日本のGⅡに参加する者までいる。
「キミの事は超大型ルーキーとして少しばかり注目はされているが、活躍出来るかは正直、私にも分からない。養成学校時代とはかなり格が違うという事は肝に銘じておいて欲しい」
「わかりました」
だがディートリヒの心配を余所に、颯太は自信に満ちた表情で返事をする。
彼にとってはGⅡは通過点でしかない。目指すはGⅠであり、ガンフォーミュラの頂点である。
相手が誰であろうと負ける気で走るつもりは無いし、その為の努力は怠って来なかったし、研究も研鑽もしっかりと積んできたのだ。
「ははは。トップドライバーにとって自分が一番速いというプライドは最も必要なものだ。その誇りと気迫があれば十分にやっていけるだろう」
颯太の強い気持ちを理解したディートリヒは、甥の成長に嬉しさを感じる。
「さて、来て早々で悪いが、3日後にチーム選考レースが予定されている。いくら大型ルーキーで注目されているとはいえ、実際のレースではまだ実績の無いキミの実力を疑問視する声も少なからずある。このレースで良い走りを披露すれば、実力が本物だと認められて、多くの強豪チームからスカウトされることになるだろう」
支援期間であるCFJに所属したからといって、無条件で支援を受けられる訳ではない。
支援するのは個人ではなく、一つのチームに対してである為だ。
ガンフォーミュラはただ一人で突っ走るだけでは勝つ事など出来ない。
ヴァリアブルビークルを操縦するドライバーがいて、整備するメカニックがいて、ドライバーのトレーニングや体調管理、レース中の作戦などを考えて指示するトレーナーがいて、その他様々なサポートがあってこそ勝利が導かれる。
個人参加が多いGⅢ以下で実力に大きな差があれば、ドライバー自らがそれら全員分を熟しても勝利する事は出来るだろうが、上位グレードはそう簡単ではない。
走破距離は伸びるし、それに伴って妨害行為による戦闘も激しくなって機体の損耗も激しくなり、レース中のドライバーの負担も増加する。
その上でトレーニングや機体の整備なども自身のみで行っていては、負担は増すばかり。
そんな負担増加によってドライバー生命が断たれてしまうような事故が起こるのを未然に防ぐのが、チーム制を導入した切欠でもある。
チームは最低でもドライバー、メカニック、トレーナーの3人がいなければ成り立たず、チームに参加していなければ支援を受けるどころかレースへの参加すらも出来ないような仕組みになっている。
唯一チームに加入していなくても参加する事が認められているのが、CFJ内で定期的に行われるチーム選考レースであり、ドライバーにとってそこは唯一のアピールの場なのだった。
頂点を目指す上ではトップチームに加入する事が一番だとさえ言われているくらいで、強豪チームともなればその人数は総勢50人を超える規模で、エンジンメーカーやパーツメーカーと提携し、それまでのデータを元にした新型のエンジンやパーツが供給される事もあるし、スポンサー契約を結んで臨時収入を得る事もある。中にはスポンサー企業の商品CMに出演して、そのまま俳優業へと転身するなんていう事もあるという。
更に3ヵ月に1度、チーム査定が行われ、その間の戦績に応じて支援額が変わる為、競争意識が高まり、どのチームも勝利の為に、より才能のあるドライバーを獲得しようと躍起になり、当然、ドライバー側もより上位のチームにスカウトされるようアピールする。
ただ全てのドライバーがチームに所属出来るとは限らない。
ドライバーの実力はチームの実力に直結する。レースで勝てないドライバーはお荷物でしかなく、チームとしてもそんな人員を抱え込みたくはないと考えるのが普通の考えだ。
それ故に選考レースはドライバーの実力を測る良い機会であり、実力を示す良い場所なのだ。
「君の機体は既にこちらに運搬してある。共有格納庫にあるので後で行ってみるといい。では健闘を祈っているよ」
CFJの理事長として、後見人の叔父として、そして彼の才能と努力を見続けてきた者として、ディートリヒは颯太に期待の眼差しを向けるのだった。